第10章 心頭滅却

迷路に放り込まれたネズミ。

ゴールからはエサの匂いが漂っている。

ネズミは迷いながら進む。

壁にぶつかれば痛みを覚える。

壁を避けてネズミは右へ左へと回り、ゴールを目指す。

ゴールにたどり着きエサを手に入れれば、ネズミは喜びに包まれる。

満足し、やがてネズミは、次の迷路に進んでいく。

人もまた同じだ。

ゴールを目指す動機は、欲求。

動物には、命を守ろうとする生存本能、

子孫を残し、守ろうとする種存本能

それらを為すために、自己を主張する存本能、

これら三つの大きな本能に基づく欲求がある。

人には、その他に、ものごとを達成しようとする達成欲求、

そのために環境に秩序を求める秩序欲求がある。

これら五つの欲求が、人をゴールに目指せさせる。

そしてゴールには、快楽という褒美が待っている。

その褒美は、自分が自分に与える快。

しかし、ゴールまでには、いくつもの壁が立ち塞がっている。

壁は、人に不快と言う痛みを与える。

壁に近づけば、人は不安に襲われる。

不安は人の行動にブレーキをかけ、道を変えさせる。

その不安もまた、自分が自分に与える不快だ。

欲求がアクセルとなり、不安がブレーキとなる。

認識したものの記憶に応じて、

脳は、それぞれの程度から感情ホルモンを分泌させる。

感情ホルモンは自律神経の交感・副交感神経を通じて、

全身に影響を与える。

感情ホルモンは、大きく四つに分かれる。

興奮ホルモン:脈拍数を増やす、血液を強く送る

身体を活性化する

不快(緊張)ホルモン:血管を萎縮させる、血液を滞留させる

身体に不調感を与える

沈静(弛緩)ホルモン:血管を弛緩させる、血行を良くする

身体を休養させる

快楽ホルモン:快感神経に刺激を与える

それぞれのホルモンは組み合わさって、いろいろな感情を生み出す。

興奮ホルモンと不快ホルモンは、怒りや悲しみの感情を生み出す。

興奮ホルモンと沈静ホルモンは、緊迫や集中の感情を生み出す。

興奮ホルモンと快楽ホルモンは、喜びや夢中の感情を生み出す。

不快ホルモンと沈静ホルモンは、憂いや哀しみの感情を生み出す。

不快ホルモンと快楽ホルモンは、動揺やの感情を生み出す。

沈静ホルモンと快楽ホルモンは、安らぎや寛ぎの感情を生み出す。

上で述べた人の行動にブレーキをかけるのは、

主に、不快(緊張)ホルモンだ。

それは体調のバランスを崩して、不安定にする。

身体も思考も硬直し、行動をぎごちないものにする。

異常な発汗、赤面、蒼白、悸息切れ、圧迫感などを起こす。

人を不調、不安にして、その状況から回避させようとする。

自分にブレーキを踏む、その状況から逃げ出せと指示するのだ。

しかし、実生活の中で、状況から無責任に逃げ出せる場合など

ほとんどない。

人はその与えられた不安と真っ向から戦わななければならない。

なんとかしなければならない、それも、不安な体調でである。

ブレーキを踏まなければ、人はやがて暴走する。

だから、ブレーキを踏むことを止めさせることは出来ない。

しかし、ブレーキは、人を不安にし苦しめる。

人に安心を与えない。

動物ならすぐに逃げ出すだろう。

しかし人は、ただの動物ではない。

意識を持った動物だ。

意識は理性を生む。

ブレーキを踏んでいるのは、自分。

自分を不安にして苦しめているのは、自分。

自分は自分に、立ち止まれ、その場から逃げよと言う。

理性は、逃げてはいけないと言う。

そんな感情と理性の中で、意識は戸惑う。

戸惑い、さらに苦しみ、

その苦しみの中で、人はさらに迷い続ける。

哲士は迷うな。

哲士は目指す、「ポジション」を。

大きな道理を見通す、その「ポジション」を。

その「ポジション」は、高い見晴らし台の上にある。

そこは爽快な風が吹くところ。

その「ポジション」を見失うな。

そのために、自分と戦え。

『哲士は、心頭滅却、

雑念を取り去り、

欲求や感情と戦う』