障がい者と福祉 (令和4年2月更新)
(福祉施設に通う子の作品です)
~ 専門職としてできること ~
当事務所では障がいのあるかたの法律面でのサポートを積極的にいたします。
高齢化社会,障がい者の地域移行(ノーマライゼーション),成年後見(財産管理)の流れは,ひと昔前と比べて良くも悪くも大きく変化しつつあります。
社会のなかで司法書士・行政書士としてどのように関わっていくことができるのか。
行政・福祉の輪のなかに司法書士・行政書士の存在意義を見つけ出し,社会に貢献していくことを目指しております。
障がい者と財産管理
1.意思決定の尊重
障がい者に限らず,他人の財産を管理する者においては,本人の意思決定を尊重するべきだといわれています。
近年施行された成年後見制度利用促進法も「成年被後見人等の自発的意思が尊重されるべきこと」を基本理念としています。
日常の生活用品を購入する場合や,結婚,遺言などにおいては本人の意思を最大限に尊重しようという考えです。
財産管理人として善かれと思っての行動であっても,本人がそれを望んでいないのであれば,それは慎むべきだということです。
2.残存意思の活用
同じような考えで,本人の残存意思を精一杯活用しようという理念です。
例えば,「リンゴとみかんのどっちが食べたい?」と本人に尋ねて,本人の意見を確認すべきだということです。
どうせ意思能力がないからと決めつけるのはいけません。
少しでも本人の自発的な意思を引き出そうとする努力をするべきだとしています。(身振り手振りを交えた会話をしてみる等)
3.意思決定の尊重と限界
それでは以下の事案はどうでしょうか?
ご自由に考えてみてください。
・事案A
重度の知的障がい,意思疎通は困難
ヘビースモーカー,タバコ代だけでも月々数万円かかる
本人はタバコを吸いたいと希望するけれども,成年後見人として本人の将来を考えると金銭的な余裕はない
・事案B
知的障がい者施設に入所,食事などは集団で行っている
親族はいない
インフルエンザ予防接種について,注射が怖いという理由で拒否
施設側は感染防止のためにも入所者全員へ予防接種したいと,成年後見人に同意を求めてきた
・事案C
司法書士が専門職の成年後見人として財産管理
本人は,日頃お世話になっている司法書士と一緒に外食に行きたいと提案(費用は本人がもつとのこと)
・事案D
高齢者,現在自宅で一人暮らし
親族はいない
自宅内で転倒したり,コンロの火を消し忘れることが多々ある
本人は自宅に住み続けることを希望するが,隣人やケアマネジャーおよび成年後見人としては施設入所すべきと考えている
・事案E
障がい者施設に入所
ある日,同じ施設内の人と結婚したいと本人から告げられた
親亡き後を考える
最近,話題となってきている「親亡き後の問題」です。
親(自分)が亡くなった後に,障がいをもつ我が子が一人で生活していけるのだろうかという親の悩みです。
亡くなる前であっても親が高齢になり,車の運転や子の介護などが出来なくなったときにどうするのかという悩みも含みます。
「いままでは親(自分)が面倒を見ていたけれども,高齢になるにつれて子の介護が困難になってきた。」
「親(自分)が亡くなった後でも,この子が不自由なく生活を送るにはどうしたらいいのか?」
・遺言
・成年後見人の選任
・任意後見契約(財産管理契約,見守り契約)
・家族信託
遺言だけでは不十分
もちろん遺言には故人の自由な内容を記載することができます
ただし,その内容で法的な効果をもつのは,法律上限定されています。
・認知
・相続人の廃除 (簡単に言うと,あいつには一銭もやらん!ということです)
・未成年後見人,未成年後見監督人の指定
・相続分の指定 (長男にすべて相続させる)
・遺産分割方法の指定,遺産分割の禁止 (不動産は売却して,代金を皆で分けること)
・遺贈 (遺産はすべて市に寄付する)
・遺言執行者の指定 (手続きは司法書士の~に任せる)
・遺留分減殺方法の指定 など
「~のことをよろしく頼む」や「葬式は親族のみで行ってください」などの遺言は,相続人には法的な義務は生じません。
「遺産は長男にすべて相続させるから,母親の面倒を見てやって欲しい」との遺言があったとして,当然に長男が母親の介護をしなければいけないということにはなりません。(相続人には相続を放棄するという権利もあります)
したがって,親亡き後,我が子の面倒を見て欲しい場合には遺言だけでは十分とは言えません。
成年後見人制度だけでは不十分
1.家族が後見人になれるわけではない
成年後見制度が社会に浸透しない最大の原因だと考えます。
障がいをもつ子の成年後見人になろうと考えているご両親
成年後見人の申立てをしても,自らが成年後見人になれるとは限りません。
成年後見人の申立て手続きを手伝った司法書士(専門職)が
そのまま当然に成年後見人になれるわけでもありません。
親として子の財産管理をしようと思い,成年後見人の選任申立てをした。
全く知らない司法書士が成年後見人に選任された。
成年後見人の報酬を子の財産から支払うことになった。(自分が後見人に選任されてたら報酬なんて貰うつもりなかったのに...)
