「MA in Rural Development」School of Development Studies, University of East Anglia

(イースト・アングリア大学開発学部「農村開発修士課程」)

波多野 誠(はたの まこと)さん

執筆:2010年3月

自己紹介

学部では農学部にて植物病理を専攻しました。職歴としては、2000年より国際協力機構(JICA)にて勤務をしてきました。具体的には、筑波国際センターにて農業セクターの研修員受入事業、本部・農村開発部にて東南アジア地域の農業プロジェクト、ラオス事務所にて農業・農村開発セクターを主に担当してきました。これら業務経験を踏まえて、農業だけでなく幅広い観点(特に社会開発的な視点)から農村開発に関する知見を深めたいと思い、学際的な農村開発のプログラムを提供しているイースト・アングリア大学開発学部で学ぶことに決めました。


所属コースの概要

MA in Rural Developmentの特徴は農村の貧困問題について、多面的な視点で学べる点と考えます。必修科目は「ジェンダーと農村の生計」、「農村開発における政策」、「食料システムと農村開発」で、これらを通じて農村の生計の多様性(農業・非農業の役割、様々な資源を人々がどのように活用するのか等)、ジェンダーの視点(農村の生活における男女の役割等)、農村開発における様々な政策(農業政策、地方分権、貧困削減戦略ペーパー等)と政策が人々に与える影響、食料問題と飢餓の関係(世界・国といったマクロレベルからコミュニティ・家庭内といったマクロレベルまで含む)といったことを包括的に学ぶことができます。加えて選択科目として自分の関心に沿って農村開発について様々な角度(例えば環境、教育、保健、社会開発)から深めることができます。

今年度、農村開発コースに所属する学生は計7人(イギリス、アメリカ、ガンビア、ケニア、タンザニア、イエメン、日本から各1名)で男女比は女性4名・男性3名です。(毎年10名弱程度の学生が所属しているようです。)皆それぞれに現場の経験があり、学生間で学ぶことも多いです。人数がそれほど多くないこともあり試験対策など協力しながら勉強をしています。


授業全体について

学部全般については他の方が詳しく書かれていますので、農村開発コースに特化して記載をします。農村開発コースの必修科目は秋学期が「ジェンダーと農村の生計」の1つ、春学期が「農村開発における政策」、「食料システムと農村開発」の2つ、の計3科目です。これらに加えて、研究手法に関する科目(秋学期は定量的な分析が中心、春学期は定性的な分析が中心)を1つ選択する必要があります。当方は社会科学的な分析に関心があったので春学期の「社会分析のための研究手法」の科目を受講しました。

選択できる科目は他のコース同様にそれぞれの学期で3つまでですので、全体では2つの科目を自分の興味に応じて選択科目として選択できます。当方は秋学期に「開発の視点」と「社会開発概要」を選択科目として受講しました。その他の科目も聴講として授業を受けることは可能です。


これまでに受けた授業の内容・感想

[秋学期]

授業名:ジェンダーと農村の生計(Gender and Rural Livelihoods)

<秋学期・必修>

内容・感想

週1.5時間の講義、1.5時間のセミナー3回、半日のワークショップ1回

農村における人々の生計の観点から、農村開発に対する理論と実践を学び、また農村における貧困やジェンダーに関する分析手法を習得することを目的とした科目です。具体的には、農村における貧困の多様性(所得や栄養摂取量だけでなく、潜在能力(ケイパビリティ)等の観点)、様々な資源(Physical, Human, Natural, Financial, Social Capital/Assets)の活用による生計戦略(Livelihoods Strategy)、農業と農外活動、都市と農村の関係、農村開発における農業技術・インフラの位置づけ、マイクロファイナンスの役割、生計手段の多様化と移民、等について、ジェンダーの視点も踏まえて、理論的枠組みや、ケーススタディを踏まえた実践的アプローチについて講義で学びました。

セミナーでは講義で学んだことを踏まえて、(1)農村における貧困のモニタリング方法(含むジェンダー分析)、(2)マイクロクレジットの実践、(3)季節移民と生計戦略の実践、について、グループごとに検討を行い、それを踏まえて全体で議論をしました。

