グラミン銀行で得た開発とビジネスに関する経験

IDDPスタッフによる途上国での活動紹介(2010-2011年)

辻井 一晃 (つじい かずあき)さん

BSc in Politics, University of Bristol

ブリストル大学 政治学部 所属期間:2008年9月~2011年6月

執筆:2011年2月

自己紹介

2008年度よりブリストル大学の政治学部で学んでいます。留学を決めた理由のひとつは、生まれ育った日本から離れ、異なる文化や政治風土に触れる機会を増やすことで、より多角的に国際政治を理解する視点を身につけられると考えたからです。国際政治は、その網羅的な性質上、将来的に自分が関わっていきたいトピックやフィールドを探すには適した科目であったと思います。職務経験はありませんが、自分が国際政治を学んでいく上で興味を持った事柄に積極的に関わってきました。例えばここで紹介させて頂くバングラデシュでの経験は、大学及びIDDPを通して得た開発とジェンダーへの興味を追求しつつ、将来のキャリアの方向性を探る試みの中で得た経験です。卒業後は、途上国に深く関わるビジネスで働きたいと考えています。その上で、ビジネスを通して途上国の発展に寄与するという近年の開発におけるひとつの潮流への、具体的なアイデアを自分の中で育てながら実務能力を身につけていきたいと考えています。

(農村部でのマイクロクレジットの研修)

概要説明

2010年の8月から2ヶ月間、バングラデシュのグラミン銀行にて、マイクロクレジットの専門家トレーニングを受けた後、同銀行内のユヌスセンターという部門でインターンシップをしました。マイクロクレジットのトレーニングの際には、実際に農村部に滞在しマイクロクレジットの仕組みを深く学び、いかに借り手である女性に対してエンパワーメント効果があるのかを知りました。現在は、その時に行ったリサーチに基づいて卒業論文を書いています。

以下に、ユヌスセンターでの経験をより掘り下げてお話したいと思います。ソーシャルビジネス(social business)や途上国開発とビジネスの関係に興味がある方々に多少なりとも有益となる具体的な経験談となれば幸いです。


具体的な活動内容・所感

ユヌスセンターは、ソーシャルビジネスという概念を世界に広め、世界中にあるソーシャルビジネスに関するあらゆる活動のハブとなるという役割を持っています。ソーシャルビジネスとは、グラミン銀行創設者のユヌス氏が提唱する概念で、利益追求ではなく社会問題の解決を最優先としつつ、経済的な持続可能性を持った新しいビジネス形態です。ソーシャルビジネスにおいて、会社は利益を株主への配当ではなく、社会問題のさらなる解決に向けて事業の拡大等に再投資します。配当がない為に、株主は初期投資額を受け取るだけですが、それでもソーシャルビジネスへの投資の需要は十二分にあるとユヌス氏は考えています。

ユヌスセンターにてインターンシップをした動機は、グラミン銀行のマイクロクレジット事業が、ソーシャルビジネスの1つの形態としてユヌス氏に認識されていたことを彼の著書で知り、マイクロクレジットをより大局的に理解したいと思ったからです。グラミン銀行の展開するソーシャルビジネスの多くは、彼らのマイクロクレジット事業に連携して行われています。よって、ソーシャルビジネスの仕組みを理解するにあたっては、マイクロクレジットに関する知識を持っていた事が少し役に立ちました。

ユヌスセンターにおいて私が具体的に携わったのは、イタリアのフィレンツェ大学との提携交渉や、グラミンユニクロのテストマーケティング、ユヌス氏の理念と合致するソーシャルビジネスへの証明書(certificate)を発行する際のチェックリスト作りなどがあります。

インターンシップではソーシャルビジネスに関する業務に深く関わることができ、ユヌス氏の理念を実際に現場で深く学ぶことが出来ました。ソーシャルビジネスという概念を実際のプロジェクト等に落とし込んで促進していくという発展的な過程は刺激的でもありました。ダノン、アディダスやユニクロといった企業も真剣にソーシャルビジネスを新しい途上国市場へのアプローチとして取り入れる一方、大学や政府系機関もソーシャルビジネスをそれぞれの分野で取り込み活用できる可能性を探っています。世界中の産官学すべての分野からの様々なオファーが、オフィスには常時飛び交っている状態でした。