子の預金通帳などは司法書士が回収し,立替金はいちいち司法書士にお伺いしなければ貰うことができなくなった。
実際に子の介護・世話をするのは親(自分)。買い物や病院に連れていくのも親(自分)。
司法書士は通帳(財産)を管理したり,書類手続しかしてくれない。
← 正確には財産管理・身上監護行為しか「できない」のです。
語弊を招く言い方かもしれませんが,親御さんからしてみればこのように思われても仕方がありません。
このような使いづらい制度であるのには,もちろん理由があります。
親族による使い込み,横領などを防止するために専門家と裁判所の監督をするべきとの判断によるものです。
もっとも,専門家による横領は近年後を絶たず,それに気づかない裁判所,横領を許してしまう制度のそもそもの不備。
これらは専門家を成年後見人として選任する趣旨と矛盾するものであり,早急な対応が求められます。
2.成年後見人の仕事は一生続く 終わらない
「遺産分割協議をするためには本人を代理する成年後見人が必要と言われた」
「成年後見人を選任しなければ預金を引き出すことはできないと銀行から言われた」
「本人所有の不動産を売却するには,成年後見人を選任する必要があると司法書士から言われた」
特定の目的達成のために成年後見人を選任するというのは注意が必要です。
成年後見人が選任された場合,原則として以後ずっと成年後見人による財産管理が続くことになります。
遺産分割協議をするときだけ,不動産を売却するときだけ,成年後見人に代理してもらって手続きが終わったら辞任する
というカタチをとることはできません。
成年後見人には毎年少なくない額の報酬が発生します。選任した後で後悔しても取返しがつきません。
成年後見人の選任の申立てをする前に,一度専門家へ相談されることをお勧めします。
3.成年後見人ができること・できないこと・してはいけないこと
・成年後見人ができること
本人の預貯金通帳を預かり,財産を管理すること(お小遣いを渡す,医療費を支払う)
契約書や行政書類に代理人として名前を書いてハンコを押すこと(本人の代わりに手続きをする)
本人がしてしまった契約を取り消すこと
・成年後見人ができないこと( ≒ 期待してはいけないこと , 本来の業務ではないこと )
本人の介護
医者への付き添い
必要品の買い物 → 施設へ届ける
入所施設の家族会への入会,出席や各種行事の手伝い
※成年後見人がしてはいけないことではありません。後見人のなかには上記のことをしてくれる方ももちろんいます。
・成年後見人がしてはいけないこと
日常生活用品の購入に対して口を出すこと
医療行為への同意
予防接種についての同意
身分行為(遺言,婚姻,縁組,認知などは当然ながら本人の代わりにすることはできません)
4.身上監護 と 介護 は別物
民法 第858条
「成年後見人は,成年被後見人の生活,療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては,
成年被後見人の意思を尊重し,かつ,その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。」
民法 第859条
「1項 後見人は,被後見人の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。」
法解釈の問題になってくるのですが,
858条:身上監護義務
859条1項:財産管理義務
を規定したものであると当方は解釈しております。
注目すべきは,858条の「~に関する事務」との文言です。
これが「財産の管理」のみにかかっているのか,それとも前文のすべてにかかっているのか,条文からはわかりません。
もっとも,成年後見人の身上監護の内容は事務行為のみに限定されていると当方は解釈しています。
具体例を列挙します。(※当方の解釈です。公式な見解ではありません。)
〇:後見人の仕事
✖:後見人の仕事でない
・食事,入浴,排泄への身体的介護行為 → ✖
・外出,買い物
車に同乗し,一緒にデパートを巡る → ✖
買い物のための小遣いを渡す → 〇
・介護施設
入所手続き(契約書,収入申告書の作成) → 〇
入所手続き(身元引受人,重要事項説明書への同意) → ✖
施設の家族会(行事)への参加 → ✖
着替えを持ってきて欲しいと連絡がきた → ✖
介護計画書への同意を求められた → ✖
いかがでしょうか。
世間一般に「専門職の成年後見人は何もしてくれない」と言われますが,(解釈上)法律が多くを求めていないのです。
成年後見人を選任する際には十分な説明,相談,検討が必要です。
障がい者にとって任意後見契約は困難
1.任意後見契約(任意後見人)とは?
