「MA Agriculture and Rural Development」University of East Anglia

(イーストアングリア大学 「農業農村開発学 修士課程」)

波多野 衛(はたの まもる)さん

執筆:2013年3月

1.自己紹介

学部は国際農業開発学を専攻し、開発経済学や地域開発、技術移転といった社会科学分野と病理学や栽培法などの自然科学分野の両面から途上国の農業開発について学んでいました。大学卒業後は大学院進学も考えましたが、途上国のリアルな現場に触れてみたいとの思いから、食品の専門商社に勤務しました。部署は研究開発室に所属し、主に輸出入する商品の品質管理・安全性確保に携わっていました。職業柄、途上国・先進国問わず食品の生産現場(工場・農場・養殖場など)に行き、衛生管理指導や栽培管理などを行っていましたが、ある意味Globalizationと途上国というものを肌で感じる仕事だったように思います。農業開発を大学院レベルで学びたいという思いはもともと持っていたので、ビジネスを通じて十分に現場経験を積んだ後、今度は学問・理論的に途上国開発というものを考えるために大学院で学んでいます。イーストアングリア大学を選んだのは、途上国の農業・農村開発に関して社会開発的側面を中心に学べること、多岐に渡るコースが学部にあることから他分野の視点を複合的に(ビジネスと農業開発など)学ぶことで視野を広げられると思ったためです。


2.所属コースの概要

Agriculture and Rural Development courseの特徴は、途上国の農業・農村開発に関する問題点とそれに対する方策を社会科学、経済、自然科学といった様々な角度から多面的に学ぶことができるという点だと思います。途上国の人口の多くが農村部にて農業によって生計を立てており、農業開発の必要性は広く認知されていますが、近年のGlobalizationの流れの中でこの農業・農村開発のあり方も大きく変化してきており、新たなトレンドを踏まえたうえで地球全体といったマクロから村や各農家単位のミクロレベルまで幅広く包括的に農業・農村開発について学ぶことができるプログラムになっています。

他のコースと比較すると必修の数が前後期2科目ずつと多く、選択科目がそれぞれ1つずつに限られるため、他分野を勉強する余地は少ないので、自身の学びたい方向性を定めておくことが必要だと思います。ただ、登録をしていなくても授業の聴講は可能ですし、コースの授業も農業・農村開発全般の比較的広い分野をカバーしているので、特定の分野だけに特化しているという印象はありません。必修科目は、前期:「農村の生計と農業の変容」、「調査手法と分析方法」、後期:「農業農村政策と政治」、「食料システムと農業のグローバル化」があり、それ以外に試験と卒業論文があります。(前後期でそれぞれ一つずつ選択科目の履修が可能です。)

今年度は8名が本コースに在籍していますが、5名日本人、イギリス人、ガーナ人、カナダ人が1名ずつとなっています。(男性3名、女性5名) 昨年は3名のみで日本人が一人もいなかったと聞いていますので、人数と国籍は年度によってまちまちのようですが、だいたい5~10名くらいが一般的なようです。日本人が多いことを懸念される方も多いかもしれませんが、選択科目の授業やイベントなど他のコースの学生と関わる機会はいくらでもあるので、特にマイナスと感じたことはありません。


3.授業の概要

前期:3科目(必修2科目、選択1科目)

Rural Livelihood and agrarian change 「農村の生計と農業の変容」:必修、Research Technique and Analysis 「調査手法と分析方法」:必修、Water security for development: Theory and Concepts「開発のための水資源安全保障:理論とコンセプト」:選択

後期:3科目(必修2科目、選択1科目)

Rural policies and politics「農業農村政策と政治」:必修、Globalised agriculture and food systems) 「食料システムと農業のグローバル化」:必修、International Economic Policies「国際経済政策」:選択

