マラウイにおけるFinancial Inclusion(金融包摂)の可能性

執筆:2017年4月

「MSc Economics and Finance for Development」

University of Bradford

(ブラッドフォード大学 開発経済学、開発金融学 修士課程)

砂原遵平(すなはら じゅんぺい)さん


自己紹介

大学時代に学んだグラミン銀行のGroup Lending Modelの成功例に影響を受け、金融サービスを通じた社会開発に興味を持ち、まずは信用金庫で約4年間、金融の基本を学びました。主に中小企業に対する事業性融資を担当し、幅広いセクターへの運転資金、設備資金案件や、与信判断に伴う財務分析に従事しました。

金融の基本を学んだ後、青年海外協力隊としてマラウイに派遣されることが決まり、①サブサハラアフリカにおいて際立ったマイクロファイナンス(MFI)の成功例が確認されていない要因、②農村部における主要な金融サービスの実態、③M-PESAに代表されるモバイルバンクの影響力、これらにについて現場で深く学びたいという思いから、信用金庫を退職し青年海外協力隊として2年間マラウイに派遣されました。

現在はブラッドフォード大学で、開発経済学および開発金融学を専攻しています。

研究分野→Financial Inclusion(金融包摂)、マイクロファイナンス

フィールドワークまでの流れ

信用金庫で約4年間金融の基本を学び、また事業性融資を通じて関わる事ができた様々なセクターの経営者との交渉力も養われた事から、次なるステップとして開発途上国における金融を学ぶことを決意しました。行先の候補地は、既にMFIの成功例として広く認知されているバングラデシュやインドを考えましたが、一方でサブサハラアフリカにおけるモバイルバンクの急速な広がりや、既にあらゆる研究で報告されているMFIの限界について、より深く、現場の視点から学びたいという思いから、行先の候補地をサブサハラアフリカとしました。

アフリカの農村部で、現地住民と共に生活し、数年間の滞在が可能な制度として一番に思いついたのが青年海外協力隊制度でした。幸い、友人や知り合いのツテで青年海外協力隊OB,OGの方々から話を伺える機会があり、その後無事にJICAより合格通知をいただきました。派遣国は東アフリカに位置するマラウイという内陸国で、2014年7月より2年間、農業省傘下の農業普及所に配属される事となりました。

フィールドワークの背景

配属されたマラウイ国ムジンバ県チカンガワ地域(総世帯数8,145世帯、主な産業はガーリック、サツマイモ、ジャガイモの生産および林業)は首都から北へ約300キロ離れた場所に位置する森林地帯でした。チカンガワ地域にはスーパーはもとより、商業銀行やMFIの支店も無く、市街地からの金融巡回型営業も展開されていないため、チカンガワ地域では公的金融サービスの利用が困難な状況でした。商業銀行やMFIの支店がある最寄りの市街地までは、公共バスで往復約2時間と、$5の交通費がかかります(マラウイにおける$5の価値を示す具体例として、主食であるメイズトウモロコシでは10キロ相当、米では2.5キロ相当に値する価値である)。また、仮に市街地までの移動が可能となり銀行口座を開設できても、$3の維持管理手数料が毎月口座から差し引かれます。

このような銀行利用の困難な状況の中で、住民達はCAREという国際NGOによって2000年よりマラウイに導入されたビレッジバンク(正式名:Village Savings and Loan Associations)というインフォーマルな金融ツールを利用し、貯蓄、融資、保険といった金融サービスを包括的に享受しているという背景がありました。

ビレッジバンクとは、毎週開かれる集会において15名程度から成る会員が各々金銭を貯蓄し、その後、必要がある会員に対して、貯蓄で集まった資金を一定の利息付きで融資し、緊急の際には保険金給付の役割も持つ金融ツールのことです。一般的に1年間を1サイクルとし、時期が来るとクラブの貯蓄総額と、融資によって発生した利息収益の合計額が、各会員の貯蓄額の割合に応じて分配される仕組みとなっています。チカンガワ地域では2013年よりLocal Development Fundという団体によってビレッジバンクのノウハウが導入されました。

