精密質量から分子式推定

精密質量測定

同位体の精密質量を整数で近似した値と小数点以下の端数部分の比がそれぞれ異なるため、分子やイオンの質量は原子の組成によって端数部分が異なる。このことを利用して、マススペクトル中のイオンの精密なm/zをはかる(精密質量測定、HR(High Resolution)-MS)とこれに近い質量となる各同位体の組み合わせを限定することができる(組成推定)。

同位体パターン、同位体分布

有機化合物を構成する元素には一定の割合で同位体が存在する。MSスペクトルで質量差1uのイオンを分離すると、スペクトル中に同位体組成が異なるイオンが確認できる。

ベンゼンは天然存在比(特にラベルしたり同位体濃縮していない)では左のような割合で含まれている。これに対応して、MSスペクトルではm/z 78 と79のイオンが得られる。

精密質量測定は、各元素の最小質量の天 然同位体からなるイオンで行う必要がある。一般にそれ以外のイオンは同位体組成が異なるイオンが重なっているからである。仮に分解能が非常に高ければそれらが分離して観測されることになる。

精密質量測定の結果(例)の見かた

組成推定は精密質量が近くなる元素の組み合わせを検索している。計算に含める元素、表示させる結果の不足水素指標の範囲と実測値と差の範囲を設定する。

候補になった組成式の計算値と実測値との差をppmやミリダルトンで表示する。

不足水素指標(IDH:Index of Hydrogen Deficiency)は飽和度、環と二重結合等価数ともいわれる。ESIなどでは偶電子イオンが生成するのでIHDが整数の候補だけを見ればよい。EI-MS、FD-MSではスペクトル中にラジカルカチオンと(ラジカルのない)カチオン(偶電子イオン)が混在しているする。

質量やm/zの計算値に電子の重さを含めるかどうかはソフトウエアによって異なる。ChemDrawで計算させるには、Chemical Symbolsメニューの+・や+を書き足してAnalysisツールで見る。


※ イオンの精密質量を測定してあれば、組成推定は別途行うことが可能。たとえば、ChemCalcのサイトなど。

マスディフェクト(mass defect (in mass spectrometry)) 

質量分析の分野で言うマスディフェクトは、原子,分子,イオンのノミナル質量からモノアイソトピック質量を差し引いた値のことで、正と負のいずれの値もとりうる

ノミナル質量:天然存在比が最大の同位体の質量を整数で表した値を元素のノミナル質量と呼び、それを用いて分子の質量を計算したものが分子のノミナル質量。

モノアイソトッピック質量:元素のモノアイソトッピック質量は、天然存在比が最大の同位体の同位体質量。それを用いて計算したのが、分子のモノアイソトッピック質量。有機質量分析で扱うような化合物では、各元素の最小質量の天然同位体からなる。

原子核の質量はこれを構成する陽子と中性子と電子の質量の和よりわずかに小さい(核物理学での質量欠損 (mass defect) 。原子核の全結合エネルギーに相当する)。どれだけ小さいかは各原子、同位体によって異なる。このため、同位体の精密質量の整数部分と端数部分の比がまちまちになり、分子やイオンの質量は原子の組成によって同位体の精密質量の整数部分と端数部分の比が異なる。

同位体の質量と存在比

MSでは最大存在比の同位体を100%としてあらわした値が良く用いられる。

12C, 1H, 14N, 16Oからなるイオンは、右の表から、1H多いほど質量の端数部分が重くなり(マスディフェクトが小さい(負で絶対値が大きい))、OやNが多いほど端数部分が軽くなることがわかる。

また、最も軽い同位体だけからなるイオンに対して、その周辺のイオンの強度比のパターンから、特徴的な同位体存在比を持つ原子があればわかるC, H, N, Oだけからなる化合物の場合、最も軽い同位体だけからなるイオンより1多いイオンの強度は、炭素が多いほど強くなる傾向になる。

ベンジルクロリドのEI-MSスペクトルは、分子イオンピークm/z 126に、同位体ピーク128が得られる。35Clと37Clに由来するピークの差は1.99705であり、水素二個分の2.01565より小さく、高分解能質量測定を行っていれば、水素二個分異なる物が3:1で混ざっているかどうか区別できる。

NMRでも重い同位体に隣接するカーボンが高磁場にシフトする事が知られており、同じ化合物のメチレンカーボンのシグナルは強度比3:1で2本現われる。

同位体の質量の値は国際純正・応用化学連合(IUPAC)無機化学部門の原子量および同位体存在度委員会(CIAAW)のウェブサイトによった。ATOMIC MASSES OF THE ISOTOPES のnuclideを空欄、Yearに最新の年を入れると一覧を表示する。

同位体の存在比は上記サイトISOTOPIC ABUNDANCES から、MSで最大存在比の同位体を100%に換算した形が良くもちいられる 

核子の質量はIUPAC Gold Book によった。

参照:精密質量による組成推定