「MA Social Anthropology of Development」School of Oriental and African Studies, University of London

(ロンドン大学 東洋アフリカ学院 「開発人類学 修士課程」)

大谷 真理子(おおたに まりこ)さん

執筆:2014年4月

1.自己紹介

3月に日本の大学を卒業し、9月からこの修士課程に進学しました。職務経験はありません。大学に入ってから訪れたフィリピンとケニアで人々の暮らしを見て、開発による現地の文化・価値観への影響を考えるようになりました。先進国主導の「開発」とは何か、現地の人はそれをどう受け止めているのか、果たして「開発」とは「良い」ものなのか?開発そのものに様々な疑問を抱えた結果、開発学部ではなく、現地の視点で考える人類学で開発を学びたいと思い、開発人類学専攻で大学院に進むことを決めました。アフリカ・中東・アジアの研究が盛んなSOASならば開発される側の目線で開発を勉強できると考え、SOASを選びました。


2.所属コースの概要

人類学の視点で国際開発について考察するコースです。開発が行われている場所で起きている様々な問題について分野を問わず扱います。人類学者がどう開発に関われるか・関わっていくべきかという点でも積極的に意見を交わしていきます。

生徒それぞれの興味のある地域や分野によって、人類学部内だけでなく、他学部の授業を履修することができます。コース内でのフィールドワークはありません。

このコースは、積極的・効率的に開発を進めて途上国を豊かにしよう!…という姿勢ではありません。その点で開発の実践的な方法を学びたい人には向いていないコースです。「こうするべき」という意見よりも、開発現場の声をどれだけ汲み取れるかという点を重視していると思います。コース全体を通して、開発とは何か、自分は開発とどう関わっていきたいのかを考えることが求められます。

クラスメイトは開発分野での職務経験やインターン・ボランティア経験を持っている人が多く、途上国経験のある人がほとんどです。パートタイムの学生も多く、年齢層は幅広いです。人類学のバックグラウンドが無い人も多くいます。


3.授業の概要

授業名:Anthropology of Development

内容:国際開発・国際協力について、主に批判的に、人類学の視点で考察します。毎週テーマが変わるため扱う内容が幅広く、開発に関するほぼ全ての分野をカバーしていると思います。(農村開発、保健、ジェンダー、産業開発、開発経済、人道支援、平和構築、環境問題、etc…)リーディングリストの文献はエスノグラフィーやケーススタディを含んだ人類学者の論文が中心です。それらの文献に基づき、「開発」の存在またはその介入が現地の人々の暮らしにどう影響を与えているか、さらには開発機関の中にある政治的・経済的なパワーバランスについてなど「開発の現場で何が起きているか」を詳しく分析します。

感想:開発に関する授業としてはとてもユニークな内容で、多角的な考え方を得られるクラスです。開発を全く別の視点から考えるので、今まで何も疑問を感じず「常識」だと思っていた事柄が何度も覆されました。「開発」という大きな潮流から一歩離れその中で起きている現象を観察することで、そこにある矛盾や対立を説明・理解できるという人類学ならではのアプローチを学ぶことができます。

評価:エッセイ×2(各3000語)、ブックレビュー×2(各1500語)、学期末テスト×2


授業名:Theoretical Approaches to Social Anthropology

内容:人類学部の修士課程に所属している学生で、過去に人類学を専攻していなかった人は履修しなければいけない科目です。人類学の理論について、毎週1人または1つの理論をテーマにして進められます。主にイギリス・ヨーロッパ出身の人類学者・社会学者を扱っています。課題のエッセイはそれぞれの理論の解説だけでなく、他の理論等と比較したり歴史背景を考慮したりして、より深く広く分析することが求められます。

感想:内容が非常に複雑・哲学的なので、なかなか手強い授業です。特に留学生にとっては難関です。しかし受けている生徒は皆人類学の初心者なので、クラスは仲間意識が高く和やかな雰囲気です。取り組むのは大変ですが、人類学の視点を理解する上ではとても役立つ授業です。

