管轄裁判所 静岡地裁
障害の有無・内容 聴覚障害
訴訟年月日 2019年1月29日
訴訟時年齢 70代
被害状況(本人談)
結婚式の前に30歳で手術を受けました。私は健康で病気はありませんでした。何も説明なく、親に身支度するように指示され、その翌日、家を出発しました。何もわからないまま手術を受け、10日間入院しました。医者も親も口がパクパクしていただけで手話がないから、何も分からなかった。おなかの傷が痛くて苦しかったですが、帯を巻いて着物を着て、身内だけで結婚式を挙げました。
夫は子どもがほしいと言いましたが、私は子どもが産めないので夫は怒っていました。私も子どもがほしかった。知り合いの赤ちゃんを抱っこすると、子どもがいる家族をうらやましいと思いました。夫も亡くなり、独りぼっちで寂しいです。協会と弁護団が助けてくれて、裁判をしています。子どもを産めない手術は、国会が悪いと知りました。
皆さん、いつも応援ありがとうございます。
裁判の情報
●静岡地裁
第1回 2019年4月26日
第2回 7月12日
第3回 11月1日
第4回 2020年1月17日
中止 4月17日
進行協議 7月3日
進行協議 10月1日
第5回 12月25日
第6回 2021年3月12日
進行協議 5月28日
電話進行協議 7月30日
第7回 10月15日
第8回 2022年1月14日
第9回 3月11日
第10回 5月27日
進行協議 6月24日
第11回 7月15日
結審 10月28日
判決 2023年2月24日勝訴
●東京高裁
第1回 2023年12月5日
第2回 2024年3月22日
第3回 7月5日 結審
第4回 9月13日 和解
管轄裁判所 静岡地裁浜松支部
障害の有無・内容 視覚障害
訴訟年月日 2020年7月3日
訴訟時年齢 70代
被害状況(本人談)
出産時に不妊手術を受けるように入院先の婦長に言われました。私はもっと子どもが欲しかったのですが、「子どもに障害が遺伝するかもしれないから、もう産むのをやめなさい。」などと言われると逆らうことができず、やむなく不妊手術を受けました。
私は障害があるために劣った存在であるかのように言われ、悔しい思いをしました。
私は自分の尊厳を守るため、自分がなぜ不妊手術を受けなければならなかったのか明らかにするために裁判に臨みました。
裁判の情報
●静岡地裁浜松支部
第1回 2020年8月31日
第2回 11月16日
進行協議 2021年2月15日
第1回弁論準備手続き 5月31日
進行協議 8月30日
第3回 11月15日
第4回 2022年2月14日
第5回 5月14日
第6回 9月5日
第7回 11月21日
第8回 2023年2月13日
第9回 5月22日
第10回 9月4日
第11回 12月25日結審
第12回 2024年5月27日
勝訴判決
国は6月7日控訴
●東京高裁
2024年9月13日 和解
公益社団法人静岡県聴覚障害者協会・静岡県手話通訳問題研究会・静岡県手話通訳士協会で構成。
<伊藤行夫委員長(ろう者)の思い>
わたしたちは長年にわたり、聴覚口話法を強いられ、手話という言語を禁止されてきた。特にろう学校において、ひどい扱いを受けた。
高校生の時、先輩ろう者が、親から「子どもを産んではいけない」と言われたことを知り、衝撃を受けた。ある時、東海の手話サークル連絡会があり「強制不妊手術はろう者の人権を踏みにじる行為で、本人はひたすら隠し、ひっそりと生きてきた。」と話したところ、そこに手話を学んでいた医師がいて「子どもがいないから自由に遊びに出掛けられて良い」と発言。私は激怒した。その後、ことあるごとに問題提起を試みたが、周りの反応は薄かった。自分たちろう者は何もできなかった。聞こえない者は、社会からは保護される立場とみなされる。一人前の扱いはされず、家族の中でも疎まれ、身内の結婚式や葬儀への参列も許されなかった。手話を使うことで、より差別されてきた。人は『ダメ』と言われ続けると、自分でもそう思ってしまう。意見を言うことはできず「子どもを産んではいけない」と言われても反論することはできなかった。何も知らされないまま手術を受けたろう者は多い。