Laufenberg, Mike / Trott, Ben (2021): Queer Studies
S. 7-9.
担当:小山田
►ニューヨークの芸術界では 80 年代の終わりごろから、アクティビスト、ゲイ・レズビアンのサブカルチャーにおいてすでに使われていた
► テレサ・ド・ローレティス
- 1990 年、主催した学術会議のタイトルとして使用
- 「この中傷的な概念を、学術機関における神聖な言葉である『理論』と組み合わせる勇気と確信を持っていた」
- この言葉の新しい意味付けを、フェミニズム理論やゲイ・レズビアン研究の枠組みのなかで「性に関する異なる考え方」を求めることと結びつけた
- セクシュアリティ、社会、権力の複雑で矛盾に満ちた関係を捉えるためには、新たな言語と分析手法が必要
► どの様な点が更新され、当時の理論家にとっての課題は何だったのか?
→1990 年アメリカ、初期クィア理論が成立する背景(セジウィック:「クィアな瞬間」)
►クィア理論的な視点が、よく知られた現象に対する私たちの理解をどのように変えるか示す
- ジェンダーの諸関係、セクシュアリティ、人種差別、国籍、移⺠、資本主義、階級関係、文化、サブカルチャー、主体性、アイデンティティ、身体
► 英語圏におけるクィア研究の重要なテクストを紹介し、その有用性や現代における意味についての議論をより広く開くことを目指す
► 2000 年代初頭の英語圏のクィア研究における重要なテクストの一連の翻訳プロジェクト以降、この分野の生産性に追いつくのが困難になっていた
► そこで、本書ではこの分野の形成に大きく関わった近年の研究を紹介する
- 唯物論的、マルクス主義的なアプローチの重要性が高まったという特徴
►1990 年代から 2000 年代初頭にかけてのクィア研究に影響を与えた研究
- ブラック・フェミニズム、有色人種のフェミニスト、「クィア・オブ・カラー批評」
- 障害とクィア性の交差、エイズ運動におけるレズビアン・アクティビズム、クィア理論の「反社会的転換」
► クィア研究の系譜は直線的ではない。その起源は明確でなく、複雑に絡み合った出来事の影響のもと発展
→共通の理論的枠組み、共通の方法論、共通の研究対象をてがかりに定義できるものではない
► 序論で取り上げる問題領域:規範性と多次元性
- 他の社会的差異の軸から切り離したセクシュアリティと/あるいはジェンダーの研究に抵抗する姿勢
I. 1990 年頃のクィアなモーメント Das queere Moment um 1990 (S.10-24)
Laufenberg, Mike / Trott, Ben (2021): "Das queere Moment um 1990", in: Queer Studies, S. 10‒24.
報告:端秀
【全体構成】
・1990 年頃のクィア理論を「多様な議論の結晶化ポイント」、従来の境界を横断する学問的試みとして位置付け
・1980 年代からの4つの主要論争を検討
・クィア理論の登場:1990 年頃に多様な議論の結晶化ポイント(Kristallisationspunkt)として登場
・認識論的批判:1980 年代からの認識論的批判を通じて、「女/男」や「レズビアン/ゲイ」といった従来のアイデンティティ・カテゴリーを根本から問い直した
・初期からの様々な論争(insb. ドイツ):z.B. 物質性やインターセクショナリティをめぐる議論 → 過去 30 年間にわたるクィア・スタディーズの発展と分化を決定づけた
・学問領域の斜行性(quer zu...):単一の先行研究分野から単線的に派生したものではなく、女性学、ジェンダー研究、ゲイ・レズビアンスタディーズといった学術分野を斜行して形成された
