夏合宿 報告資料 ~槍隊ver~
⦁ 前書き(飯田)
2019年度、夏合宿を北アルプスの表銀座縦走を行った。今年は1年生が現2年の倍以上入部したことより、パーティを3つに分けることになった訳だが、私はパーティのテーマをご存知の通り「教育」としてプレ、夏合宿を企画した。というのも登山未経験の新入生が4か月の努力で山の生活に順応し、歩行技術はもちろん最終的な目標である夏合宿の完遂にむけ、翌年の新入生の指導の土台を作るためにこのようなテーマを設定した。そして十分な成果をあげられる可能性がある場所として、北アルプスの槍ヶ岳登頂を目標とした表銀座縦走を設定した。以下より合宿の報告を行った後に総括をしたいと思う。
⦁ 夏合宿報告
0日目(遠藤)
今回の夏合宿では、槍ヶ岳に入る前日に現地松本でエッセンの買い出しを行い、バス停近くのキャンプ場でテント箔をした。この準備日を0日目として感想を書く。集合段階については、メンバー全員が松本駅に時間通りに無事たどり着くことができたし、その後駅の近くの食事処で昼食を食べたときに「上高地より槍ヶ岳山頂を目指して出発し、最後岬で男泣きする予定の短期組メール事件」が起こったりして、ここら辺はとても楽しかった。
次に買い出しをしたときだが、このときエッセン長が肉類の準備を忘れる、店員からビニール袋をもらい忘れる、などをやらかし、急に過酷な夏合宿になった。本当にエッセン長は戦犯だったと思う。到底許されるべきではない。
その後キャンプ場でテント泊をしたが、キャンプ場に着くまでの道のりも地味に長かったし、買い出しした材料も重くて持ちづらかったため、キャンプ場についた時点でへとへとだった。加えて、強烈なにわか雨に振られてテントが雨漏りするしで、テント内の空気がまさにお通夜みたいになっていたことはよく覚えている。
0日目を振り返ってみると、なかなか酷い初日だったと思う。初っ端あのテンションでよく槍ヶ岳登頂したなと本当に思う。来年の夏合宿では、エッセンの準備をしっかりするのは当然として、せめて初日の宿泊はホテルを予約しておこうと思った。
1日目(福田)
夏合宿の1日目は始まりが大変であった。前日の雨の影響でキャンプ場のコンディションが最悪で満足に睡眠をとることができなかったメンバーもいた。そんな中キャンプ場からバス停まで移動をしたが、荷物の重さもあってかなり大変であった。このバス停で事件が起きた。雨の影響で中房温泉までの道に交通規制がかかってしまっていたのである。台風の接近も考慮し一度は中止することを考えたが、待っているとバスの運行が再開したため、バスに乗り中房温泉に向かった。中房温泉に到着し、いよいよ夏合宿が本格的にスタートした。中房温泉~燕山荘のルートもこれまた大変であった。このルートは日帰りで往復ができる北アルプスのなかではとっつきやすいルートで、この日もかなりの登山者が見られた。そのため、登っている途中で道を譲る等で立ち止まることが多く、非常にテンポが悪かったように感じる。それでも燕山荘には、おおよそコースタイム通りで到着した。燕山荘のテント場でテントの設営等を行った後、燕岳に向かった。ザックはテント場に置いていったため、かなり登りやすかった。燕岳へ向かう途中では、有名なイルカ岩やめがね岩を見ることができ、山頂では、天気がかなり良かったため、最終目的である槍ヶ岳を見ることができた。テント場へ戻り休憩した後、16時からエッセンを始め、ローストビーフ丼を作り、食べた後、就寝した。
1日目全体を通して、行程はほぼコースタイム通りに進み、燕岳からは槍ヶ岳を見ることができたため、スタートとしては成功していたといえる。
2日目(中村)
2時30分に起床。星々の明りの中、朝飯を作り、夜明けとともに徐々に明るくなっていく景色を見ながら朝飯を食べた。外は、8月真っ盛りなのに肌寒く、ミルクティーがうまかった。ベリーA。オレンジ色に染まっていく燕山を横目で見ながら、キャンプ場を出た。
歩き出すと、雲海の彼方から昇ってくる太陽によって、徐々に尾根がオレンジ色に照らされていく。ふと大天井岳までの縦走路を目でたどっていくと、はるか先に真っ赤に染まった穂先がひょっこりと顔を出していた。テンションが上がっていくのを感じた。あぁ^~もう最高や^~。たまらねぇぜ。早朝の新鮮な空気の中、美しい縦走路を進むこと2時間、程よいスペースを見つけたので本日2度目の休憩をとることにした。遠くを眺めながら、水を飲んでいると、リーダーの飯田がいきなりなぞなぞを出してきた。どうやら、行動食に入っていたアメちゃんの袋になぞなぞがついていたようだ。
「びりびりする本はな~んだ。」 … 知らねえよ。話の流れで、分からなかった奴が余っている玉葱(地味に重い)を持つことになってしまったので、なぞなぞの答えを考えながら縦走路を歩いていると、大天井岳が目の前に迫ってきた。山の斜面を登ること1時間ほど、大天井岳の頂上に着いた。遠くに見えていた槍ヶ岳が、近くまで迫っていた。大天井を後にし、大天井ヒュッテで水を補給し、出発した直後、悲劇は起きた。気圧で西大條のザック中の鍋の元が破裂した。ザックから変な液体が垂れてくる。 かわいそう。