・授業名:RLAC(Rural Livelihood and agrarian change:必修) 「農村の生計と農業の変容」

・内容:途上国農村部における生活を特にジェンダーの視点を中心にして分析する科目。

主なトピックは以下の通りです。

• Concepts and their meaning: rural, gender, poverty, livelihoods

• Gendered divisions of work in a context of rural poverty

• Institutional contexts for livelihood building

• Asset analyses: landed property, credit, technology

• Food security and coping strategies

• Migration and livelihood diversification strategies

授業の評価はGroup presentationが30%、Essayが70%です。

講義:毎週2時間、セミナー:2時間×4回、ワークショップ:週末の半日×1回

・感想:農村部に焦点を絞っているとはいえ、ジェンダー、農業技術、都市への人口移動、マイクロファイナンスなど多岐に渡るトピックを扱うため、やや内容は一般的ではありますが、途上国の農業・農村開発において女性の果たす役割・重要性を認識することができました。特にAfricultureというアフリカの農村部の生活を疑似体験するロールプレイゲームは農村部の問題点を実感することができるよく練られたプログラムだと思います。(半日のワークショップ)

・授業名:RTA(Research Technique and Analysis:必修) 「調査手法と分析方法」

・内容:途上国で現地調査をする際に必要となる調査分析手法の習得を目的とした科目。

主なトピックは以下の通りです。

• Development research & research ethics

• Research design and method; sampling, questionnaire design, interviews

• The role of qualitative methods in quantitative research and mixed methods

• Participatory and action research

• Design and implementation of household surveys on various topics, e.g. income, consumption, employment, health, nutrition, education, etc.

• Basic data processing and statistical analysis and presentation

授業の評価はResearch proposal paperという自分が実際に調査をする際の調査計画書(仮定でよい)の作成が100%です。

講義:毎週2時間(週によっては定性分析と定量分析の授業が週に二回ある場合もあります)、セミナー:2時間×4回、コンピューターワークショップ:2時間×7回(SPSSという分析ソフトのトレーニング)

・感想:とにかく授業数が多く、通常の授業の二倍くらいのコンテンツがあります。正直言って詰め込んでいる印象なので、ソフトの使い方などは授業を踏まえて自分で復習をしないと使えるレベルにはならないと思いますし、授業の量や内容については改善の余地があると思います。ただ、どのようにインタビューをするか、入手したデータをどのように分析するかといった調査手法の基礎を学んだことのない人は途上国関連の仕事をするうえで必要な基礎知識であり、授業だけでは消化不良な感は否めませんが、きちんと自分で復習をして習得するという前提で学ぶのであれば意味があると思います。

・授業名:WTC(Water security for development: Theory and Concepts:選択)「開発のための水資源安全保障:理論とコンセプト」

・内容:水資源に関する概念的、理論的枠組みを調査研究および政策施行の面から理解することを目的とした科目です。国際河川の水資源紛争といったマクロの視点から、途上国の畑での効率的な灌漑設備の管理運用方法といったミクロレベルに至るまで現在国際的に関心の高まっている水資源管理の分野を幅広く体系的に扱っています。

主なトピックは以下の通りです。

• Water Policy Underlying Fundamentals + Food Security

• Water for Agricultural Development + Food Security

• Economics of Water

• Water and Human Security

• Groundwater Governance

• Water Resources Management and International Norms

• Trans-boundary Water Interaction

• Climate Security and Water Security

• Rural Water and Wastewater

授業の評価はGroup presentation + Policy brief paper で50%、Essayが50%です。

講義:毎週2時間、セミナー:3時間×5回、フィールドトリップ:半日×1回(排水処理場訪問)

・感想:農業における水資源の重要性と世界各国での水資源の不足が問題となっていることからこの科目を履修しましたが、水資源に関するさまざまなトピックをケーススタディを交えて学ぶことができ、非常に内容のある科目だったと思います。また、他の科目と比べても積極的な議論がされる授業だったので大変さはありましたが、そういう意味でも学ぶことの多い科目だったと思います。