(グラミンユニクロのテストマーケティング:地元の女性からの製品や販売方法へのフィードバック)

グラミンユニクロのテストマーケティングに同行させていただいた際には、途上国において実際にビジネスを通して社会問題の解決に取り組む面白さに触れました。テストマーケティングではグラミン銀行のマイクロクレジットの借り手である農村部の女性から製品へのフィードバックを参考に、 コスト等の制約の中で製品をいかにより魅力的、機能的かつ貧困層が購買可能な値段にするかが検討されました。この作業には、地元のニーズをプロジェクトに反映するボトムアップの要素がふんだん盛り込まれており、社会問題を解決するというソーシャルビジネスの命題が十分に意識した上で進められていました。独特のニーズや趣向やビジネス習慣のなかで、製品を開発して、プロジェクトを立ち上げるには、地元の協力者やサポートが欠かせません。新しい文化や価値観を知るにあたり、地元のコミュニティーに入りこみコミュニケーションを取ることが好きな私は、そうせずには知ることの出来ないニーズや趣向や生活風土に関する情報を、実際の製品開発に参考情報として提供することが多少出来たと思います。製品を開発するにあたっては、消費者のニーズや趣向を知るだけではなく、原材料の調達といった工程も重要です。バングラデシュの市場や物流を理解するには、経済、法律や政治をバングラデシュの文脈で理解する必要が出てきますが、大学でバングラデシュを含めた東アジア政治や経済を学んできたことが役に立ちました。途上国でビジネスを立ち上げ製品開発をするにあたって、いったい自分には何が出来るのかと考え、加えて途上国のビジネスに開発の要素を見つけた機会となりました。途上国の発展にビジネスで貢献するには、経済的な持続性や収益性というビジネスの命題を、事業展開の制約として捉えるのではなくモチベーションとして捉え、事業の社会的貢献と経済的な持続性のバランスをうまくとっていくのが、これから途上国にてビジネスを展開するに際して大きなポイントになるだろうと考えました。

近年、ソーシャルビジネスに類似した様々なコンセプトが世界中で生まれています。Social entrepreneurshipやPhilanthropy business、inclusive business (BOP, Bottom of Pyramid)といった概念はソーシャルビジネスとともに、これまでのビジネスと途上国開発の関係を見直す動きと関係していると思います。今後ビジネスと開発の明確な区別が薄れていく潮流を、ユヌスセンターにて強く感じました。インターン終了後も、インターン中に得た経験や人脈からビジネスと開発を考える機会を得ることができました。例えば、2010年の11月にはドイツで開催されたGlobal Social Business Summitに参加し、世界中の様々なフィールドから集まった産官学のソーシャルビジネスに関心のある方々と意見を交わし、グラミンユニクロのプレゼンテーションのお手伝いもさせていただきました。

以上が、私がユヌスセンターでのインターンを通して得たいくつかの具体的な経験や考えです。


その他の情報

ユヌスセンターは、ソーシャルビジネスのコンセプトを深く理解するためには最適の場所です。また、途上国開発とビジネスの関係の将来を考える場としても、有意義な機会を提供してくれるでしょう。ユヌス氏著作の「貧困のない世界を創る: ソーシャルビジネスと新しい資本主義 (A World Without Poverty: Social Business and the Future of Capitalism (2008))「Building Social Business (2010)」では、ソーシャルビジネスについて詳細に説明しています。ユヌスセンターでのインターンは3ヶ月以上の長期間が好まれますが、インターンの空きや熱意と能力次第では、短期でも受け入れてもらえる可能性はあります。ダッカのグラミン銀行のビルにあるオフィスはとても風通しが良く、働きやすい環境です。インターンが作成したレポートでも出来次第では、代表取締役が目を通すこともあります。オフィスでは英語が公用語ですが、日本企業からの連携の打診も多く、日本語が話せるという点を生かす機会も あるかもしれません。グラミン銀行ユヌスセンターの詳細は、インターンシップ等の情報等も含め、それぞれのウェブサイトでご覧になれます。

(ユヌス氏と、ダッカのグラミン銀行にて