脂肪酸の分析

スペクトルの特徴

分子式に対して相対的に水素が多くあり、マスデフェクトが小さい(精密質量で端数部分が重い)1H, 13C-NMRスペクトルで右側にピークが多く出る

炭素数がおおむね10以上の脂肪酸の混合物は炭素数ごとに単離精製するのは困難です.混合物として、そのままあるいは誘導体化してLC-MSまたはGC-MSで分析するのが一般的です.含量に差が大きくて分析しづらいときは,硝酸銀のTLCやカラムで二重結合の数ごとにある程度分離することが可能です.

いろいろな脂肪酸誘導体について分析法、各種スペクトルがThe Lipid Libraryサイトに載っています.

脂肪酸メチルエステルのGC

メチル化は脂肪酸の分析で良く行われますです.低極性のカラム(下図、OV-1)で測定すると,沸点の低い順に出ます.鎖長の短いものから順にほぼ等間隔で,そして同じ鎖長の中では,二重結合の多いものが先に出ます.極性カラム(下図PEG)で分析すると,鎖長の短い順に出るのは同じですが,同じ鎖長の中では,不飽和の多いものが後に出ます.極性のキャピラリカラムでは,二重結合の位置の違いを分離して得ることもできます.

エーテルに含まれていた抗酸化剤のBHT(butylhydroxytoluene, 3,5-di-tert-butyl-4-hydroxytoluene)が出ることがあります.

天然の脂肪酸は,アセチルCoAで伸長するので,炭素数が偶数のものが多くなります.定量の際の内部標準には奇数の脂肪酸,例えば炭素数17の飽和脂肪酸が選ばれることがあります(最初にこれが入っていないことを確認してから).

脂肪酸メチルエステルのMSスペクトル

飽和脂肪酸のメチルエステルのEI-MSスペクトルは,基準ピークがm/z 74に得られ、87, 101, 115, 129...... M-43, M-29, M+のパターンになります.不飽和脂肪酸の場合は基準ピークは構造によって41か55か67などとなります.M+の強度が弱く,M-32が見えることがあります.GCのRtとMSのパターンが合わないときは,分岐あるいはシクロプロパン環のある脂肪酸かも知れません.

二重結合の位置決定

脂肪酸メチルエステルのMSスペクトルでは、開裂した際にカルボニルを含む側がイオンとして出ることがほとんどです.しかしフラグメントイオンの強度が弱くて二重結合の位置まではわかりにくいことが多いです.そのような時はピロリジル誘導体にするとフラグメントイオンが強めに出て読みやすくなります(続実験性化学講座3上).

また,ジメチルジスルフィド(DMDS)付加体とすると,二重結合のあった位置で開裂したフラグメントイオンがよりはっきり得られます(Anal, Chem., 55, 818-822(1983), J. Cromatogr. 219, 379-384, 1981).二重結合が複数ある場合でも使えます.

たとえば、脂肪酸のメチルエステルモノエンフラクションをDMDS化して、微極性カラムで測定したトータルイオンカレントクロマトグラムは下図の様になります。中極性カラムで、たとえば230度から、1℃/min昇温などでも同様に分析できます。

ピークa,bはM+ 376, c,dは390が得られ、元の脂肪酸がそれぞれC17:1、C18:1であったとわかります。

ピークaのMSスペクトルには、分子イオンのほか、215, 161,129が得られています。二重結合の位置は図の様になります。左側のフラグメントイオンからはさらに、脂肪酸のメチルエステルでも見られる、脱メタノールのフラグメントイオンが得られています。

同様に、ピークb, d も解析できます。ピークcはイオンが多く得られていますが、詳細に解析すれば二つの成分が重なっているのがわかります。 

脂肪酸の命名,慣用名,表記などについて

(メチル化していない)脂肪酸を表現するのに,鎖長:二重結合の数 としてあらわすことがあります.これに続いて括弧内に二重結合の位置を表すこともあります.鎖長はカルボニルも入れて数え,ナンバリングはカルボニル炭素が1位です.α位,β位,γ位などというのは,カルボキシル基の結合している炭素から数えるので,それぞれ,2位,3位,4位のことです.不飽和脂肪酸は酵素的に二重結合が導入され,メチルから数えて同じ位置に二重結合があるものが多い.複数の二重結合があるときは,最初の二重結合の数字でω-3あるいはn-3のように表します.

脂肪酸には慣用名のついているものが多く,使われる頻度も高いです.また,トリグリセリドの構成脂肪酸を表すのにも慣用名由来の略号が使われることがあります.

脂肪酸の慣用名とそのメチルエステルの質量早見表.