「MSc Health, Community and Development (Institute of Social Psychology)」London School of Economics and Political Science

(ロンドンスクール・オブ・エコノミクス 「健康と地域開発 修士課程」)

紺野 奈央(こんの なお)さん

執筆:2011年2月

1.自己紹介

小学生の頃にマザーテレサの伝記を読み、初めて「貧困」を知りました。同じ歳くらいの子どもたちが、飢餓に苦しんでいること、学校に通うことができていないことなどが、とてもショックだったことを今でも覚えています。

そんな貧困に苦しむ人々に手を差し伸べる彼女の姿が、学部で「開発経済」を専攻しようと思った理由でした。4年間勉強をしながら、貧困に苦しむ人々を「経済」というアプローチから救うことの必要性も強く感じる一方、限界を感じていることも確かでした。

大学4年生を目前に、進路に迷いながらも、参加したのが内閣府青少年国際交流事業「世界青年の船」でした。そのプログラムの中で、訪れたインドの小さな村での経験が、私の「貧困」や「開発」に対する考えを大きく変えるきっかけとなりました。

そこは電気や水もあまり整備されておらず、暮らしている人々も主に農業や出稼ぎなどで生計を立てているようでしたが、とても裕福とは言えないとても小さな村でした。それでも村の人々は、私たちの訪問を心から喜んでくれ、特に村の子どもたちは頑張って練習をしてきた踊りを披露してくれたり、木からとってきてくれたココナッツを飲んで飲んでと、プレゼントしてくれたり。村の大人たちも、互いの子どもたちを自分の子どものように、褒めたりあやしたり。うまく言葉にできませんが、彼らの「あたたかかさ」に、胸がいっぱいでした。

また「将来先生になりたいの!私はお医者さん!」と無邪気な笑顔で、自分の夢を話してくれる子どもたちを目の前にし、ふと『彼らは確かに貧しいかもしれない。でもみんながしあわせそうなのはなぜ?「お金がある=しあわせ」ではなく、彼らの選択肢が限られていることが、問題なのかもしれない』と思いました。

日本へ帰国し、どうしたらその問いを深めることができるだろうかと悩んだ末、『お金の有無だけでははかることのできない「貧困」、人々の「ココロ」に焦点を当てた「開発」を学びたい』という想いが捨てきれず、今回の英国大学院留学を決めました。

2.所属コースの概要

どうして途上国での健康改善プログラムはなかなかうまくいかないのか?

どうしたら公的な健康プログラムの介入による成果をよりよいものにできるのか?

社会的に弱い立場に置かれている社会や人々の、健康やwell-beingを彼ら自身の力でよりよいものにするためには、何が必要なのだろうか?

このコースの問題意識は、現在の公衆衛生や健康づくりの場における問題が、トップダウンによるアプローチにあるのではないか?というところからスタートします。

ただ決してトップダウンのアプローチが悪いというのではなく、トップ(公的機関)とダウン(地域住民やNGO/NPOなどの小さな組織)の間に生じる、様々なギャップこそが問題なのであり、それが何なのか?そしてそのギャップを縮める/なくすためには何が必要なのか?を両者の立場になり考える。つまり両者の橋渡し的な役割を担うことこそが、このコースの最終的な目標です。

そのためコースで取り扱われる問題は、地域社会を取り囲む様々なものであるため幅広く、彼らが抱える身体的・精神的な健康はもちろん、人種差別やジェンダー、多文化主義、偏見などが彼らの健康に与える影響についても学んでいきます。

core course を通し、theoryだけでなく、世界中の大小様々なhealth programme の例を使いながら、どのようなアプローチを取っていくのがよいのだろうか?を、考察してゆきます。

その上で、このコースが大切にしていること。それはまずはコミュニティーの人々の声に私たちが耳を傾けること。

そして目指すべきゴールは、私たちの手によって導かれるprogrammeではなく、「コミュニティーの人々による、コミュニティーのためのprogramme」なのではないか?

それらを経験豊富な頼れる教授たちと、また異なる国籍・バックグラウンドを持つ仲間たち(北米からの学生が多いが、アフリカやラテンアメリカからの学生もいる)と共に考えていくことができます。

コース自体も25名と少人数であるため、まるで家族のような感じです。例えば、Ph.D のtutorが1人付いてくれ週に1度ミーティングを開いてくれたり、5人くらいずつのスタディーグループをつくり、互いの勉強の不安なところを相談しあうなど、本当にLSEだろうかと思う程、アットホームな環境です。

ただ2005年コース設置以来、アジア人の入学はあまり多くないようで、日本人は今年度が初めてだったようです。「あなたたちがこのコース始まって以来、初めて日本人よ〜」と言われたときは、嬉しさと同時に、大きなプレッシャーも感じましたが、今となってはそのプレッシャーが、自分自身のよいモチベーションへと繋がっています。

