ケニア・ナクルでのボランティアの経験

執筆:2013年2月

「MA in International Social Development, University of East Anglia」

(イーストアングリア大学 国際社会開発学 修士課程)

中村 由実子(なかむら ゆみこ)さん

1. 自己紹介

日本での学士課程では社会福祉を専攻し、卒業後まずは福祉機器の商社に就職しました。仕事にやりがいはありましたが、大学の時からボランティアで関わっていた国際協力に職業として携わりたいという思いが強くなり、関連分野の公益法人に転職。業務を通して様々なことを学ぶ中、途上国での現場経験も開発に関する知識もない自分がもどかしく、また今後も開発業界で仕事をしていくためには自分に足りないものを補わなければと思い、英国留学を決意しました。留学中もフィールドに対する思いは消えず、現場に派遣される仕事の求人に応募したこともありましたが、叶いませんでした。それでも、日本に帰国する前に、短期でもボランティアでもいいからアフリカに行きたいと思い、ケニアでの4週間のボランティアに申し込みました。


2. フィールドワークまでの流れ

開発学部のオフィスから時々メール転送されるインターンやボランティアの募集情報を常にチェックしていました。就職活動をするにあたり、学歴や職歴に合った分野の経験をしたほうがいいと思っていたので、学士・修士論文でテーマにし、最初の仕事でも携わった障害者支援分野の活動を探していました。アフリカで障害者支援を行う団体は決して多くなく、募集があったのはウガンダとケニアのNGOだけでしたが、それぞれに直接メールをし、すぐに「Welcome」と返事をくれたケニアのほうに決めました。Education Supplements International (以下、ESI)というNGOで、4週間以上の滞在ということ以外には特に条件はありませんでした。ESI独自のウェブサイトはなく、別のサイトで少し紹介されているだけだったので、外部情報の少なさに不安もありましたが、メールのやり取りを通じて信頼できる団体だと信じて渡航しました。


3.フィールドワークの概要

ESIからのメールでは、障害者支援以外にも孤児院、教育、HIV/AIDS等、様々なプロジェクトが紹介されていましたが、一部の孤児院以外はキリスト教団体等が運営しており、ESIはそれらへのボランティア派遣のコーディネートをしていました。場所は首都のナイロビから車で約2時間半のナクルという地域の村で、ESI責任者の家族がゲストハウスも経営しており、滞在中はホームステイのような感じでした。

私は障害者の生計向上プロジェクトへの参加希望で申し込んだのですが、訪問先は養護学校で、夏休みが明けるまでの1週間は孤児院に行ってもらうということを、ケニア到着後に言われました。ところが1週間後、夏休みが明ける前日に公立学校の教員がストライキを起こし、ケニア中の公立学校が休校に。政府との交渉はなかなか進まず、ストライキの収束を待つ間、私立の小学校に行くことになりました。しばらくして、ある全寮制の養護学校では、授業がなくても生徒の約2割が学校に戻って生活していると分かり、3週目の後半から1週間、養護学校に行くことができました。

障害者の生計向上プロジェクトがあることが決め手になって選んだのに、それに参加できなかったのは残念でしたが、短い滞在期間でも色々な所を見ることができ、結果的にはよかったと思っています。ストライキは結局3週間続き、私の帰国後にようやく公立学校が授業を再開したのですが、そういうことが起こり得るということを、身をもって経験しました。

私立小学校の授業の様子

4.現地での活動内容

孤児院を訪問したのは夏休み中だったので、その時施設にいたのは、入所80名(小学生~大学生)のうち約4割の、親戚等の元へ帰省できない子達。各々が複雑な思いを少なからず抱えていたのではと思いますが、皆明るく仲良く生活していました。私は特に役割を与えられたわけではなく、掃除や草刈り、食事の準備を手伝ったり、自由時間に一緒に過ごす中で、日本の教育、文化、政治、宗教等に関する彼らの質問に答えたり、彼らからスワヒリ語を教えてもらったりしました。

私立の小学校では、ちょうど復習の期間だったため、先生が授業の冒頭で少し説明した後は自習に近い時間が殆どでした。私は授業を見学しながら、生徒(1~8年生)が解いた問題の答え合わせをしたり、幼児クラスで塗り絵用の絵を描いたりといった簡単なことを手伝いました。

