Makino & Ohashi (2017) の解説

親切に教えて長いお付き合い:花色変化でふせぐ訪花昆虫の株離れ

Makino TT & Ohashi K. (2017) Honest signals to maintain a long-lasting relationship: floral colour change prevents plant-level avoidance by experienced pollinators. Functional Ecology 31:831-837 [link]

短い解説

一部の植物たちが花の色を変えて、蜜を出す花・出さない花を虫たちに正直に知らせるのはなぜか?という疑問に対し「正直に知らせないと、賢い虫が愛想をつかして戻ってこなくなる(花粉を運んでもらえず困ってしまう)から」という仮説を立て、マルハナバチに造花をえらばせる実験で、そうした状況が起こりうることを示しました。

詳しい解説

枯れ葉に擬態して鳥の目をあざむくチョウや、おでこの疑似餌で小魚をおびきよせるアンコウなど、生き物の世界にはたくさんの「嘘つき」が見つかります。一方で、たとえば栄養価の高い果実ほど色つやが良かったり、優れた雄鳥ほどきれいな羽をしているなど、価値と見た目の一致した「正直な信号」も見つかっています。この正直な信号の進化の鍵を握るのは、嘘つきを罰する能力の存在です。嘘つきが損をする世界では、正直者に軍配が上がります。

私が研究している花と虫の関係にも「花色変化」と呼ばれる正直な信号が知られています(鈴木・大橋・牧野 2011)。サクラやタンポポを思い浮かべればわかるように、植物が咲かせる花の色は、咲いてから閉じるまで、ほぼ一定に保たれることがほとんどです。ところが、なかにはハコネウツギのように、咲かせた花の色を途中で変えるものが存在します(下写真;ハコネウツギは左)。この花色変化は、花粉をはこぶチョウやハチなどの動物(送粉者)の餌となる、蜜や花粉の生産停止としばしば同調して起こることがわかっています。餌のない花であることを、正直に色を変えて、送粉者に知らせているわけです。送粉者にしてみればたいへん親切なおもてなしと言えます。

さて、ここからが問題です。色の変わった古い花は多くの場合、送受粉を終えていることも知られています。花を咲かせ続けるにはエネルギーが必要ですし、色を変えるには色素を生産(もしくは分解)しなければなりません。送受粉を終えて用済みになった花は、すぐに落とすのが得策です。なぜ彼らは古い花を維持し、色まで変えているのでしょう?

この問いに取り組んだ有名な論文にWeiss (1991)があげられます。Weissは古い花をむしって送粉者の反応を調べ、古い花の維持には全体を大きく目立たせ、より多くの送粉者をあつめる効果があることを示しました(下図左)。よりたくさんの花粉を運んでもらえるので、植物にとって好ましい効果です。また、送粉者が色変化前の新しい花をえらぶことも示し、送粉者のはこぶ花粉が古い花で無駄になることを防ぐ効果も指摘されています(下図右)。ほかにも、少し専門的になりますが、たとえばIda & Kudo (2003)が、色変化後の花をたくさん維持するほど送粉者が早めに植物個体(株)を立ち去ることを示し、繁殖に不利となる隣花受粉(同じ株の花のあいだでの花粉の受け渡し)を減らす可能性を主張しています。

こうしたエレガントな説明を聞くと花色変化については全てがわかったような気になります。しかし私たちは、花色変化に秘められたさらなる役割の存在に気づきました。花が送粉者に与える蜜や花粉などの餌は、いちど集めたらそれっきり、というわけではなく、時間とともに徐々に回復することが一般的です。そのため、ハチドリやマルハナバチといった送粉者のなかには、お気に入りのエリアを定め、そこに咲いている花を巡回し、回復した餌を集めるものがいます。そして彼らはとても賢く、蜜の少ない株の位置をしだいに覚え、さけるようになることも知られています(Makino & Sakai 2007)。そんな賢い彼らが、色を変えずに餌のない花を維持する「嘘つきな株」に出会ったとします。嘘つきな株では餌のある花・ない花の区別がつかないため、餌あつめに手間がかかります(下図左)。

こうした手間のかかる株を、賢い送粉者はさけるようになるかもしれません。つまり嘘つきな株は、古い花で見た目を大きくしたものの、アピールできるのは最初だけで、最終的には送粉者にさけられてしまうのではないか?そして花色変化はこの問題を解決するのではないか?(上図右)というのが私たちの仮説です。花色変化を示す植物は、古い花の維持により「新参者」の目にとまる確率を高めるだけではなく、やってきた送粉者に餌のありかを親切に教え、彼らを何度も戻ってくる「常連」として囲い込み、訪問頻度の最大化を図っているのかもしれません(下図)。