任意後見契約とは,簡単に言えば,個人の間で後見契約を結ぼうというものです。
自分に判断能力があるうちに,あらかじめ将来の後見人を選んでおくのです。
成年後見制度の最大の問題は「誰が選任されるのかわからない」点だと思います。
加えて,成年後見人の仕事は法律で規定されています。
それに対して
財産管理をお願いしたい信頼できる人を自分で決定し,
後見人の仕事内容は個人間の契約で定めようというのが任意後見契約です。
成年後見人として親族が選ばれるケースは少ないですが,
自分の子や兄弟を任意後見人として契約することで,
財産管理などを他人ではなく家族に任せることができるようになります。
「老後は施設に入所したいので,入所手続きを代理すること。」
「施設入所後は,自宅を取壊し土地を業者へ売却すること。」
「後見人は,月に1回,被後見人が買い物に行けるように手配すること。」
「月1回,家族に業務を報告すること。」
「被後見人の自宅の草取り,管理,掃除を行うこと。」
「報酬は~円とする。」
このように法律に縛られず,自由に契約内容を定めることができるのが特徴です。
ただし,気を付けていただきたい点があります。
そもそも成年後見人は,契約などの法律行為ができない状態にあるときに選任されます。
つまり,成年後見人を選任するべき段階では,もはや任意後見「契約」はできないということになります。
任意後見契約は,自分の判断能力があるうちに「将来に備えてあらかじめ」契約をしておくというものです。
自分の判断能力が低下したときに,契約相手が任意後見契約の効力を発動させる手続きを行います。
2.障がい者と任意後見契約は締結できない?
親亡き後を考えている方の多くは,先天性の精神障害・知的障害を抱えている子のご両親だと思います。
このような障がいを持つ子が,専門職などと将来に備えてあらかじめ任意後見契約を結ぶということは不可能でしょう。
契約を締結する時点での判断能力が求められる以上,任意後見契約を締結したとしても無効とされてしまいます。
※ 任意後見契約を締結するには公証人の立会いが必要となります。
契約者に判断能力がないと公証人が判断すれば,契約することができません。
また,親と専門職との任意後見契約の内容に「子の世話をすること」という条項を盛り込むことはできません。
任意後見契約はあくまでも契約者(自分)に関する行為についてしか定めることができません。
任意後見契約を締結することで,自分が亡くなった後,子の面倒を見てもらうという体制を整えることは困難です。
任意後見契約は障がい者と福祉という観点でみると,なかなか有効な手段とはなり得ないと思います。
家族信託の利用 (家族信託だけでは不十分)
1.家族信託(民事信託)とは?
・従来型の信託 ≒ 投資信託
資産を信託銀行等に預ける
↓
運用してもらう
↓
運用益を得る
・家族信託(民事信託)
資産を家族(身内)に預ける
↓
管理,運用してもらう
↓
運用益を得る
おおまかに説明すると,資産の預け先が異なります。
従来の信託のように,資産を増やすことを主目的にするのではなく,家族に資産を管理してもらうことに重きを置いています。
文字どおり,「家族を信じて託す」ということです。
また自らが亡くなった後のことについても決めることができ,
「自分が亡くなった後は,預けた資産や運用益を子どもに渡してください。」
と決めることで,親亡き後の問題の解決策としても注目を集めています。
そして,「資産を預ける」という段階においては贈与税が課されないため,節税の効果も期待されています。
2.委託者 ・ 受託者 ・ 受益者
委託者 ・・・ 託す人
受託者 ・・・ 託された人
受益者 ・・・ 運用益を得る人
具体例)
アパートを所有している父親(70代)。
高齢になってきたので,アパートの管理・経営を長男に任せようと思う。
アパートを長男へ生前贈与するには贈与税が心配。
そこで家族信託契約を締結。
父親(委託者)が,長男(受託者)へアパートを信託する。
今後のアパート経営は長男の権限で行うことができる。
賃料収益は父親(受益者)へ渡す。
父親(自分)の死後は,賃料収益は妻に渡すこととする (受益者を妻へ)
妻の死後は,賃料収益は障がいをもつ二男へ渡すこととする (受益者を二男へ)
⇒ 長男にアパートを渡す際に税金がかからない
父親(自分)の死後,さらには妻の死後のことまでを決めることができる
父親(自分)に成年後見人が選任されたとしても,長男は自分の権限でアパート経営ができる
父親の死後,アパートは遺産相続の対象にならない
3.後見人を選任しなくてもいいということではない (受託者は代理人ではない)
託された人(受託者)の仕事は,「託された財産」の管理・運用です。
託した人(委託者)の個人の通帳などの管理はしません。
託した人(委託者)の財産管理や身上監護をするにあたっては,やはり成年後見人を選任する必要は残ります。
家族信託したから,我が子の将来は大丈夫だということにはならないでしょう。
4.障がいを持つ子 (受益者) の財産が増えればそれでいいの?
