「MSc Public Health in Developing Countries」LSHTM (London School of Hygiene and Tropical Medicine), University of London

(ロンドン大学 LSHTM 「途上国における公衆衛生修士課程」)

神谷 祐介(かみや ゆうすけ)さん

執筆:2009年1月

自己紹介

入学に至る経緯ですが、元々日本の学部・大学院で計6年間経済学(開発経済学、労働経済学、応用計量経済学)を勉強していました。その後、博士課程の学生として、タイやフィリピンのスラムで生活しながら研究を行っていたのですが、現地の住民組織の活動を目の当たりにして、研究ではなく実務により興味と重要性を見出しました。その後、タイのNGOと日本の援助機関にて約7年間途上国の開発実務に携わることになりました。

タイでは、NGOのスタッフとして、北タイの農村において、住民参加型開発アプローチのもと、プライマリー・ヘルスケア活動に従事しました。具体的には、エイズ患者やエイズで親を失くした子ども達の心理的・経済的エンパワーメント、PRAの手法を用いての子ども参加型コミュニティ開発、小学校での総合的学習の授業、ローカル・カリキュラムの開発、開発教育の教材開発、ファンドレイジング等に携わりました。3年半程働いた後、日本の援助機関に移り、日本にある本部で1年半ほど東南アジア及び中東にある病院、施設、研修センターの修復、医療設備・医薬品・給水施設スペアパーツの調達・輸送といった業務に携わりました。その後、アフリカのモザンビークに派遣され、援助協調、公共財政管理、PRSPモニタリング、保健セクターのSWAPs(Sector Wide Approaches)対応、新規案件形成、プロジェクト管理、予算モニタリングといった業務を行いました。

特に意図した訳ではなかったのですが、振り返ってみれば、経済学をバックグラウンドとしながらも、アジア、中東、アフリカにて、保健医療の重要なイシュー(プライマリー・ヘルスケア、保健システム強化、援助効果向上)に関わることになりました。そのため、疫学、保健システム、プライマリー・ヘルスケアについて専門的かつ体系的に学ぶことで、途上国の抱える保健医療の問題に対する、より効果的・持続的なinterventionをじっくりと考えたいという気持ちが大きくなり、当該分野で世界的にも定評がある当校にて公衆衛生を学ぶことを決めました。


所属コースの概要

当コースは9月下旬から始まり、翌年の9月下旬までの1年間のコースです。入学には最低1年の途上国での開発実務経験が必須とされています。コースには、本年(08年~09年度)は84名もの生徒が所属しています。出身は、欧州、北米やアフリカからの学生が7~8割を占めるかと思います。学生のバックグラウンドとしては、学校柄、当然かと思いますが、医者、看護師、助産師、薬剤師といった保健医療系、かつ、途上国(主にアフリカと南米)でのNGO勤務・ボランティア経験を有している生徒が多いです。ただし、英国及び北米からの学生には、20代後半と比較的若く、医学系ではなくPolitical ScienceやDevelopment Study等、社会科学系の大学・大学院を終えた後、2~3年程途上国でNGO活動をしていた学生も割と多いです。年齢層としては、統計をとったわけではないですが、下限は23~24歳、上限は42~43歳、平均31~33歳といったところでしょうか。


授業全体について

当コースはコースワーク中心で行われ、他の英国の大学院と比較しても、授業時間は長いほうだと思います。学期はTerm1からTerm3まであります。授業は基本的に、講義1時間、移動時間30分、演習1時間半の計3時間で1コマという構成です。授業は、コース名の通り、途上国のケーススタディが多く扱われ、途上国の現場とアカデミズムとのリンケージをとても大事にしている点が特徴です。

Term1での授業科目はすべて必須で、選択の余地は全くありません。Term1では、疫学(週2コマ)、医療統計(週2コマ)、保健政策、社会調査、医療経済学を授業で学びます。その他、生徒が各自経験をもとにしたプレゼンテーションをするセミナーの時間や公衆衛生の最新の話題を聴く講演の時間があります。Term2、3は、全ての授業を各生徒の興味に応じて自由に選択することができます。

