『本当は、感謝したいのは梅の方なんだ。梅だって夢結からたくさんのものをもらったから』
『それに夢結は、私の大切な……』
『この夜が永遠に続けばいいなんてガラにもないことを、わたしは、ちょっとだけ考えてたんだ――』
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「そうは言っても、それは叶わない願いなんだよナ」
パーティがお開きになって、夢結も梨璃も皆部屋に戻っていって、それでもわたしはなんだか部屋に戻る気になれなくて、いつもの昼寝をしている木の下で寝転がって、今日も綺麗に広がる夜空を眺めていた。そうして想うのは、やっぱりアイツの事だった。
いつか、振り向いてくれると思ってたんだ。いや、少なくとも、夢結が最初に笑いかけてくれるのは、きっとやっぱりわたしだって、そう信じて疑わなかった。
けど、そんな夢結が最初に笑顔を向けたのは、わたしじゃなくて、梨璃だった。夢結のことを何も知らない、そんなヤツに、夢結は段々絆されていって、そうしてわたしの気持ちも知らずに、どんどん遠くに行ってしまった。それがたまらなく悔しくて、気に入らなかった。
だから、最初は梨璃の作るレギオンに入る気はなかった。わたしから、大事な夢結を奪っていった、そんなヤツのレギオンになんか、って思ってた。
でも、その反面、夢結とまた同じレギオンにいたら、きっといつか、って淡い期待を抱いたのもあったし、梨璃の誕生日の時、あの夢結が、自分のシルトの梨璃のために、一生懸命になってる夢結を見ていて、これから夢結がどう変わっていくんだろうって、ちょっと気になったのもあった。だから、梨璃のレギオンに入った。最初は、そんな邪な理由だった。
ま、それも皆と過ごしていくうちに、段々とどうでも良くなっていった……はずなんだけどナ。何にも変わってなかった。
夢結は変わった。けど、わたしだけが、あの日のわたしのまま、変わっていなかった。一緒にダンスを躍る前の、あの夢結の言葉を聞いて、そしてお台場での千香瑠の言葉を聞いて、そう思い知った。別に夢結が悪いわけじゃない。夢結も千香瑠も天葉だって変わった、けど、わたしだけがずっと、ずっと――。
「梅様」
「うわあっ?!」
柄でもない驚き方をしてしまった。
「なんですか、そんな幽霊が出たみたいな驚き方」
「あ、アハハ……ごめんナ、鶴紗」
少し不満そうな鶴紗の表情が、月明かりに照らされて見えた。
「どうしたんダ? こんな時間に」
「いや、別に……。梅様こそ、どうしたんですか。確か、夢結様と部屋に戻ったはずじゃ?」
相変わらず、鶴紗は痛いところを突いてくる。
「……まあ、ちょっと、なんとなくナ」
笑ってそう誤魔化すと、鶴紗は「そうすか」と、興味無いように言った。さすがのわたしも、今日はそんな鶴紗をからかってやる余裕はない。「気をつけて帰るんだゾ」って言おうとした時、鶴紗から「隣、良いですか」と聞いてきた。
「え――?」
それが少し意外で、思わず声を上げると、「何すか」とまた不満げな声を上げた。
「いや、ごめんごめん。まさか鶴紗から、そう言われるなんて思わなくてナ」
「……帰ります」
「だーーーっ!! ごめんって鶴紗?! ナ?!」
もうそれなりに鶴紗と過ごしてるはずなんだけど、未だに扱いが難しい。まるで、昔の夢結みたいに。
「? 本当にどうしたんですか、今日はなんか少し変ですよ」
「……そうかな」
いつもは気にならない、鶴紗のそんな一言もなんだか心に刺さるようで、少し痛い。
「……本当に、どうしたんですか。梅様らしくないっすよ」
「……わたしらしくない、か」
気を遣ってくれているはずの鶴紗の言葉に、ちょっと、とげとげしたものがあるような気がして、それがなんだか申し訳なく感じた。やっぱり今日は鶴紗と話さない方が良いかな、なんて考え始めた時、珍しく鶴紗の方から「話ぐらいなら、聞きますよ。ずっとそんな感じな梅様だと、なんだか、調子が狂ってしまうんで」と言ってきた。その言い方に、色々とまた粗を探してしまって、それをぐっとこらえて、わたしは鶴紗にこう聞いた。