真上から降り注ぐ日差し、アップダウンの激しい縦走路、重いザックにより、みるみる体力を奪われていく。日焼けがひりひりして痛い。途中にいたサルとかはどうでもよかった。
徐々に近づいてくる槍ヶ岳と、甲子園のラジオ放送を頼りに歩み続けること3時間、西岳のキャンプ場が見えてきた。生きてる~!午後1時半、ヒュッテ西岳に到着したが西岳を登る元気はなく、とりあえず休むことに。別の団体が8人用テントを6人で使っているのを見て少しあほくさくなった。お昼寝を済ませ、時刻は4時を回ったので、夕食をつくろうと思った時にハプニング発生。なんと用意していた麻婆豆腐が四川風であった。あんまり水使いたくないのにあほかな?遠藤のカルマが下がった。今日はとても疲れたので、各々が持ち寄ったものを出してデザートを盛り上げることになった。激辛麻婆豆腐の後の大量のデザートと溶かして作ったコーラはうまかった。ベリーA。遠藤が持ってきたピザポテトがパンパンになっていた。ふと外に出てみると、天気が怪しい。一面を雲が覆っている。
そう思っていると、案の定雨が降ってきた。やめてくれよ。雷の音が鳴り響きだし、ヒュッテ西岳への退避も考えたが、雷はすぐやんだため、そのままテン泊することにした。
明日に備えて寝ようとするが、テントの雨漏りが激しく3秒に一回水滴が降ってくるのでなかなか寝れなかった。なんだこのテント(驚き)!フライの中に置いていたゲロの中に並々と水が入っているではないか。シュールで面白かった。テントの中で水没しながら、明日のアタックのことを考えながら床に就いた。
あ、そういや余った玉葱どうしよう…
3日目(伊藤)
三日目は早朝から濃いガスがかかっていて、エスケープすることも覚悟しながらエッセン等の準備をした。それでも、次第に天気は回復していき、山頂に登ることを決めた。
西岳から槍ヶ岳山荘までの行程は登り降りが激しく梯子を使わなければ進めないところもあった。高所恐怖症の何人かは多少ためらっている様子だったが、無事に怪我なく進むことができた。槍ヶ岳山荘近くに行くまでは基本晴れていて、山がどこまでも連なっている様子や雲海が広がっているのを見ることができた。山荘近くまで来ると、時々雲が開けて槍ヶ岳山頂をおがむことができ、あまりの綺麗さに全員カメラを取りだし、写真に収めていた。
槍ヶ岳山荘に着くと一本とったついでに、槍ヶ岳山荘で売っていたT シャツや手拭いなどを買った。その後、ザックを置き、ヘルメットを山荘から借りて、山頂へ出発した。
山荘から山頂までの道のりは今までと異なりかなり危険を感じるものだった。基本的に鎖や岩に打たれた杭を使って登っていくような所で、10m 近く梯子を登っていかなければいけない場所もあった。
頂上に着くと「槍ヶ岳」と書かれた看板と祠(?)のようなものがあり、全員で写真を撮った。あいにく、山頂はガスっていて景色は全く見えなかったが、高所恐怖症の自分としてはむしろありがたかった。その後、槍ヶ岳山荘に戻り、ザックを回収してからはひたすらババ平に向けて下山した。下山途中で救助ヘリを何度か見かけ、とにかく全員無事で下山できてよかったと感じた。
ババ平に着いたあとはエッセンし、お決まりの大富豪をして就寝した。四日目は下山するだけであったので安心して寝ることができた。
4日目 (西大條)
3日目にババ平のテント場まで降りることができたため、4日目の行程は予定よりも短いものとなった。Bはツナ入りのラーメン(ツナ缶を油ごとスープに突っ込んだため、非常に脂ギトギトで、朝からかなりきつかった)を食べて、テン場を出発。20分ほどで槍沢ロッジに到着、このあたりからは道も歩きやすくなり梓川を脇に見ながら黙々と歩く。横尾山荘を通過し、徳沢に到着。ここでアイスを食べ、少し休んだのちに出発。道はさらに平坦で歩きやすいハイキングコースになっていて、いいペースで進むことができた。ゴールに近づくにつれて軽装の観光客とすれ違うことも増え、日常に戻ってきたなと感じた。徳沢から6キロほど歩いて上高地に到着、一同テンションが上がり、最後は走ってバスターミナルにゴールした。
この後はバスと電車で松本駅に行き(中村先輩とはここで別れた)、風呂に入り、定食屋で昼食をとってから解散となった。久しぶりの風呂とまともな食事に感動するとともに、多少のトラブルはありつつも、充実した夏合宿であったと実感させられた。
⦁ 総括(飯田)
元々の目標であった最終的な目標である夏合宿の完遂(例年同様)と翌年の新入生の指導の土台を作るためという今年の目標は達成されたと思う。また、望み通りと言ったらあれだが来年に向けてのパーティが誕生し始めたのがとても大きい。しかし今回は多少の体力不足が見られたが気力で凌いだ感が否めず来年も同様に成功するとは限らないというのも筆者の本音である。何はともあれ無事に誰も怪我無く終わったのはいいことなのではないだろうか。