3.授業全体に関して

コースは3ターム制となっていて、1・2ターム中はレクチャーとセミナーがあり、3ターム目は修士論文に取り組むというのが大体の流れになっています。

このコースでは、卒業条件として4 units(通年の授業は1 unit、1タームのみの授業は1/2 unitであり)、core moduleの1 unitとdissertationの1 unitが共通なのと、methodology course 1/2 unitが必須なので、残りの optional course 1+1/2 units分を自由に選択できるというかたちです。(ほとんどのコースは1タームのみの1/2unitなので3つというパターンが多いです)。

Optional courseに関しては。やはりhealth やdevelopment に関する科目を取る学生が多くはありますが、このコースを取ってはいけないという決まりはないので、他のdepartmentの科目にapply することも可能なので、それぞれの関心によって自由に研究することができます。

4.授業内容及び感想

*Health, Community and Development (1 unit, core module)

成績評価: テスト100% (formative essay: 2000 words ×2 )

授業内容: 2で述べた通りです。

キーワード 公衆衛生、HIV/AIDSなどの疫病、貧困、社会的不平等、グローバリゼーション、開発、教育、人種差別、ソーシャル・ビジネス など

*Fundamental Research Method (1/2 unit, methodology course)

成績評価: エッセイ100%(qualitative 2500 words, quantitative 2500 words)

授業内容: 社会調査に必要な量的調査法/質的調査法の基礎を1タームで身につけることが目的です。今まで社会調査法を勉強したことがないという学生向けで、授業ではインタビューの仕方、質問表の作り方を学ぶとともに、専用のパソコンソフトを使いながら、得られたデータをどのように分析していくのかを学びます。

成績評価がエッセイ100%というのも、量的調査/質的調査、両方を自分のテーマに添い、問題設定→データ収集→分析まで行い、1つの報告書としてまとめるものだったので、とても大変ではありましたが、それらすべてをチームで行うのではなく、一人で行うということに意味があったのだと今は思っています。

私のコースは、修士論文でfield work を行う学生が多いため、このコースで学んだ知識を修士論文のために使うための、準備だと考え履修している人が多かったです。

キーワード: インタビュー、フォーカスグループ、質問表(アンケート)、コーディング、統計ソフトSPSS、など

*Reproductive Health Programmes: Design, Implementation and Evaluation (1/2 unit, optional course)

成績評価: エッセイ50%(maximum 10 pages)、テスト50%

授業内容: レクチャーでは、タイトル通りリプロダクティブ・ヘルスに関するプログラムの、デザインから評価までの過程を、policy level で考察します。セミナーでは、リプロダクティブ・ヘルスに関わる様々な問題を、1つのグループがプレゼンを行った後、それら問題に対し、どのようなアプローチが効果的だろうかということを、いくつかのgroupに分かれ議論・発表します。

キーワード: 避妊方法、妊婦死亡率 、social marketing、メディア、男性参加の必要性、青年期の子どもたちの重要性、女性への暴力問題、難民が抱えるリプロダクティブ・ヘルスに関する問題

*Managing Humanitarianism (1/2 unit, optional course)

成績評価: テスト100%(2000 words ×2: take home exam)

授業内容: 人道主義に基づく国際的な援助の役割について、歴史や地域別などといった様々な観点から考察してゆきます。個人的には、西欧的な援助と宗教の関係が、明らかに日本の援助にはない考え方だったので興味深かかった。レクチャーの他に、人道支援の現場で働く人々のドキュメンタリーなどのビデオ鑑賞があり、理想と現実の狭間で闘う人々から、理想を現実にするということがいかに難しいのかを学ぶことができると思います。

キーワード:人道主義、メディア、難民、紛争や内線、人権、アフリカの角、ソマリア、スリランカ、安全保障、国連やICRC・Oxfamなどの国際援助機関

*Doing Qualitative Fieldwork (1/2 unit, optional course)

成績評価: エッセイ100% (4000 words)

授業内容: エスノグラフィーの手法を用いながら、フィールドワークを実践的に学びたい学生向けの授業です。このコースは、コース中に設定された課題に沿い、教授の指導のもと、ロンドンでフィールドワークを実際に行い、ノウハウを身につけられるというのが魅力だと思います。今年の課題はOccupy London について、いくつか与えられたresearch questionの中から自分が興味のあるものを選び、実際にSt. Paul でOccupy Londonを行っている人々にインタビュー調査を行うというものでした。調査実施後はfieldnoteの作成を各自行い、その後はグループでそれぞれ選んだresearch questionに ついて、discussしながら自分たちなりの答えを出すということをしました。

キーワード:エスノグラフィー、参与観察

5.大学情報

今回の大学紹介では、LSEが草開さん(情報管理学)と私の二人なので、この項目に関しては草開さんのレポートを参照していただけたら幸いです。