「もし、振り向いて欲しくて、一生懸命傍で支えてきたようなヤツが、段々遠くなっていった時、鶴紗なら、どうするんダ?」
すると鶴紗は、しばらく考え込んだ後、「そもそも、そういう人が今までいなかったから、どうする、って言われても分からないです」って前を見つめながら答えた。
「アハハ、そうカ」
そう笑うと、「でも」と鶴紗は続けた。
「もし、一柳隊の皆が私から離れていったら、諦めてしまうと思います。そもそも、私は化け物みたいなもんですし」
「……そうカ」
そう言う鶴紗の声は、なんだか沈んでいた。こっちから聞き出した手前、
「まっ、でも鶴紗は、きっと梨璃たちが離さないと思うカラ、安心しろって!」
「……きっと夢結様もそんな感じだと思いますよ」
「……へ?」
驚いて鶴紗の方を見ると、鶴紗はわたしの方を真っ直ぐ見据えていた。
「なんだ、分かってたのカ」
「えぇ……。祝賀会の時、少しだけ夢結様との会話が聞こえてしまったので」
あの会話を鶴紗に聞かれてたなんて、ちょっと恥ずかしい。
「まったく、盗み聞きなんてするもんじゃないゾ!」
「……すみません」
明らかにしゅんとする鶴紗に、わたしは「でも、お前は良い奴だな!」とその頭をわしゃわしゃと撫でる。「ちょっ、やめてください、梅様!」と嫌そうな口調で言うけれど、その割には逃げなかった。
でも、確かに鶴紗の言う通りかもしれない。わたしはずっと夢結に振り向いて欲しい、その一心だったけれど、さっきの夢結からの話を聞いても、もしかしたらわたしが思っていたよりも、もっと前に、振り向いてもらっていたのかもしれない。
「私には、そういう存在はいないので分からないですけど、でも、夢結様にとっての梅様は、きっとこれからも変わらないと思いますよ。確かに梨璃の存在の方が大きいかもしれないですけど、それでも梅様は居なくて良い、なんてことはないと思います」
「鶴紗……」
鶴紗のそんな言葉で何だか、少しだけ涙が出てきた。こういうのこそ、柄じゃないんだけどナ。
「それに、私の誕生日の時に、梅様から貰った手紙、本当に嬉しかったんですよ。梨璃もそうでしたけど、こんな私に、それでも『好きだ』って言ってくれる人がいるんだって、改めてそう思わせてくれて。そういう事が言える梅様が、夢結様にとって必要じゃない訳がないじゃないですか」
そんな鶴紗の言葉に、わたしは、そうかもしれない、って思った。鶴紗の言ってくれたように、わたしが気づいていないだけで、どこかで夢結の事を支えることが出来ていたのかもしれない。――でも。
「梅は、アイツの、夢結の、一番になりたかったんダ。こんなにアイツの為にやってきたから」
「梅様……」
「それなのに、夢結はずっと振り向いてくれなくて。どんなに梅が夢結に言葉をかけたって、自分を失った、あの神宿りになってしまった夢結に、きっと、きっと梅の言葉は届いてない……!」
そんなわたしの言葉に、珍しく声を低くした鶴紗が、「……そんなことは、絶対にありません」と呟くように言った。
「例え、全ての言葉が届いていなくたって、間違いなく夢結様に、その想いは届いていると思います。梅様が思っているよりもずっと、夢結様は梅様の事も大事な人だと、そう思っているはずです」
そんな鶴紗の言葉に、本当に、少しだけ「違う」って強く思った。
「知ったような口をきかないでくレ!! お前に、一体夢結の何が分かるっていうんダ?!」
鶴紗も、それなりに百合ケ丘に長くいるとは聞いているけれど、こうして夢結のそばにいる時間は、わたしの方がずっと長い。だから、そんな言葉を、例え鶴紗にも言われたくなかった。だって――。
「分かってないのは梅様の方です……っ! 夢結様の事を分かっているような気がして、いつも自分の事ばかり考えていたんじゃないですか?!」
どうして、そんなヤツが、そんな事を言えるんだよ。こんなわたしですら気付かなかった事を、どうしてお前が言えるんだよ、鶴紗――ッ!!
