石垣・石畳
300年前の石垣も残っていて、年月が経って崩れ落ちてしまった石垣を修復した箇所もあります。
かつて八重瀬町の「港川」と「長毛」という地域は粟石と呼ばれる石灰岩の産地で、明治時代から産業として盛んにななり。戦後しばらくの時期まで、本島北部と中南部を往来した交易船などが入港し、長毛にはマチグヮー(市場)ができ、料亭や商店や映画館などが立ち並び『粟石通り』と呼ばれ、賑やかな地域だったそうです。
その名残もあり現在でも町内の石工職人が県内各地で活躍していて、その技術を活かし素晴らしい石垣として修復されました。
~店長の小話~
僕自身、八重瀬町長毛の出身でして
叔父から長毛地域に「料亭や映画館があった」と聞いてます、、、
施設の規模は小さかったとしても、正直なところ
この地域は田舎なので信じられませ~ん(笑)
また実家の敷地の壁には粟石が使われています
祖父と親父が採掘場から運んで積み上げたそうです
採掘場から実家までの道のりは上り登坂が続いてますので
かなり大変だったと思います、、、
なのでレアな壁なんです。
「オジー・親父ー、アザース」m(_ _)m