Makino & Thomson (2012)の解説

鮮やかな色を好むハナバチや、甘い香りを好むスズメガなど、植物が示す様々な花の形質に対する送粉者の好みの解明は、花の進化を理解するための基本的な研究課題です。そうしたなか、たとえばコスモスのような上向きの花や、ドウダンツツジのような下向きの花に代表されるように、多様な花の向きもまた、送粉者の好みとの関係とあわせて、研究者の興味を惹きつけてきました。これまでに、上向きの花を好むスズメガやハナアブなどの例が報告されています。しかしながら、野外個体を用いた先行研究には「送粉者の経験がコントロールされていない」という問題がついてまわります:つまり、これまで上向きの花を訪れていたために、見慣れない下向きの花を避けただけかもしれません。何の採餌経験も持たない状態ならば、むしろ下向きを好む可能性も残されているわけです。

そこで本研究では、花の向きに対する送粉者の生まれつきの好みを明らかにしていく手始めとして、人工花とマルハナバチ(Bombus impatiens)を用いた室内実験を行いました。マルハナバチは農業用の受粉のために工場で生産されており、いかなる花からも採餌したことがありません。実験では、上向きの花と下向きの人工花を垂直の板に複数ならべ、マルハナバチの好みを調べました。

その結果、24個体中22個体のマルハナバチが最初に上向きの花を選びました。さらに観察を続けた結果、彼らが生まれつき上向きの花を好むだけではなく、その好みが強まることも明らかになりました。おそらく、下向きの花は逆さにつかまるなどの動作が加わるために扱いにくく、そのことをマルハナバチが学習したためだと考えられます。以上の結果は、下向きの花を咲かせる植物が送粉者の誘引においてハンデを背負っていることを示唆します。そうした植物は上向きの花を好む送粉者からも魅力的に感じてもらえるよう、たとえばより多くの報酬を出すなどの方法で、ハンデを克服しているのかもしれません。

実験に用いた人工花(左)とマルハナバチ(右)

Makino TT and Thomson JD (2012) Innate or learned preference for upward-facing flowers?: implications for the costs of pendent flowers from experiments on captive bumble bees. Journal of Pollination Ecology 9:79-84 [link]