・授業名:RP(Rural policies and politics:必修) 「農業農村政策と政治」

・内容:RPは途上国の農村開発における以下の分野の政策および政策決定の分析を主な題材としています。

• Agriculture

• Land reform

• Natural resource policies

• Policy towards traders

• Business regulation and contract enforcement

• Infrastructure

• Social protection

授業の評価はGroup presentation + Policy brief paper で30%、Essayが70%です。

講義:毎週2時間、セミナー:2時間×4回、フィールドトリップ:半日×1回(農業試験場訪問)

・感想:参加する生徒の途上国における職業経験を毎回の授業のトピックと関連して発表したり(自身は貿易と政策を発表)、農業試験場へ訪問するなど理論に偏重しないように工夫されたプログラムだったと思います。

・授業名:GAFS(Globalised agriculture and food systems:必修) 「食料システムと農業のグローバル化」

・内容:農業のグローバル化が途上国の貧困層、特に小農にどのように影響を与えるか、また食料需給のシステムおよび食料価格がどのように構築され、川上の生産者から川下の消費者に至るまでどのように相互影響を与えているか、食糧安全保障といった点も含めて学ぶ科目です。

主なトピックは以下の通りです。

• Food sovereignty

• Beyond calorie counts

• Food security policy

• Causes of extreme price instability in global food markets

• Global food prices and poor people in poor countries

• Biotech and nano-technology: farming beyond food?

• New finance to food and agriculture: Philanthro-capitalism

• Food security, carbon and energy

• Innovation and change in agricultural systems

授業の評価はGroup presentationで30%、Essayが70%です。

講義:毎週2時間、セミナー:2時間×5回

・感想:Globalizationと農業、食料という最近のトピックを扱っており、自身の職務経験にも関連する内容だったので非常に興味深く学ぶことができました。ただ、数人の講師が分担して授業を行っていますが、それぞれの内容があまりリンクしていないので、興味ある内容とそうでないものが人によっては分かれるかもしれないのと、自然科学寄りの内容については人によっては理解が難しいのかもしれないと感じました。

・授業名:IEP(International Economic Policies:選択)「国際経済政策」

・内容: 主に国際貿易に関する理論と現状、数値分析方法などについて学び、国際貿易が途上国に与える影響を理解するというものです。聴講をしていたGlobalized, Industrialized and Development (GID)という科目と多少重なるところがありますが、こちらは経済・貿易をメインとしている一方、GIDはビジネスに主眼を置いています。

主なトピックは以下の通りです。

• Argument for and against free trade

• Trade and income distribution

• The terms of trade and the Prebisch-Singer hypothesis

• Debates on trade, growth and poverty

• Trade and environment;

• Transnational corporations and foreign direct investment;

• Technology transfer and intellectual property rights;

• Trade policy in practice: regional integration, trade agreements and the WTO

授業の評価はSeminar paperというセミナーの内容をまとめた短いEssayが40%、Essayが60%です。

講義:毎週2時間、セミナー:2時間×2回、ワークショップ:2時間×2回(貿易統計の分析)

・感想:経済学の基礎知識がある必要とされますが、途上国の貿易に関して各トピックを肯定否定の立場から理論展開して比較分析するので分かりやすく、体系的に国際経済政策について学ぶことのできる内容だったと思います。

また、登録した授業以外にも聴講が可能で、前期にMicro Economics (MID)、後期にWater Security: Theory & Concepts (WTC)、Globalized, Industrialized and Development (GID)という授業を受けていました。


4.大学紹介

<UEAの特徴>

よく言われる話ですが、UEAは学生満足度が非常に高く、多くの学生がUEAでの学生生活を有意義に過ごしており、私自身も一年という限られた大学院生活において学業に集中するには非常によい大学だと思っています。留学生向けの英語プログラムも充実しており(無料)、別途費用はかかりますが約10週にわたって平日夕方に行われる外国語のコース(Evening language class:9言語)もあり、また週に1~2クラス通常の授業とは別に開発関連の特別クラスが開催されるので、自分の興味に応じて参加できます。キャンパス内やその周辺にも緑が多く、暖かい時期にはピックニックをしたりして、リラックスした環境の中で勉学に励むことができます。Londonのように観光名所やショッピングの場所、遊びに出かける場所はあまり多くありませんが、勉強が主となる生活なので全く問題はありません。個人的にはLondonへはIDDPの勉強会で定期的に行くくらいがちょうどいい頻度ではないかと思っています。

