「MSc Public Financial Management」School of Oriental and African Studies, University of London

(ロンドン大学 東洋アフリカ研究学院 「公共財政管理 修士課程」)

吉川 洋(よしかわ ひろし)さん

執筆:2018年4月

1. 自己紹介

日本の大学院の修士課程(中東地域研究)を修了した後、2010年から現在まで国際協力機構(JICA)で勤務しています。これまでの主な業務経験は、(1)イラク・ヨルダン向け協力事業の展開、(2)人事部での予算編成や人事制度の管理、(3)イラクに駐在しての円借款事業監理や事務所運営、(4)円借款貸付国に対するソブリンリスクの評価、です。

国際協力事業と公的機関の組織運営の双方の経験から公共財政管理に関心を持つようになり、2017年から勤務先の研修の一環としてSOAS University of Londonに留学しています。コースの選択には、公共財政管理を専攻に掲げる数少ないコースであることと、アジア・アフリカ・中東に強みを持つ大学であることが決め手となりました。


2. 所属コースの概要

所属コースのMSc Public Financial Managementは、SOASのSchool of Finance Managementの中では、隣接するMSc Public Policy and Management(PPM)と共に公的セクターに特化した構成で、公共政策及び公共財政管理について、理論、論点、ツール等を学んでいます。実務上は2つのコースの科目は大きく重複しており、合計約15人の学生が計8科目の履修と修士論文に取り組んでいます。

一般的な公共政策のコースと異なり公共財政管理に重きを置いた構成であることや、授業で扱う事例や文献が非欧米地域を対象としたものが多いことは、出願時の期待通りです。また、クラスメイトの出身国や経歴が多様なのと、少人数で学生同士や講師との距離が近いのは嬉しいです。授業のスタイルとして理論的・学術的な色彩が強く、アカデミックスキルの向上のために、補講や単発のワークショップ、エッセイ執筆のための博士課程学生による一対一のチュータリングが用意されているなど、学生の意欲次第で環境は整備されています。

一方で、上記の強みの裏返しであるものの、授業で取り組む内容は、文献の講読、課題文献に基づく演習発表、エッセイ執筆が専らで、技術的なスキルや実践的なケースを扱うことは少ないです(英国の国家公務員や大学の財務責任者によるトークセッションはあり)。また、いくつかの科目の開講がキャンセルされた結果、履修の選択の余地がほぼなくなってしまったのは、残念です。


3. 授業の概要

ターム1とターム2に各4科目を履修します。科目の評価は、演習発表(10%)、2,500語以内のエッセイ(30%)、筆記試験(60%)で統一されています。このうち、公共財政管理に特化した科目を紹介します。

・授業名:Public Financial Management: Revenue

・内容:政府予算の歳入源とその論点を考察するもので、前半は租税に充てられて、課税の目的やoptimal tax theory といった基本的な理論のほか、財政分権化、国際課税、途上国の税務行政能力といった、近年、注目を集めているトピックを扱いました。後半は、公的サービスの料金徴収、PPP、公的資産の活用、国際援助、債務、シニョレージなど、政府の租税以外の歳入源を扱いました。

・感想:租税については背景知識がなかったため、新しく学ぶ知識が多かった科目です。特に、近年ホットな論点を数多く網羅できたのは有意義でした。公共経済学の枠組も多少扱ったものの、基本的には制度の仕組みや政策上の論点など公共政策的なアプローチが中心でした。


・授業名:Public Financial Management: Planning and Performance

・内容:公共財政管理のうち、支出や業績管理を扱った科目です。具体的に取り上げたトピックは、予算編成の手法、コスティング、予算執行、公的機関の成果管理、内部統制などです。また、議論のためのケーススタディとして、活動基準原価計算の導入や成果管理指標の導入による行政サービスの改善を扱いました。

・感想:関心と合致したためモチベーションは高かったものの、財政と公共経営との間でやや授業内容の焦点が定まらなかった印象があります。「成果管理」(performance management)は、近年の公的機関経営の支配的な潮流になっており、これを集中して扱えた点は有益と考えます。


・授業名:Public Financial Management: Financial Reporting (IPSAS)

・内容:公共財政管理のうち、財務報告に焦点をあてた科目です。授業は、国際公的セクター会計基準(International Public Sector Accounting Standards、IPSAS)に依拠して、発生主義による企業会計を基本としつつ、公的セクター特有の課題を特に扱う形で進行しました。扱ったトピックは、現金主義と発生主義、予算編成から財務報告までの流れ、公共インフラや遺産資産といった資産面の会計認識、公務員の年金債務のような負債面の会計認識、リース及びPPP などです。

・感想:会計の授業ではあるものの、資格勉強のように一定の知識セットを所与としてその習得を目指すのとは大きく異なり、白黒のつかない政策上の争点(例えば、公的機関は企業会計に準拠するべきか、PPPは会計上どのように認識すべきか)について論点を押さえながらポジション取りができるかがが目的とされていたようです。こうしたスタイルについては、大学院ならではという手応えと、実務とやや遠いことへの物足りなさの双方を感じました。


4. 大学紹介

SOASは、非欧米地域の研究・教育に特化した大学であることや、学生の政治意識が高いことから、ロンドンの中心部に位置しながらやや独特の雰囲気があります。比較的小規模(メインの建物は3棟)で学生・講師の間の距離が近く、愛着を感じられるのではないかと思います。


5.留学をめざしている人へ一言

専攻のテーマやコンテンツと同様に、授業のスタイルや評価方法も自身の関心や優先順位と合致するか検討されると良いと思います。自分の場合、当初は実践的なプロジェクトやフィールドワークがコースに無いのを残念に思いましたが、実際にリーディングやエッセイ執筆に集中すると、それだけでも精一杯かつ学びが多く、手応えを感じました。