知的障害児の養護学校では、歩行や咀嚼が困難な子どもの移動や食事を介助したりしました。ある男の子は、ご飯を手で掴む動作や咀嚼がうまくできず、与えられた量の約半分は手や口からこぼれて口の中に入らないため、とても痩せていました。また、時間がかかるので本人も疲れてしまうのか、まだ十分に食べていないのに食事をやめてしまうこともありました。そこで彼にスプーンを渡してみると、今まで指からこぼれ落ちていた分も口まで運ぶことができ、食事のスピードも速くなって、食べられる量も増えました。それまでは皿にたくさん残っていてもやめてしまうこともあったのに、米の一粒までスプーンで必死に掬い取ろうとする姿を見て、少しの工夫でこんなに変われるということを、スタッフにも気付いてもらえたらと思いました。

孤児院(これから開墾する畑の草刈り)・養護学校の自由時間

5.体験を通して学んだことや感じたこと

各訪問先で過ごしたのはわずか1週間程度でしたが、温かく受け入れてもらえ、とても有難かったです。特に孤児院では、複雑な家庭環境にあったはずの彼らから、「家族によろしく」とか「貴方と貴方の家族の幸せを祈っている」といった言葉をもらい、感慨深いものがありました。

また、短期間でも多くの気付きや学びがありました。中でも養護学校では、前述のエピソード以外にも、衛生面やスタッフの仕事ぶりで気になる点がありました。例えば、手を洗う前に食事が配られ、そのまま手掴みで食事をする光景を初日に目にしました。スタッフに聞くと、その人は皆が洗っていなかったことに気付いておらず、「いつもは洗うのだけど」と言いました。別の日、また手洗い前に食事が配られ始めたので声をかけると、一旦配り始めた食事を下げて、生徒の手にバケツの水を流して回ってくれました。しかし、バケツに手を入れて洗う子もおり、その水で次の子が洗うなど、あまり意味のないやり方も見られました。また、靴を履かずに裸足でいる生徒も多い中、敷地内にはガラスの破片がたくさん落ちていました。私がビニール袋を手に破片を探して拾い集めていると、スタッフの一人に「欲しいの?」と聞かれ、驚いてしまいました。ガラスの破片を溜めた袋を見せ、「危ないから」と言うと、「あぁそうか」とそこでようやく理解されたようでした。この学校は長年勤めているスタッフが多かったのですが、ベテランでも日常化しすぎて気付かないこともあります。特に学校や施設のような閉鎖的な場には、外部の人間が入ることも時には必要だと感じましたし、その意味で自分も少しは役に立てたのかなと思います。

滞在先のゲストハウスとホストファミリーの娘さん

6.フィールドワークをめざしている人へ一言

迷っている方には、ぜひお勧めします。私は単なるボランティアでたった4週間でしたが、イギリスでの1年間に匹敵するくらい濃い時間を過ごすことができました。それくらい、アフリカは強烈です。もちろんアフリカ以外にも開発の現場はありますが、以前NGOのスタディツアーでアジアの途上国(2ヶ国)を訪れた時と比べても、全く違う世界を味わうことができ、行ってみて本当によかったと思っています。

当然楽しいことばかりではなく、考え方の違いに戸惑ったり、意思疎通がうまくいかなかったり、「外国人」として好奇の目で見られることに疲れる時もありました。国が違えば当然で、ある程度予想できたことではありますが、想像ではなく実際に経験して感じることは大切だと思いますし、関わった人やもの、感じたことの全てが、今となっては貴重だったといえます。

また、開発援助の世界でよく聞かれる理論や正しいと思っていたことが自分の中で覆され、葛藤することもありました。そのように、行かなければ味わうことのないものが、フィールドにはたくさんあると思います。留学後に希望する進路が明確にある場合や修論のリサーチ目的の場合は別ですが、とにかく現場に行ってみたいという方であれば、形式や期間にこだわらず、今の自分にできる形で挑戦してみてもいいのかなと思います。私も、できればボランティアでなく仕事やインターンとして、1ヶ月ではなく数ヶ月~1年、と以前は考えていましたが、自分の中で条件を決めすぎてしまって、なかなか前に進めませんでした。その経験に意味があるかどうかは自分が決めることで、どんな経験も自分次第で大きな意味を持つことができるのではないかなと思います。

イギリスに留学した時の勢いで、フィールドに飛び込んでみてはいかがでしょうか。