「……っ」
鶴紗の言葉が、どこまでもわたしの心に突き刺さった。それが痛くて、涙が次々溢れてきた。けど、鶴紗の事は責められない。だって、鶴紗の言ったことは、何も間違ってはいないから。
「……すみません。言い過ぎました。梅様の言う通り私は、夢結様のことは何も知りません。だけど夢結様が、梅様の事を、梅様が思っている以上に大切に想っている、っていうのは分かりますよ」
「……どうして分かるんダヨ?」
すると鶴紗は、少しだけ優しい声で「そりゃあ」って言った。
「夢結様が梅様と話している時、梨璃に向ける笑顔とは、また違う笑顔を浮かべていることが多いから……。だから、今でも夢結様の中の梅様は、ずっと変わらない大切な人なんだと、そう思ったんです」
鶴紗の話を聞いて、思い返してみる。梨璃と一緒にいる時の夢結は、いつも幸せそうに笑っていた。だから、そういう所ばかり目が行っていた。けれど、思い返してみれば、夢結はいつの間にか、美鈴様がいた、あの頃のアールヴヘイムの時のような笑顔を、梅に見せてくれるようになっていた。
「うん……そうだナ……、確かに、お前の言う通りだ、鶴紗」
わたしは、アイツの中で一番になりたかった。あいつの事を助けられるのはわたしだけだと、そう思っていた。
でも、こうして改めて眺めてみると、そんなわたしの事をさておいて、風景は変わっていた。ずっと誰かを拒み続けていた夢結の周りには、梨璃や横にいる鶴紗、そして神琳や雨嘉や、ミリアムや二水、楓、一柳隊の皆がいる。そっか、そうだよな。もうアイツは一人じゃないんだ。
「……ハハッ」
そう思ったら、何だか笑ってしまった。そんな自分が馬鹿みたいだな、って思った。そして、途端に寂しくなってしまった。それなら、今、わたしがこのレギオンにいる意味はあるんだろうか。確かに、これからの夢結の事を見守っていたいのは変わらない。また夢結の身に何かがあった時に、支えてやりたいとも思う。けれど、もうその役目は、そんな皆に取って代わられてしまうんだろうから。
「……やめたいなんて、思ってるんすか、先輩」
「えっ」
まさか鶴紗にそれを言われるとは思っていなくて、ちょっと驚く。今日の鶴紗は、なんだか心でも読めるのか、って思うぐらい当ててくる。
「別に、梅様がレギオンを辞める必要なんて、どこにもないですよ。さっきも言った通り、これからも梅様は、夢結様にとって梨璃と同じくらい必要な存在なのは変わらないと思いますし。……それに――」
そう言って、鶴紗は黙り込んだ。
「……それに? なんダ?」
「……梅様が入るっていうから、私もこのレギオンに入ったようなもんですから。梨璃の誕生日の時は、流れでああ言ってしまいましたけど」
そんな鶴紗は、さっきまでとは打って変わって、どこか恥ずかしそうな声色だった。周りが暗いお陰で、どんな表情をしているのかまでは分からないのが、少し残念だナ。でも、まあ――。
「お前、やっぱり良いヤツだな、鶴紗!!」
「ちょっ、だからやめてくださいって先輩……っ!!」
鶴紗を捕まえて、またわしゃわしゃと頭を撫でてやると、鶴紗は嫌そうに身体をくねらせながらも、本気で逃げようとはしなかった。まるで、たまにいる嫌そうな顔をしながらも、頭を撫でさせてくれる野良猫のようだった。
「話を聞いてくれてありがとうナ、鶴紗! お陰ですっきりしたヨ」
ひとしきり鶴紗を撫でまわした後に、鶴紗にお礼を言うと、鶴紗は「いえ……別に、私は何も……」と言ってきた。
「いいや! 鶴紗のお陰ダ! 鶴紗の言葉が無かったら、梅はずっとこのままだっただろうしナ!」
「……そうすか」
「オウ!」
笑って、恥ずかしそうにしている鶴紗の背中を叩いてやると、「痛いです、先輩」と睨まれたような気がする。
「でも、それなら先輩、その、私からもお礼を言わせてください」
「お礼? 何のダ?」
何かしたかな、と考えていると、「その、手紙、本当にありがとうございました」って言ってきた。
「別に、大したもんじゃなかっただロ?」
「いや……。あの手紙を読んで、さっきも言いましたけど、私もここに居て良いんだ、って、そう思わせてくれたんです。だから、本当にそんな梅様に抜けて欲しくありません」
そんな鶴紗に、わたしは吹き出してしまった。
「な、なんすか、梅様」
「アハハ、鶴紗。梅はまだ一言も「抜ける」だなんて言ってないゾ!」
「なっ……?!」
「そこまで梅の事を考えてくれるだなんて、やっぱりお前は良いヤツだな! 梅はそんな鶴紗の事が好きだゾっ!」
そう笑ってやると、鶴紗は「……放っておいてください」とぶっきらぼうに言って、鶴紗は立ち上がった。そして、「お疲れ様でした」と小声で言って、すたすたと一年生の寮がある方へ歩き出した。
「あぁ、鶴紗!」
「……まだ何かあるんすか」
まだちょっとむくれながらも、立ち止まってくれた鶴紗は、やっぱりどこか猫に似た雰囲気があって、少し可愛くて。そして、どこか昔の夢結っぽくもあって。
「本当に、ありがとナ」
「……別に」
やっぱりぶっきらぼうに返してきた、そんな鶴紗の背を、わたしは座ったまま見送った。
本当に、夢結の周りの風景は変わった。でも、わたしが気付いていなかっただけで、私の周りの景色も、いつの間にか変わっていた。もっと早く気付けたなら、また変わっていたのかな、とも思う。
だけど、きっとそういう日々が無かったら、今日の鶴紗の言葉は聞けなかったかもしれない。夢結への気持ちにも気付かなかったかもしれない。そして何より。
――梅も、良い後輩を持ったもんだナ。
そう思えなかったかもしれない。だから、これで良かったんだ、って、心の底からそう思えたことが、嬉しかった。