「MA Anthropology of Development and Social Transformation」University of Sussex

(サセックス大学 「開発と社会変容の人類学 修士課程」)

稲垣 仁美 (いながき ひとみ)さん

執筆:2012年3月

1. 自己紹介

日本の大学を卒業後すぐこちらの大学院に入りました。日本の大学では主に国際関係や政治学を中心に学んでいましたが、よりミクロな視点、現地の人たちの立場に立つ文化人類学という視点から開発を学ぼうと、開発と文化人類学を学際的に学べるサセックス大学を選びました。職歴はありませんが、ウガンダの元子ども兵の社会復帰やカンボジアの村落開発を支援しているNGOでインターンをしていました。

2.所属コース概要

年間スケジュール

MA Anthropology of Development and Social Transformationというコースに所属しています。

秋学期(9月末〜12月中旬:10週間)に必修の授業を2つ、春学期(1月中旬〜3月中旬:10週間)にオプションの授業を2つ選び、リサーチメソッドの授業は春学期か夏学期(4月中旬〜5月中旬)から1つ選べます。私はメソッドのクラスを春学期に取ったので、3月中旬ですべて授業は終わり、それ以降はタームエッセイと9月上旬提出の修士論文に集中することになります。

クラスメイトのバックグラウンド

コースは15名ほどですが、秋学期にはMA Anthropologyの学生とも合同で授業があり、合計すると20名ほどです。

今年はアメリカ、メキシコ、イギリスをはじめとしたヨーロッパからの学生が多いです。インド人、中国人も1人ずついます。アフリカ諸国からの学生がいなかったのは少し残念でした。女性が圧倒的に多いです。

国際NGOや現地のローカルNGO、メディア関係や企業で職務経験を積んだ人々もいますし、新卒もいます。年齢は大体20代中盤から30代が多いです。

なぜ開発と文化人類学なのか

一般的に、文化人類学の際立った特徴は、通常自分とは異なる文化を訪れ、長期的なフィールドワークをおこない、その土地の社会構造、日常活動、諸問題などを具体的、帰納的に描いた民族誌(エスノグラフィー)を書くことであると言われています。

そうすることで、その土地の人々の考え方や行動を文脈の中で理解し、現地の人々の視点からものごとを理解するだけでなく、自分が当たり前に思っている概念を疑い、自己を相対化する視点も得ることを目的としています。

開発とは、単なる直線的なプロジェクトではなく、価値観の異なる様々なアクターが出会う場であり、どの目標や価値、規則が適用されるかを巡る交渉のプロセスであるならば、異なる文脈を理解しようとする文化人類学は、開発におけるアクター間の理解を深める手段を提供できると考えられています。文化人類学を開発に役立てようという「応用人類学」は実は批判も多いのですが、それも含めてこのコースで学ぶことが出来ます。

3.授業内容&感想

これまでに受けた授業の内容

授業名:Anthropologists and Development

評価:エッセイ(5000 words x 1本)

内容・感想:

植民地時代から現在まで、国際開発をとりまく政策・プロジェクト・機関に文化人類学者がどのように関わってきたかを見ていきます。前半は、歴史的、理論的な概念を、後半は現代の開発イシュー(企業と開発、ジェンダー、汚職問題など)を人類学的な視点から見ていくとともに、それに関わる人類学者の倫理なども議論しました。5週目に、インドの農村開発プロジェクトに関する民族誌を1冊読み、文化人類学者として開発にどう関われるのかを具体的事例から見て行き、その可能性と批判をグループでプレゼンしました。

この授業は4人の先生が入れ替わり教えてくれたのですが、すべて文化人類学をディシプリンとして持つ先生でした。特に後半は、文化人類学を通して開発問題を見ることを体感できる、このコースならではの授業です。

授業名:Understanding of Processes of Social Change

評価:エッセイ(5000 words x 1本)

内容・感想:

MA Anthropologyのコースの学生とともに受ける授業で、社会変容のプロセスに関する理論を、具体的な事例をもとに学びました。近代化、資本主義、国民国家と市民社会、労働、贈与、グローバリゼーション、移民、ジェンダー、宗教などトピックは多岐にわたりますが、共通していたのは、社会変容をめぐるプロセスとその影響、そして人々がどのようにそれを受容・抵抗しているのか、必ず具体的なケーススタディとともに見て行くことでした。

この授業は直接「開発」に触れるわけではありませんが、開発も(それが意図されたものにせよ、また良きにしろ悪きにしろ)社会変容を伴うものです。そういった意味で、この授業では毎週様々な地域・文脈での変容のあり方を分析していくことが出来、非常に有意義でした。

授業名:Ethnographic Methods of Data Collection

評価:グループプレゼンテーション (25分)

内容・感想:

この授業は実質2回のワークショップのみです。1回目のワークショップにおいて、文化人類学的手法であるフィールドワークや参与観察について学び、グループに分かれます。その後各グループ独自にフィールドワークをおこない、その成果を2回目のワークショップで発表するという形式です。

私のグループはブライトンの土曜市(フリーマーケット)をフィールドに選び、毎週市へ行き、売る人・買う人にインタビューしたり、参与観察を行いました。他のグループは、夜間バス、水たばこが吸えるパブ、大学内でのスペイン語話者など、さまざまなもの・人々に焦点をあて独自にフィールド調査をおこなっていました。現場で得たデータをグループで議論・分析しまとめるのは大変でしたが、フィールドワークの醍醐味が味わえる授業です。

4.大学紹介

サセックス大学は中心街から少し離れたところにあり(電車で10分ほど)、勉強に集中しやすい環境です。毎週、文化人類学、紛争、開発などに関するレクチャーが開催されているので、自分の興味に沿って参加できます。大学にはボランティア紹介やスポーツセンターなどもあり、自分の活動の場を広げられる機会を提供してくれます。毎週火曜日には図書館前の広場でマーケットが開かれ、新鮮な野菜・果物やパン、古本、中古DVDが売られ、盛況しています。大学内にはカフェやスーパーもありますが、スーパーの品揃えが少ない事が難といえば難です。キャンパスは海に近いので、晴れた日にはビーチで勉強、といことでも出来ます。

5.その他

英語に関してです。

基本的には1クラスにつき毎週論文を3〜5本読み、それについて批判的に議論するという形で授業が進みます。「日本人は英語を読むのは得意だが会話がダメ」とはよく聞かれますが、こちらへ来て改めて、批判的に論文を読む難しさと重要性を実感しています。論文の要点をうまく捉え、自分の言葉で評価・批判できる力は非常に重要です。

また、答えのない、あるいは白黒はっきりできない問題を議論することが多いですが、その中でも説得力を持って自分の意見を言える力も必要です。

私のコースでは授業後のエッセイ1本でその授業の評価が決まってしまいます。トピックは自分で決めなければならないので、膨大な文献を読み込み、自分なりの問いを立て、アーギュメントを作り、それを表現するという論理的思考能力やライティング能力も欠かせません。

私はどれも力不足を実感していますが、渡英する際、読み書き話し聴く、というトータルの英語力はあればあるほど良いと思います。