宗吾参道駅から徒歩15分、駅から続く道は酒々井町の「町道01-001号線」で、義民・佐倉宗吾を祀る宗吾霊堂(東勝寺)へ参拝する人々が利用する参道です。沿道には山門や灯籠、古い桜の木などが昔のまま残っており、それらを眺めながら歩くことができます。
宗吾霊堂のある鳴鐘山東照寺の開基は古く、桓武天皇の時代に征夷大将軍・坂上田村麻呂が房総を平定した際、戦没者供養のために建立したと伝えられています。現在では、江戸時代の義民・佐倉宗吾を祀る寺として、全国から多くの信者が参拝に訪れています。
昭和3年に京成電鉄・宗吾駅が開設された。昭和26年には宗吾参道駅に改称され現在に至る。
昭和19年に宗吾霊堂と成田を結ぶ成宗電車が廃業となってからは当駅が宗吾霊堂の最寄り駅となった。
昭和57年1月24日 現在地に移転した。(散策マップ参照)
案内よると「平成2年新規マイロード事業によって宗吾参道を改良整備するにあたり、地域の特性を活かした「義民の里に、ふれあいあふれる街づくり」をテーマとして実施した。」とあります。
新参道の山門を少し過ぎて、右斜め方向に旧参道が残っている。稲荷神社は新参道と旧参道の間(成田市宗吾3丁目)の場所に建っている。由緒は不詳。
新しい住宅地の中に、御神木と社が建つ小山がある。
写真は宗吾霊堂の門前で、写真右手付近に成田山新勝寺と宗吾霊堂を結ぶ成宗電車(成宗電気軌道線)の宗吾駅があったとされる。明治44年に開業し、二度の世界大戦を経て、最後には不要不急線として昭和19年に廃線となった。
門前町にはお店などが並んでいたが、当時の面影はなくなってきた。
鳴鐘山東勝寺と掲示されている。
平日の所為か参道沿いは閑散としている。
当寺は真言宗豊山派であるが、不思議なことに智山派大本山智積院大僧正宥性による七言絶句の石碑が建てられている。社務所によると、石碑が造立された明治26年頃は、明治政府による一宗一派政策もあり真言宗の新旧宗派は混沌とした時期であり、それが影響しているのではないかと説明を受けた。
佐倉宗吾と4人の子供の墓である 。
義民「佐倉宗吾」の御霊を祀る宗吾霊堂で、人々が自身の災いを宗吾様に身代わりを祈願する地蔵菩薩と云われる。
東勝寺は真言宗豊山派の古刹だが、今の仁王門は昭和53年に宗吾様の325年忌記念事業として建立したものである。
内部の仁王尊は身丈8尺8寸で、鋳造、金箔仕上げの我が国で唯一の金色仁王尊である。
慈眼閣は平成3年に建立された。
現在の鐘楼堂は昭和27年に建立された。
薬師堂は、焼失した供養堂(現在の本堂に相当)の仮堂として明治44年に建立された。大正10年の大本堂竣功後は、五霊堂(佐倉宗吾と共に直訴し、その罪で追放された名主5名を祀る)となり、後に5人の御霊が本堂に移されると、薬師堂に改称された。
昭和17年建立。木造チタン屋根、建坪は160坪、300余畳の大広間があり、信徒の坊入り・休憩・研修道場等に使用されている。※宗吾霊360年祭記念事業として屋根をチタン材に葺き替えた。
大正10年に8年かけて十間四面総檸造り・総銅葺きの現本堂を再建した。御本尊には、宗吾様の霊を祀っている。
東京にあった浅草宗吾殿を、現地の再開発に際し平成29年にこの地に移築建立したものという。
宗吾霊350年祭記念事業として建立された四間四面の堂である。本尊は大仏師松本明慶師による十一面観世音菩薩を祀り、堂内には檀信徒の位牌を安置している。
宗吾霊宝殿に保管されている梵鐘である。「下州印東庄八代郷船形薬師寺」という銘文から、船形の薬師寺に奉納されたことがわかり、慶応元年(1311)に鋳造されたことも記してある。この梵鐘は、撞座が一つで珍しいとされる。
ここにある2基の板石塔婆は、卒塔婆の1種として造立された供養塔である。阿弥陀の種子(キリーク)のほかに年号、願文、願主など刻まれている。向かって左側のものは明徳2年(1391)、右側のものは康永元年(1342)に造立されたものである。
佐倉宗吾の遺品や関係文書、什器、当山の寺宝、各時代の参考品、郷土出土品などを展示している。さらに惣五の存在と持高 を証明する名寄帳、宗吾着用の裃と奥方が使用した鏡、4人の子供の法号を記載した過去帳など貴重な品々が展示されている。
佐倉騒動の発端から、甚兵衛渡し、妻子の別れ、直訴から処刑にいたるまでを等身大人形66体で13場面 に配置してあり、佐倉宗吾の生涯を再現してある。
宗吾霊堂内にある、説明看板及び宗吾霊堂境内配置図及び宗吾霊堂パンフレットを引用しました。
「憩のひろば」
皆が集まって一緒に歌を歌えば、楽しくなる、交流の場ができる、認知症の予防に効く、心身の健康増進になる、街が明るくなります。音楽ホール、志津プラザ、志津コミセン、ニッコウ団地会館で歌声集会をやっている。 我が街にもこんな集会を開こうじゃないかと考え、2017年4月に「歌声の広場」を立ち上げた。当初、E.S.さんのキーボード伴奏でスタートしたが、E.S.さんが他界され(ご冥福をお祈りします。)、カラオケ伴奏に切り替えた。 唱歌、抒情歌、流行歌を、カラオケ伴奏に合わせて、皆で一緒に歌う。
次の月に歌いたい曲を参加者からアンケートで募り、その中から選曲。当日は26曲程度歌い、30分毎に立ち上がって足踏運動をする。歌の間に適宜歌物語の話を入れている。 (by T. O.)