信託した財産の運用益を,「自分の亡き後は障がいをもつ子へ渡して欲しい」とすることが多いと思います。
難しい言葉をつかうと,受益者を子に設定するということです。
もっとも,運用益を子に渡すだけでいいのでしょうか。
子が一人で生活を送ることができる状態であれば,金銭面の支援だけで十分でしょう。
しかしながら,障がいをもつ子にとっては金銭面だけでなく,
日常生活を送る上でのサポートを必要とする場合が多いでしょう。
子の名義の預金口座に,どんなにたくさんの入金があっても,本人が使うことができなければ意味がありません。
さらにいえば,子の預金口座の引き出しには成年後見人を選任する必要もあります。
こういった意味では,成年後見人が選任されるのを回避する目的で使用することは難しいともいえます。
5.実際にお金が必要なのは介護する側 (受託者)
子の名義の預金口座から,親が単独で金銭を出し入れすることは困難です。
昨今の銀行は本人確認に非常に厳しくなっています。
前述したように,
子の名義の預金口座に,どんなにたくさんの入金があっても,本人が使うことができなければ意味がありません。
ましてや成年後見人が就けば尚更です。
財産を託す人は,託された人に,本人(障がいをもつ子)の面倒を見てやってくれという気持ちで財産を託します。
そういう意味では,信託の仕事は財産の管理・運用だけでなく,本人の介護や見守りも含まれているといえます。
介護や見守りには少なからず費用がかかります。
その費用は誰に請求したらいいでしょうか?
もちろん本人(障がいをもつ子)です。
しかし,本人の銀行口座は成年後見人がいなければ引き出すことができません。
費用の一時立替え ⇒ 成年後見人へ請求 ⇒ 成年後見人がチェック,預金引出し ⇒ 立替金の支払い
受託者が自ら成年後見人となっていない場合には,立替金の回収も一苦労です。
成年後見人は本人の預金残高が赤字になることを嫌がります。
専門職が後見人の場合には,不要な支出だとして立て替えてもらえないこともあるでしょう。
金銭で換算できない費用もあります。
介護・見守りは精神的な負担を強いられます。自らの時間も消費します。
成年後見人は,実費は渡してくれるでしょうが,介護の対価として報酬は払ってくれません。
実費以外は成年後見人に請求しても,支払ってもらえないでしょう。
本人(障がいをもつ子)の財産が増えることがいけないということではありません。
ただ,それだけでは十分ではないということです。
介護・見守りしてくれる人への金銭面での補償を蔑ろにすると,
家族信託の基礎が壊れてしまいます。
親の死後の話ですので,後から見直すことはできません(死人に口無し)。
新たな見守り制度の必要性と専門職としての役目
1.総論 ⇒ 現状の制度では最善な解決策なし
親亡き後の対策として最善の方法はありません。
遺 言
・紙とペンと印鑑があれば作成できる(手軽で簡単)
・遺言として効力があるものは限られる
法定後見制度
・裁判所の監督するため,横領の危険性が低い
・契約の取消権という法律上の強い権限がある
・実際,後見人による横領事件は後を絶たない
・後見人の取消権が無くても,そもそも意思能力無い契約は無効
・家族がなれるとは限らない
・財産管理を重視するあまり,本人の意思に沿った柔軟な対応ができない
・原則として後見人は財産管理と事務手続しか行えない
・専門職後見人に対する報酬
任意後見契約
・本人が指定した者が後見人になれる(家族もなれる)
・後見人の権限の範囲,報酬を自由に決められる
・先天的障がいをもつ本人が任意後見契約をすることは不可能に近い
・裁判所が監督人を選任する(結局のところ,監督人には報酬が発生する)
・社会に浸透していない
・本人がしてしまった契約への取消権は無い
・家族内トラブルがある場合には,法定後見人が優先される可能性は残る
家族信託
・相続税,贈与税の節税対策として有効
・自分の死後のことだけでなく,配偶者の死後さらには子の死後まで信託財産の使い道を決めることができる
・生前贈与するよりもトラブルが少ない
・今後,子の世話をしてくれる人がいることが大前提
・個人間の契約である以上,横領の危険性は残る
・敢えて信託する必要があるのか十分に検討をすべき(世話する家族にお金を残せば十分では?)
・結局のところ成年後見人は必要(じゃないと本人の銀行口座からお金を引き出せない)
2.とにかく信頼できる人を見つける
最善策というものはありませんが
すべてに共通して断言できることはあります
【信頼できる人を見つけておく】
当たり前のことですが一番重要なことです
どの制度も信頼関係が無ければ始まらないと私は考えます