2025.6.5
…いや、そんなことを問題にするのは綴字愛好家くらいだろうが、『英語語源辞典』で<acc->で始まる語を見ていくうちに、様々な経緯でこの綴字になったことが見えてきたので、一度整理しておこうと思う。
<acc->で始まる語は次の5つの部類に分けることができる。1つ目は、ラテン語において接頭辞 ad- の d が後続する c に同化し、ac- となったものが、そのままフランス語や英語に借用された場合である。2つ目は、ラテン語接頭辞 ac- の<c>がフランス語で脱落したものの、再び <c>が追加された場合である。3つ目は、フランス語において、ad- を語源とする接頭辞 a- と<c>で始まる語が組み合わされ、後に古典化の影響を受けてフランス語と英語で a- が ac- になった場合である。4つ目は、ラテン語接頭辞 ac- と語源的に関係はないが、英語において他の<acc->で始まる語からの類推で a- が ac- になった場合である。5つ目はその他の例として、ラテン語接頭辞 ac- には遡らないが、ラテン語で既に<acc->の語形になっていた場合である。
① ラテン語から ac- を保ったまま借用された語
accede, accelerando (イタリア語を経由), accelerate, accent, accentor, accentuate, accept, acceptable, acceptance, acceptation, access, accessary, accessible, accession, accessory, accidence, accident, †accite, acclaim, acclivity, accommodate, accost, accretion, accumulate, accurate, accusative, accuse
② ラテン語接頭辞 ac- の<c>がフランス語で一度脱落し、再び ac- に綴り直されたもの
accolade, accord, accrue
③ フランス語接頭辞 a- に由来し、古典化して ac- になった語
acclimatize, accompany, accomplish, accouchement, account, accoutre, accredit, accustom
④ 英語において類推の結果 a- が ac- になった語
⑤ ラテン語接頭辞 ac- には遡らないが、ラテン語で既に<acc->の語形になっていた場合
accidie(ギリシャ語の akēdiā(ギリシャ語接頭辞 a- + kēdos)から後期ラテン語に acēdia として借用されたが、中世ラテン語で accīdia に変形し、古フランス語の accide = アングロ・フレンチの accidie から中英語期に借用された)
accipitral(ラテン語の accipiter に由来するが、*acupeter から発達したものとされ、印欧祖語の *ōku- + *pet- に遡る)
②はラテン語から語彙として借用されたものから<c>が脱落し、その後復活したもの、③はフランス語で接頭辞 ac- と同語源の a- を用いて新たに語が作られ、その後ラテン語に倣って<c>が挿入されたものと考えて良いだろう。ただし、今回は基本的に『英語語源辞典』における語源記述を基に分類を行ったが、ラテン語からフランス語への発達は段階的であり、どの言語の時点で語ができたのか辞書によって記述が異なるかもしれない。また、フランス語や英語において、『英語語源辞典』には載っていない<c>が1つの異綴りがあった可能性も考えられるため、①・②・③の分類に属する語は変動する可能性がある。
②・③・④はラテン語に倣って<c>が後から挿入された点では「語源的綴字」と呼べるが、ラテン語接頭辞 ac- に語源として遡れるかどうかで②・③と④に分かれる。拙論ではラテン語接頭辞 ad- に関わる語源的綴字について、ad- を語源に持ち、それを参照して変化した綴字を「語源参照綴字 (etymologically referential spellings) 」、ad- を語源に持たないにもかかわらず、語源参照綴字からの類推・連想で変化した綴字を「語源連想綴字 (etymologically associative spellings) 」と名付けた。それを今回の例に当てはめると、②・③が語源参照綴字、④が語源連想綴字となる。
<c>か<cc>かの違いは結局のところ何が問題なのだろうか?perfect の<c>のように綴字の変化に発音が合わせた例、doubt の<b>のように綴字の変化に対して発音は変化しなかった例とは異なり、<acc->を持つ語の場合は<c>が後から追加されても発音は変わらないので、ラテン語の綴字の習慣・伝統を(意識的にせよ無意識にせよ)英語・フランス語に反映させるかどうか、純粋に語形や綴字の問題と考えられそうだ。
参考文献
寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
Terasawa, Shiho. “The Development of Etymological Spellings Related to the Latin Prefix Ad-: Analysis of Data from EEBO TCP.” Colloquia, vol. 45, 2024, pp. 69–84.
キーワード:[etymological spelling] [analogy] [ad-] [prefix] [assimilation] [Latin] [French] [Greek]