Makino (2013)の解説

花粉の移動をハチやチョウなどの送粉者にたよる植物にとって、送粉者のふるまいは送受粉の成否を左右する重要な要因です。たとえばある株を訪れた送粉者がいちどに多くの花を訪問するほど、同じ株上の花間で花粉のやりとりが増えてしまいます。この、専門用語で隣花受粉と呼ばれる、いわゆる近親交配の増加は、植物の種類によっては繁殖に不利にはたらくものであり、送粉者がいちどに訪れる花の数(株内訪花数)を決める要因は研究者の注目を集めてきました。そうしたなか、マルハナバチに個体識別を施したWilliams & Thomson (1998)はイワブクロ属のある株を観察し、1)同じ株に何度も戻ってくる「常連」のハチ個体から、たまにしか来ない「立ち寄り客」まで存在すること、そして、2)常連ほど株内訪花数が多くなる傾向を報告しています。つまり常連ほど隣花受粉を促進することになるわけですが、はたしてこの傾向が一般的なのかどうか、また、ある株における常連は他の株でも常連としてふるまうのかどうかなど、多くの疑問が残されています。

そこで本研究では、野外に設けた 20.0 m x 20.0 m、高さ2.0 m の網製ケージの中で、クロマルハナバチとアカツメクサを用いた実験を行いました。アカツメクサは複数の頭花をペットボトルに活けて1株とし、計37株を規則的に配置しています。そこに全ての働きバチに個体識別を施したクロマルハナバチのコロニーを設置し、自由に採餌させました。そして博士課程在籍時の私が担当する実習に参加することとなった2003年度・2004年度の東北大学理学部生物学科の3年生*に1人1株を担当してもらい、訪れるハチ個体の番号と株内訪花数を、1日2.5時間を3日間、のべ7.5時間にわたって記録していただきました。

その結果、1)顔ぶれは違えどいずれの株にも常連と立ち寄り客がいること、2)常連ほど株内訪花数が多いこと、3)ハチ個体ごとに行きつけの株が(常連としてふるまう株が)異なることが明らかになりました。つまりハチは各々に贔屓の株で長居する一方で、なれない株は早めに立ち去っていたのです。以上の結果は、たとえ同種の送粉者でも植物株によって送受粉におよぼす影響が異なる可能性を示唆するものであり、個体レベルで行う送粉者の行動観察の重要性はこれからさらに増すと考えられます。

Makino TT (2013) Longer visits on familiar plants?: testing a regular visitor's tendency to probe more flowers than occasional visitors. Naturwissenschaften100:659-666 [link]

*解析に用いたのは2003年度と2004年度に得られたデータですが、2002年度の3年生には結果的に予備実験となった実習に参加していただきました。学生実習とはいえ、慣れないハチの観察は大変だったろうと思います。この実習は、私にとって初めての教育活動の場となっただけではなく、論文として発表できるほどのデータを収集することにもつながりました。当時の学生さんでこのページに辿り着く方がはたしているのかどうかわかりませんが、ここにそっと、感謝の意を表します。ありがとうございました。