1日目 (盛本)
《ルート》七倉山荘→高瀬ダム→烏帽子小屋→ニセ烏帽子岳→烏帽子岳→烏帽子小屋
初日から日本三大 急登であるブナ立尾根を登った。登山口から烏帽子岳山頂まで一気に約1300メートルほど登る。私たちは七倉山荘から徒歩で登ったため約1500メートルほど登ったことになる。何度か他の登山客に抜かされながらも登りきった。烏帽子小屋でテントを張りニセ烏帽子岳を越えて烏帽子岳に向かった。烏帽子岳は不思議な山で向かう途中でも何度も山の表情が変わり山の天気も相まって神秘的な山に見えた。烏帽子岳から帰る途中で猿の軍団と出会い子猿が可愛かった。
朝日を浴びて動き出した。
2日目 (盛本)
《ルート》烏帽子小屋→三ツ岳北峰→野口五郎小屋→東沢乗越→水晶小屋→水晶岳→ワリモ岳→鷲羽岳→三俣山荘
朝食を取った後、左手に雲海を見ながらの尾根線歩きから2日目が始まった。北アルプスを歩いてるという感触を感じながら朝日を浴びながら動き出した。
三ツ岳北峰までの道は想像より急であったのと砂が多くとても歩きづらく苦労した。野口五郎岳からは右手側に氷河地形である湖やカール、モレーンなどを見ながら歩いた。
東沢乗越から水晶小屋までもかなり急で階段が所々崩れていて歩きにくかった。水晶小屋に荷物を置かせてもらい水晶岳まで行った。ちょうどよく山頂に着いた頃に晴れ間がありとてもきれいだった。
水晶小屋にもどり少し休憩したのちにワリモ岳へ向かった。この辺りから少しづつ天気が崩れ始めてワリモ岳をすぎ鷲羽岳山頂付近ではかなり霧がかかっていた。鷲羽岳から三俣山荘まではかなり急な坂で10時間以上歩いていたこともありかなり危険であったがなんとか三俣山荘にたどり着いた。
3日目 (田中)
《ルート》三俣山荘→双六小屋→樅沢岳→千丈乗越→槍ヶ岳→殺生ヒュッテ
2日目の夜三俣山荘にて熟練者の方にいただいたアドバイスと3日目午後槍ヶ岳付近の天候があやしかったことを加味し、当初の予定を変更。双六岳は登らず巻き道ルートをとることとした。また、それにより時間が浮くため、槍ヶ岳山荘から少し下った殺生ヒュッテに泊まることとした。
朝食をとった後、前日下りてきた雄大な鷲羽岳を少し眺めてから5時45分頃三俣山荘を後にした。高低差のほとんどない巻き道ルートを順調に進むと、幸運にも双六小屋手前でライチョウに出会うことができた。双六小屋で一本取り、樅沢岳を登っていると後方からサンダルに素足で追い上げてくる女性がおり、周囲にいたご老人と一緒にその力強さに感心した。
樅沢岳を越え、硫黄乗越を過ぎると雲の合間に槍ヶ岳が確認できた。到着予定時刻をちらっと確認し、「あそこまでそんなすぐ着けるのだろうか」と率直に思った。左俣乗越から千丈沢乗越間の西鎌尾根には何カ所か鎖場があり、なかなかにスリリングだった。千丈沢乗越までくると最後は一気に400mほどの登りである。身体的に大変しんどかったが、途中またしてもライチョウに遭遇することができ精神的に少し助けられた。
槍ヶ岳山荘にてヘルメットを借り、ザックを預けて、14時03分我々のパーティーはついに本山行の目玉といえる槍ヶ岳に取りかかった。しかしここに来て山行中はじめての雨、それも大雨である。鎖場やはしごばかりであるため滑らないよう、細心の注意を払いつつ、14時28分登頂。祠?に立てかけてある「槍ヶ岳」の看板を手に写真を撮ると足早に下山した。集合写真を撮る余裕はなかった。槍ヶ岳山荘に戻り、各々お土産などを買うと殺生ヒュッテへと向かった。ヒュッテへと下り少しして槍ヶ岳を振り返ると雨雲は一切なく、少し悔しい思いであった。殺生ヒュッテではホットカルピスをいただいたが、雨で冷えた体には染みた。少々狭いテン場に6テンを無理矢理張り、3日目の山行は終了した。
※途中で遭遇したライチョウの動画を「OB・OGの方へ」→TUWVの近況(2022)にて掲載しています。よろしければご視聴下さい。
4日目(田中)
《コース》殺生ヒュッテ→槍沢キャンプ地→槍沢ロッジ→横尾山荘→徳沢ロッジ→上高地
朝日で赤く染まる槍ヶ岳を眺め満足すると、6時12分頃下山を開始した。ペースは非常に順調で、予定より2時間半ほど早い12時40分頃上高地に到着した。
総括(田中)
3年生1名、2年生1名、1年生2名という構成のパーティーであったこと、コロナの影響で山行経験が十分にあるとは言えなかったことを鑑みれば、ほぼ予定していた通りの山行をケガや事故なしで終えられたことは非常に喜ばしいことだと思われる。天候にも恵まれた3泊4日の夏合宿は間違いなく大成功だった。