ワークショップは「アフリカルチャー」というサブサハラ以南アフリカを想定した農村シュミレーションゲームを行い、農家が生計戦略を立てる際の制約(特に土地や労働力)や、ジェンダーの視点(男性・女性・子どもの役割)について、参加型のロールプレイを通じて体得しました。

課題は(1)「アフリカルチャー」について家族構成の観点からの振り返り(1,000words)と(2)エッセー(2,500words、当方が選んだテーマは「農村の貧困農家におけるSocial Capitalとwell-beingの関係」)でした。


授業名:社会開発概要(Introduction to Social Development)<秋学期・選択>

内容・感想

週2時間の講義、1.5時間のセミナー4回

社会開発の理論の概説を行うとともに、社会開発のための分析手法を身につけることを目的とした科目です。具体的には社会開発の視点による貧困の分析、権力の与える影響、構造化理論(StructureとAgencyの関係)といった理論的枠組み、及び人権・宗教・参加・知識・文化・慣習について社会学・人類学の視点からの分析方法を講義で学びました。

セミナーでは講義で学んだことを踏まえて、(1)人間開発の分析方法、(2)開発における参加型手法、(3)開発におけるローカル知識の活用、(4)開発に対する人類学的視点での批判、について生徒が中心となったグループ発表を行い、参加者で議論を深めました。

課題は(1)セミナーでの発表内容の評価 (当方は「開発におけるローカル知識の活用」を担当)、(2)エッセー(2,500words、当方が選んだテーマは「Social institutionsの定義と開発における影響」)でした。


授業名:開発の視点(Development Perspectives)<秋学期・選択>

内容・感想

週1.5時間の講義、1.5時間のセミナー3回

開発におけるアプローチの歴史的変遷から、開発に対する様々な理論的概念の理解や比較検証を行う知識・スキルを習得することを目的とした科目です。具体的には開発の定義、近代化理論、従属理論、国家主導の開発、新自由主義とワシントン・コンセンサス、ベーシック・ニーズ・アプローチ、ケイパビリティ・アプローチ、社会正義と平等について講義で学びました。

セミナーでは講義で学んだことを踏まえて、(1)post-developmentの観点で開発の推進について賛成・反対に分かれてのディベート、(2)具体的な政策における近代化理論の反映(当方のグループはカンボジアの国家5カ年開発計画を取り上げる)、(3)ベーシック・ニーズ・アプローチ、ケイパビリティ・アプローチの視点から見た貧困削減戦略についてグループに分かれて検討を行い、それを踏まえて全体で議論をしました。

課題は(1)Article Review (1,000words、与えられた論文の要約及び分析、当方はDevelopment Studyに対する批判を取り上げた)、(2)エッセー(3,000words、当方が選んだテーマは「ベーシック・ニーズ・アプローチとケイパビリティ・アプローチの違いと政策への反映についての分析」)でした。


[春学期]

授業名:農村開発における政策(Rural Policies)<春学期・必修>

内容・感想

週1.5時間の講義、1.5時間のセミナー4回、半日のフィールド調査1回

農村開発における様々な課題における政策の策定及び実施のプロセスについての理解及び分析手法を習得することを目的とした科目です。具体的にはガバナンスと地方分権、農業開発、土地改革、自然資源管理、保健行政、貿易とグローバリゼーション、貧困削減戦略ペーパーについて、理論的枠組みや、政策内容及びその実践について、農村住民の視点(Livelihoods Perspective)を踏まえつつ、ケーススタディをもとに理解を深めました。

セミナーでは農村開発に関する政策分析の考え方やスキルを身につけるため、政策策定プロセスの理解、分析ツールの紹介(主にWorld Bank (2007)の“Tools for Institutional, Political and Social Analysis of Policy Reform: TIPs”を活用)を行った上で、グループごとに農村開発に関する政策課題についてのケーススタディを行い、分析結果をプレゼンテーションしました。当方はケニア、タンザニアの学生と共に「ケニアにおける農業普及サービス」をテーマに、現状と課題及び改善提案について分析を行い、セミナーにて発表を行いました。