こうした背景の中で、農業普及所としては農家の収入向上支援という観点から、新たなビレッジバンクグループの結成支援およびモニタリング、運営改善活動が求められていましたが、当時農業普及所にビレッジバンクに関する豊富な知識と経験をもった職員がいなかったこともあり、上記の活動に取り組めていないという背景がありました。


現地での活動内容

ビレッジバンクの普及、運営改善活動に関して➀既存のグループに対するモニタリング活動、②新たなビレッジバンクグループの結成およびモニタリング活動に従事しました。既存のグループはチカンガワ地域で既に運営されていた9グループを選出しました。新たなグループは、以前よりビレッジバンクを結成したいとのオファーがあった農民グループを対象とし、既存、新規合わせて合計10グループ(総会員数は176名であり、男女比は、既婚男性25名、既婚女性149名、未婚女性2名である)をモニタリング対象としました。

モニタリング手法は、2015年1月より、2015年12月までの1年間、全10グループに対して、毎週開かれるビレッジバンクの集会に最低でも月に2回は参加し続け、聞き取りやアンケート調査を実施しました。また、各グループが使用している帳簿の定量データを利用し、貯蓄額、融資額、融資返済状況、保険拠出額、出席率を、同僚と共に作成したモニタリングシートにて精査しました。また、それぞれのグループにおける貯蓄額や融資額等の進捗状況は月次報告書にまとめ、配属先や関係政府機関、国際機関、NGO等への報告を行いました。

1年間に渡るモニタリングの結果、ビレッジバンクが農村部で担う経済的・社会的役割が見えてきました。まず貯蓄に関する経済的役割として、モニタリングを行った10グループの定量的数値では、1人当たり年間平均$70の貯蓄実績が確認されました。貯蓄が安全かつ継続的に行われている要因には、グループ内で信頼度が最も高いと投票された金庫番によって、鍵付きの金庫で厳重にお金が保管されている点、化学肥料や家財等、多目的な消費目的のために準備を行おうというインセンティブ、貯蓄額の大小によりグループ内で劣等感を抱きたくないという心理的な要因、これらが双方から機能していることが安全かつ持続的な貯蓄を実現できる要因である事が分かりました。

次に、融資に関する経済的役割として、住民は突発的な資金需要や食材の困窮に代表される借入需要に関しても、ビレッジバンクからの融資を受けることによって対応することが可能となりました。融資が実行できる背景には、ビレッジバンクの会員が毎週定期的に貯蓄を積み立てることで一定額の資本が形成されており、融資の実行において懸念される債務不履行問題も、貯蓄資金を担保にすることで債務不履行を未然に防ぐリスク管理、会員同士の人的結合から生まれる債務不履行を避けようとする心理、これらの要因が機能していることが明らかとなりました。

また、保険に関する経済的役割に関して、保険口座は貯蓄とは別口で各会員から一定額が拠出され、会員間に生ずる葬儀や疫病に対して、貯蓄を崩す事なく、あるいは融資を受ける事なく対応できる社会的なセーフティネットとして機能している点も明らかとなりました。以上の点から、当初、公的金融機関やMFIの利用が困難で自宅での貯蓄を余儀なくされていた住民は、ビレッジバンクによって貯蓄、融資、保険といった複合的な金融サービスを享受でき、その結果、貯蓄による化学肥料の購入や融資による困難の回避、保険によるセーフティネットが実現可能となりました。

次に、社会的役割に関して、モニタリングを行った10グループの内6グループで、グループの全会員が同一のユニフォームを揃えるといった事例が確認されました。マラウイでは都市部、農村部に関わらず、外見に執着する意識が強く、一般的に農村部では他人を判断する基準としてどのような服を身に着けているか、またそれがどの程度清潔に保たれているかといった視点が判断基準の一つとなっています。そのため、ビレッジバンクの会員がユニフォームを統一することは、会員相互の結合意識を強めるだけでなく、コミュニティー内での社会的評価を得るための手段としても有効活用されているという事が分かりました。

上記のように、2年間の派遣期間の内、ビレッジバンクの普及、運営改善に活動を絞って、出来る限り深く従事することを目的に取り組みました。そして、モニタリング活動から得た分析結果を元に、マラウイ農村部で機能しているビレッジバンクというスキームを、より多くの人に知ってもらいたいという思いで研究レポートの作成に取り掛かり、それをもって青年海外協力隊活動の締めくくりとしました。