<大学の施設>

だいたいどの学生も毎日図書館と講義、フラットを行ったり来たりするような生活を送っています。図書館は24時間利用可能で、課題提出に追われている時期は夜遅くまで図書館にこもり勉強をすることができます。キャンパスから街へはバスで約15分、自転車で20分強くらいなので気軽に行くことはもちろんできますが、キャンパス内の大学生協である程度の必要物資は買えますし、書店、郵便局、カフェ、薬局、銀行などもキャンパス内にあるので、忙しい時期はキャンパスとフラットの往復という生活を過ごしています。パブも大学内にあり、大画面でスポーツ観戦ができるので大きな試合がある時は友人とビールを片手に観戦したりしています。病気にかかった際もメディカルセンターが構内にあるので、NHSの保険で無料診察してもらえるため、万が一の際も安心だと思います。また、キャンパス内には体育館、スイミングプール、サッカーコート、ジム、陸上トラック、クライミングウォール、スカッシュコートなどを含む充実したスポーツ設備があり、サッカーやバドミントンを勉強の合間にしてリフレッシュしています。


5.その他

<Norwich>

当初Norwichという街はずいぶん田舎だと思ってこちらに来ましたが、街にはショッピングモールやレストラン、シネマ、クラブなど思っていたよりもいろいろとあり、日本食材もそれなりに手に入りますので、特に不自由さは感じません。パブも多くあるので、時間があるときはローカルビールを飲んだりして楽しんでいます。また、Norwichはイギリスの中で非常に安全な街として知られており、夜に一人で歩いていても特に危険だと感じたことはなく、大きなトラブルはあまり聞いたことがありません。(それでも日本ほど安全な国は他にはないので、当然ある程度の注意は必要ですが。)

<住居>

住居は大学から自転車で5分ほど(徒歩15分ほど)の場所にフラットを借りて妻と二人で暮らしていますが、周囲は非常に静かで勉強に適した環境です。渡英当初は家族用の寮に入ることができなかったため、学内のホテルに滞在して住居を探そうという考えでいましたが、こちらは日本と賃貸形式が異なりすぐに生活可能な空き物件を探すことは非常に困難です。私はたまたま知人の伝で運良く入居できましたが、寮やホームステイなど滞在先を事前に確保しておくことをお勧めします。(当たり前と言えば当たり前ですが。) 他の方を見ていると、こちらの生活に慣れてしばらくしてから寮やホームステイ先から友人とのフラットシェアなどに変更するケースが多いようです。


6.留学をめざしている人へ一言

UEAは様々な分野の開発学を学べるコース編成になっているのが魅力ですが、一年という限られた時間の中で全てをカバーするのは当然難しいですし、あまり異なる分野の授業を色々と履修しても専門性という面で効果的とは言い難くなってしまうと思います。具体的に特定のコースの中でもどの分野を中心に学びたいのかを明確にしておくと、どの授業を履修するか、卒業論文を何について書くかといったことについても明確な方向性持って進めることができます。また、自分で主体性を持って一年を過ごすことが最も大切だと思うので、大学のプログラムに過度に期待し、大学が教えてくれると考えるのではなく、必要なことは自分で学ぶという姿勢がこちらの大学生活においては必要だと感じています。

農業・農村開発を勉強する人は”Economics of Agricultural Development”という本を読んでおくことをおすすめします。(Norton, G. W., J. R. Alwang, et al. (2010). Economics of agricultural development : world food systems and resource use. London ; New York, NY, Routledge.)大学時代の指導教官に薦められ、日本で購入してイギリスにも持って行きましたが、農業開発全般に関して広くカバーされている内容なので、エッセイを書いたりする際にも活用しています。