Term2(1月~3月)は前期・後期に分かれており各2科目(計4科目)を、Term3(3月~5月)は2科目を受講します。つまり、Term2、3において計6科目を自らの選択で受講するのですが、受講可能な授業は本当にバラエティに富んでいるので、履修提出期限を過ぎても受講科目を決定できないという優柔不断な学生も少なくありません(受講可能科目:疫学、統計、プライマリー・ヘルスケア、ファミリープラニング、ジェンダー、栄養、意思決定理論、保健システム、熱帯環境医学、歴史、リプロダクティブヘルス、母子保健、人口学、倫理、グローバリゼーション、組織管理、セクシャルヘルス、アルコール・喫煙、政策、経済分析、エイズ、マラリア、紛争と保健、精神病、慢性病、病原菌、数学モデリング等、50科目以上)。

授業の雰囲気としては、疫学的な思考・アプローチに重きを置いており、どの授業やセミナーに出ていても、原因と結果とのロジカルな因果関係について、常に思考のバックボーンとすることが求められます。また、原則として、当コースの生徒全員に途上国での実務経験があるため、授業での演習やセミナーにおいても、非常に地に足のついたディスカッションがなされます。かつ、ほとんどの学生は、研究者ではなく、実務者志向なので、他コースのナイーブな学生と比べ、よりリアリスティックに物事を考える傾向が強いと思います。この点、議論が飛躍し過ぎない、理想論・空想論が出ないという点が、長所であるとともに短所であるかもしれません。


これまでに受けた授業の内容・感想

授業名:応用疫学

内容・感想:

疾病の効果の測定、人口へのインパクト、感染のダイナミクス、疫学調査のデザイン、各種スタディ(ケースコントロール、コーホート、インターベンション等)、スクリーニング、サーベイランス等について学びます。授業・演習ともにとても洗練されていて、疫学の理論から途上国の現場への応用までロジカルに学ぶことができます。


授業名:医療経済学

内容・感想:

消費者理論、生産者理論、市場分析、完全競争、独占市場、情報、供給者誘発需要、医療ケア市場に対する規制、経済評価等について学びます。経済学を、保健医療の問題にいかに応用するかについて、具体的なケーススタディを題材に実践的に学ぶことができます。


授業名:保健政策・プロセス・パワー

内容・感想:

保健政策を分析するための理論モデルと政策提言手法等について学びます。国際保健政策を分析する上で欠かせない理論的政策モデルを、現実の問題(エイズ治療薬、グローバリゼーション、国際格差、PPP等)に照らし合わせて学ぶことができます。多くの難解な論文のリーディング、演習でのプレゼンテーション、エッセイがあるので結構忙しいです。


大学情報

LSHTMは、ロンドン大学連合の中でも、大英博物館裏の多くの大学が固まっているブルームスベリー地区にあります。当校は学部がないせいもあり、建物や学生ともにこぢんまりとしており、落ち着いた雰囲気が漂っています。ちなみに、現在(2009年1月時点)は、講堂その他が工事中のため、ほとんどの授業は他校(UCLとBirkbeckが大半)で受けています。


その他の情報

出願については、アプリケーションフォーム、CV (Curriculum Vitae/履歴書)、推薦状2通、過去の成績証明書、TOEFLもしくはIELTSの成績証明書、財政能力証明書を同封して学校に郵送します。英語の成績はTOEFL IBTで総合100点以上、かつWritingが24以上、もしくは、IELTSで総合7、Writing7以上が必須です。基準の点数に足りない場合、Pre-sessionalの英語コースを受講することで、免除されるといったことが一部の大学院はあるようですが、当校ではそうした制度はありません。ただし、願書提出時に英語の点数が足りていない場合、まずは英語のスコア以外の書類を送り、conditional offerを得た後、入学に必要なスコアを取得・提出し、unconditional offerを取得することも可能です。

修士論文については、7000~10000 wordsの分量のProject Reportを提出することが求められます。提出期限は9月上旬です。全ての授業と最終試験が終了するのが6月中旬なので、原則として、その後約2ヶ月半での作成となります。コース名「途上国の公衆衛生」の通り、途上国の保健医療のイシューを取り扱ったものという条件がProject Reportには課されます。しかしながら、実際に途上国に赴きフィールドワークを行う行為は、時間の不足、手続きが煩雑といった理由のためか、学校側からはあまり推奨されていないという多少矛盾した状況が起こっています。

その他の関連情報について、2007年に同コースを修了された吉田友哉さんの紹介文も参照いただければと思います。