評価:エッセイ×4(各2000語)、年度末テスト


授業名:Ethnographic Research Method

内容:人類学部に所属する院生は聴講しなければいけない授業です。(正規に履修することもできます。)週1回、1時間のレクチャーに参加します。フィールドワークの方法論が主な内容で、ethnographyの書き方や調査対象コミュニティとの関わり方、さらに実践人類学についての講義も受けます。また修士論文の進め方について、Research Proposalの書き方についてもこの授業内で説明を受けます。

感想:実際のフィールドワークでの経験談や研究者としての倫理的な問題を学ぶのが面白かったです。今後も博士課程等で研究を続ける人、フィールドワークを行う予定の人には大変参考になる授業だと思います。


授業名:Development Practice

内容:こちらは開発学部の授業です。(人類学の生徒も多数います。)開発プロジェクトの実践的な方法論について毎週テーマが変わり、週によって担当する先生も変わります。プロジェクトやプロジェクト評価をどのようなアプローチで実施するべきか、その週で扱う方法論を基に長所・短所含めて考察します。またその手法の理論と実践の格差については毎回の課題なので、ディスカッションの中でよく取り上げられています。

感想:開発学部の授業ではありますが、かなり人類学的な立場から開発を捉えていることに驚きました。これはSOASの開発学全体の特色なのかもしれません。私もそうですが、実際に開発プロジェクトに関わった経験が無い人にとっては、実際の手法をケーススタディ等でイメージするだけという点がこのクラスでの苦しいところです。

評価:エッセイ×1(3000語)、年度末テスト×1


授業名:Issues in Forced Migration

内容:難民・移民問題を扱う開発学部の授業です。‘Refugee’の定義とはという概念的なトピックから、近年のEU各国における移民対策の傾向、さらには難民・移民のアイデンティティなど、個人レベルの問題から政策レベルの問題まで幅広いテーマを扱っています。紛争地域からの「難民」だけでなく、国内避難民を含む、災害、環境の変化または開発によって強制的に土地を離れなければならなくなった人々についても授業で扱っています。

感想:こちらも開発学部の授業ですが、社会学・人類学的な要素が強いです。「難民」というカテゴリーから生じる様々な矛盾やジレンマを考察するのが非常に面白いです。クラスメイトはヨーロッパ出身がほとんどで、EU各国が行う移民対策への関心の高さも伺えます。

評価:エッセイ×1(5000語)


4.大学紹介

SOASはロンドン大学の中でも異色な存在だと思います。国籍・人種だけでなく、年齢も服装も髪型も様々な人が混じり合い、世界の「多様性」を目で感じられる環境です。図書館にはアフリカ・中東・アジアの本が豊富に集められており、日本語の本も豊富に揃っています(息抜きに日本の小説を読んだりできます)。生徒もそれぞれ異なるバックグラウンドを持っており、紛争地域から来ている学生もいます。そんな色々なカラーやバックグラウンドを持った人と、同じ学生という立場で出会い意見を交わすことができるのは、とても貴重な環境だと思います。イベントも盛んで、色々な地域の文化や音楽を紹介する催し物は頻繁に開催されています。


5.その他

SOASの寮はRussell Squareのキャンパスから歩いて20分程のところにあります。King’s Cross駅近くのとても便利な場所で、買い物にも困りません。ロンドン大学の図書館は共通して使うことができること、各大学でのイベントやセミナーにも気軽に参加できること、また気分転換になる観光名所がたくさんあるので、ロンドンは学生にとって非常に暮らしやすい環境だと思います。


6.留学をめざしている人へ一言

学期が始まると一気に忙しくなるので、授業の選択は日本に居る時点である程度決めておくのが良いと思います。最初の一週間で計画的に聴講したり先生を訪問したりできるので、より自分の興味に合った授業を選ぶことができます。開発を学べるのは開発学部だけでは無いので、ぜひ色々な切り口から、異なる分野のコースも検討してみてください!