尚、研究レポートは現在、JICA研究所の刊行物である『フィールドレポート』として2017年3月より公開されています。ご興味がおありの方は、ぜひそちらも参照してみて下さい。

https://www.jica.go.jp/jica-ri/ja/publication/fieldreport/fr004.html


フィールドワークを通して学んだこと、感じたこと

様々な工夫やアイデアに満ちた、地に足の着いた取組の可能性に気付けたことが、フィールドワークを通じて得た事の一つです。例えば、昨今ケニアやタンザニアを中心としたモバイルバンクの浸透が広く認知されています。モバイルバンクとは、商業銀行やMFIの利用が困難な、主に農村部の人々を対象に普及された金融サービスの一種です。携帯電話番号を電子口座とし、預金、送金等のオンライン金融取引が携帯電話にて行われています。携帯電話会社のエージェント機能を持ったキオスクやマーケットで預金、出金を行う事ができるため、農村部の人々は市街地に出向く必要がなく、モバイルバンクを通じた金融サービスの利用が可能となっています。しかしながら、タンザニアの隣国であるマラウイでは、通信大手2社によってモバイルバンクスキームは展開されていたものの、農村部におけるインフラ整備の未開発や、キオスクやマーケットによるエージェント機能の未開発、また利用者側の携帯操作能力における懸念が大きな課題でした。したがって、私の赴任していた2016年当時は、モバイルバンクは都市部でかつ基本的な携帯電話操作能力や計算能力を有するクライアントの間で浸透しているにすぎず、一般的な金融サービスとして認知されるにはまだまだ時間を要するスキームであると見ていました。

一方で、上述したビレッジバンクに代表されるインフォーマルな金融サービスは、マラウイ全土で、とりわけ公的金融機関へのアクセスが困難な農村部で機能しています。安全で持続可能な貯蓄、煩雑な手続きなしでアクセス可能なローン、緊急時に対応できる保険、様々な盗難防止策が講じられており、ビレッジバンクは農村部における社会開発の一端を担っています。

サブサハラアフリカの金融開発における論争を見ても、例えばWorld Bank(2014)によれば、全ての人々が経済活動を行うために、また経済的に不安定な状態を軽減するために、適切な金融サービスにアクセスができ、利用できる状態を示す金融包摂(Financial Inclusion)という概念が定義されています。しかしながら、金融包摂のレベルを示す指標には、マラウイ農村部では様々な障壁により機能していなかったモバイルバンクの利用者率は組み込まれていますが、ビレッジバンクに代表されるインフォーマル金融の存在や利用を示す指標はありません(World Bank, 2014)。

現地住民と共に同じ釜の飯を食べ、現地語で会話し、異なる文化や宗教を受け入れ、互いの人間性を尊重し、人対人の信頼関係が形成されるまでに、半年以上の月日がかかりました。しかしながら、信頼関係ができたからこそ、文献やインターネットでは知り得なかったビレッジバンクの存在を知ることができ、またビレッジバンクが農村部で担う経済的・社会的役割に関しても、1年の歳月をかけてじっくり研究することができたと思っています。


フィールドワークを目指している人へ一言

開発学を学ぶ上では、フィールドワークは不可欠だと思います。一般的には、経済的に不自由なく育ってきた日本人にとって、フィールドワークを経験する事なしに、サブサハラアフリカに代表される開発途上国のライフスタイルを想像する事はできません。また、開発途上国は変化の過程にあり、既存の文献やインターネットの情報とは大きく乖離している場合も考えられます。したがって、フィールドワークは開発途上国のライフスタイルを経験、理解することだけでなく、自身の研究に深く従事するためにも必要なプロセスだと思います。

繰り返しになりますが、現場には様々な工夫やアイデアに満ちた、地に足のついた取組があります。そしてそれらの取り組みは、一般的には私達日本人の知恵からは想像する事が困難なものばかりです。上述したビレッジバンクというスキームもその一つでした。ぜひ、フィールドワークを通じて、現地住民から多くの事を学んでみて下さい。きっとその経験がより良い研究や学習に生かされることと信じています。