この仮説の検証のため、4.0 m x 5.5 m、高さ2.0 mのケージの中でクロマルハナバチと人工花を用いた実験を行いました(下写真)。実験では3タイプの株(古い花を維持せず落とす「地味型」・古い花を蜜を出さず、色も変えずに維持する「嘘つき型」・蜜を出さない古い花の色を変える「正直型」)を8株ずつ並べ、ハチを放し、各タイプへの訪問回数を約4時間にわたって記録しました。なお、変化前・変化後の花の色には白・黄・紫を用い、計6通りの組み合わせを試しています。

その結果、全ての組み合わせでハチは嘘つき型をさけるようになりました。一方で、正直型をさけることはありませんでした。またハチは、嘘つき型と正直型の位置を入れ換えると、過去に正直型があった(現在は嘘つき型のある)場所に戻ってきました。彼らは見た目で嘘つき型をさけるのではなく、場所を頼りに嘘つき型をさけていたのです。なお、嘘つき型では蜜のある花を見つけにくいことも確認できました。ハチは蜜をあつめにくい嘘つき型の場所をおぼえ、さけるようになったのです。実験では、色の組み合わせによっては古い花の維持が新参者の誘引に貢献しないこともわかりました。新参者をうまく誘引できた色の組み合わせでは、予想通り、新参者の誘引と常連の囲い込みの両方を実現する正直型が、地味型と嘘つき型をしのぎ、ハチからの訪問を一番多く集めました。花色変化で正直に餌のありかを教えるのは、場所を覚える送粉者に嫌われないようにするため、と解釈できそうです。

新参者と常連の両方を確保できる花色変化は無敵の策のように思えますが、花色変化を示す植物はそれほど一般的ではありません。本研究の結果は「いったいどんな植物で花色変化が進化しやすいのか?」という問題のヒントになりそうです。そのひとつが、花粉をはこんでもらう相手の賢さ(嘘つきを罰する能力)です。花色変化は、都合の悪い場所をおぼえてさけるハチドリやハナバチを相手にするときには効果を発揮しますが、たいして賢くない(とされる)ハエや甲虫を相手にするときには色を変えなくても結果は変わらないかもしれません。また、たとえ送粉者が賢くても、新参者をとっかえひっかえできるほどに個体数が多ければ、わざわざ色を変えなくても十分に送受粉できそうに思えます。花色変化が活躍する条件のひとつに「少数の、賢い送粉者個体と長くつきあうことが大事な状況」が含まれるのでは、と考えています。

念のために書き添えておくと、今回の結果は先行研究で報告されている花色変化の役割を否定するものではありません。「さらにこんな役割も見つかりました!」というお話です。論文は専門家による厳しい審査を通過したのち世に公開されます。じつは今回の論文、当初は私の書き方が至らないせいであらぬ誤解を招き、ずいぶんとお叱りを受けてしまいました。最終的な投稿先では褒めてもらえるほどの原稿になってホッと胸をなで下ろしたわけですが、その過程を思い出すとつい遠い目になります。

念のためついでにもうひとつ。この解説ではわかりやすさを優先するため、絵や文のなかで擬人的な表現を使いましたが、虫や植物に意思や意識、思考と呼べるものがあるのかどうかはわかりません。実験でしだいに場所を覚えていく様子を見ていると「ホントに賢いなぁ」と感心します。ところが、人工花から蜜を集める訓練をしているとき(下写真)に、同じ巣の仲間と押し合いへし合いのすえにバックドロップをお見舞いしたり、蜜をたらふく飲んで飛べなくなったりする姿を見ていると「やっぱりアホだなぁ」と呆れることもしばしばです。…。思い返していたら何も考えてない気がしてきました。とはいえ、ピンポイントで場所を覚える能力には驚かされるばかりです。

話がそれましたがまとめです。今回、マルハナバチのように賢い生き物を送粉者として利用する植物にとって、正直にふるまうことが最善の策となりうることがわかりました。もしかすると植物は色だけではなく、たとえば香りなど、私たちが気づかないところで正直な信号を送っているのかもしれません。そうした視点で花を見直すと、また新たな発見があるのではないでしょうか。

原著

  • Makino TT & Ohashi K. (2017) Honest signals to maintain a long-lasting relationship: floral colour change prevents plant-level avoidance by experienced pollinators. Functional Ecology 31:831-837 [link]

引用

  • Weiss MR (1991) Floral colour changes as cues for pollinators. Nature 354: 227–229

  • Ida TY & Kudo G (2003) Floral color change in Weigela middendorffiana (Caprifoliaceae): Reduction of geitonogamous pollination by bumble bees. American Journal of Botany 90:1751–1757

  • Makino TT & Sakai S (2007) Experience changes pollinator responses to floral display size: From size-based to reward-based foraging. Functional Ecology 21: 854–863 [link]

  • 鈴木美季・大橋一晴・牧野崇司 (2011) 生物間相互作用がもたらす形質進化を理解するために:「花色変化」をモデルとした統合的アプローチのすすめ. 日本生態学会誌 61: 259-274 [link]

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更新履歴

  • 公開(2016/11/17)