課題は(1)上述のグループプレゼンテーションの評価、(2)エッセー(2500 words、任意の農村開発政策に関する分析)でした。


授業名:食料システムと農村開発(Food Systems and Rural Development)

<春学期・必修>

内容・感想

週1.5時間の講義、1.5時間のセミナー2回

マクロレベルからミクロレベルまでの食料システム及び食料に関連する農村開発の課題についての理解を目的とした科目です。具体的には、食料・栄養システムの概念、食料システムの変化及びグローバリゼーションとの関わり、スーパーマーケットを中心としたGlobal Supply Chain、Food Securityの概念及び飢餓への対応、Food Insecurityにおける住民の対応方針(Coping Strategies)、遺伝子組み換え食品、食の安全、食と文化について、その概要及び農村地域の住民に与える影響について講義で学びました。

セミナーでは講義で学んだことを踏まえて、グループごとに開発途上国における食料に関する課題について発表を行いました。当方は1回目のセミナーでは「食の安全」をテーマに、ケニアにおける淡水魚のヨーロッパ輸出のための食の安全に関する規制と農民への影響、2回目のセミナーでは「スーパーマーケット」をテーマに、スーパーマーケットによる流通システムの変化が開発途上国の農民に与える正と負の影響について発表を行いました。

課題は科目の内容に関連する任意のトピックによるエッセー(3000 words)で、当方は「食料安全保障と食料援助」についてエチオピアをケーススタディに、Food Insecurityにおける「食料援助」の役割と課題、改善策について論述しました。


授業名:社会分析のための研究手法(Research Skills for Social Research)

<春学期・選択>

内容・感想

週1.5時間の講義、1.5時間のワークショップ8回

社会科学における研究手法(質的な手法に重点)の概要の理解や具体的な手法を身につけることを目的とした科目です。具体的には、研究計画の作成手法、民族誌学、参加型手法、インタビュー手法(主に半構造型インタビュー)、言説分析、ケーススタディ、研究における倫理、質的データの分析手法、アーカイブ及びライフヒストリーについて、講義にて基本的な概念や内容を理解した上で、ワークショップ(主にグループワーク)を通じて、トピックに関する実践的な手法を身につけることができます。

課題は(1)インタビューの実践トレーニングとして、学内でインタビューを実施し、そのプロセスや手法の改善方法について記述するショート・エッセー(2,000 words)、及び(2)開発に関する研究プロポーザルの作成(3,000 words)でした。


大学情報

キャンパスの環境については他の方に詳しくありますので、そちらを参考頂ければと思います。当方は幼児を含む家族で来ていますので、家族での学生生活について若干記載をします。

まず、寮ですが、大学の付近とバスで30分程度離れた場所(しかし自転車では15分程度)に家族寮があります。家族寮には原則子どもがいる世帯でないと入ることができず、また数も限られているために希望通り入れるかはわからない状況です。寮には最低限の家財はあり、勉強スペースも含め十分な広さはあり、特段の問題はありません。

医療面は家族も含めて大学のメディカルセンターで受診をすることができます。買い物等はどちらの家族寮も徒歩圏内に小ぶりのスーパーがありますが、週末に郊外の大型スーパーでまとめて買い物をするのが当方としては便利でした。ノーリッチは公園も多く、大学では子どものいる家族向けのプレイグループや旅行等のイベントもあり、またノーリッチに在住する日本人の集まりもあり、家族でも充実した生活が送れると思います。


その他の情報

イースト・アングリア大学開発学部は経済学、社会学、農学、環境学、ジェンダー等の様々なバックグラウンドやフィールドでの経験を持った講師陣がおり、幅広い観点から開発を学び、また理論だけでなく実践と結びつける方策を学ぶには非常に良い環境であると考えます。

しかしながら、自分の関心をある程度絞っておかないと1年という限られた期間での勉強となるので焦点がぶれてしまう恐れがあります。また、コースでのセミナーやワークショップで議論に参加するためにも、自分の興味あるトピック・分野については留学前に(日本語の本ででも良いので)ある程度理解を深めてくると、充実したコースワークが送れると思います。