・統合的考察の試み:従来の言説との断絶ではなく、むしろ当時の様々な理論的・政治的問題領域を取り入れ、斬新かつ異端的な方法でそれらを統合的に考察しようと試みた
・4つの主要領域:1980 年代に理論的論争・政治問題化、1990 年代にクィア言説化、今日に至るまで影響を与える4つの領域に整理される
・問い:異性愛を独立した権力関係あるいは支配関係として捉えるべきか、それとも家父⻑制的なジェンダー秩序から派生した二次的なものとみなすことができるかという問題
・主要検討課題:ジェンダーとセクシュアリティの関係、セクシズムと性規範の関係、フェミニズム理論とクィア理論の関係
・ 1970-1980 年代のレズビアン・フェミニズムの影響;bsd.アドリエンヌ・リッチ、ゲイル・ルービン
・アドリエンヌ・リッチ「強制的異性愛とレズビアン存在」(1980):
・ 強制的異性愛批判:「女性の強制的異性愛への方向づけへのフェミニズム批判」。女性が異性愛的対象選択を行うのは自明でもなく心理学的要因でもなく、むしろ経済的、法的、イデオロギー的要因(「政治制度」)によるもの。この制度下で、レズビアンは不可視化されている。
・「レズビアン連続体」:レズビアンと異性愛女性の架橋。強制的異性愛の被害者である両グループの協調可能性、家父⻑制批判、女性解放の試みを提示
・位置付け:レズビアン存在をセクシュアリティではなく、ジェンダー(女性同士の同盟・政治)で規定(vgl.ジャゴーズ)
・ゲイル・ルービン「性を考える セクシュアリティの政治のラディカルな理論について」(1984)
・前提(1)セクシュアリティの自律化:(レズビアン)フェミニズムでは、セクシュアリティが支配関係の単なる道具や鏡となっていると批判。セクシュアリティ領域に内在する独自の政治・不当性・抑圧形式を問う「自律的なセクシュアリティ理論」の必要性を提唱
・前提(2) 異性愛の脱中心化と架橋:ジェンダーではなく、セクシュアリティを基盤とした排除や差別の経験をセックス肯定的な連帯の蝶番に、レズビアン運動とゲイ運動、そして BDSM シーンの架橋を図った
・フェミニスト・セックス戦争:
・対立構図:ラディカルフェミニズム(RF) vs. セックス・ポジティブ・(レズビアン)フェミニスト(SP)の論争
・主要争点:ポルノグラフィ、家父⻑制、セックスワークに関する論争。性的実践の描写や行使、従属や支配の形式(z.B. BDSM、ブッチ/フェム)
・RF:セクシュアリティと権力の結びつきへの批判(z.T .宗教的・保守的勢力との同調)。ポルノグラフィ、セックスワーク、公共空間でのセクシュアリティの禁止要求
・ SP:セックスの文化的表象や非規範的な性的実践に、女性の快感、レズビアン的快感、権限付与や行為能力のための潜在性を見出す
・エイズ危機との共鳴
・ダグラス・クリンプ「エイズの時代にいかに乱交を続けるか」(1987):『オクトーバー』編集者クリンプとクィア理論家との接続。
・専門家批判:1980 年代末に、保健機関やセーフセックスの専門家が、ゲイ男性が危機削減の発明やこうした知の伝播に果たしてきた役割を覆い隠したことを告発
・ゲイ文化人批判:ゲイ文化人による「ゲイ政治とセクシュアリティのネガティヴな側面」に反論(z.B. ラリー・クレーマー『ノーマル・ハート』(1985) 、ランディ・シルツ『そしてエイズは蔓延した』(1987))
・↔ 「我々の」乱交は、「我々を」破壊するものではなく、「我々を」救うものであると主張。ゲイ男性は乱交を通じてセックスでの快感のみならず、快感の多大な多様性を習得し、「セーフセックスを発明してきた」。セーフセックスを国家や医療による道徳的カテゴリーに帰すことへの批判
・ 急速な制度化と研究の偏り:1980 年代半ば〜、米大学でゲイ/レズビアン・スタディーズが急速に制度化。研究内容は男性同性愛研究に偏重(男性同性愛研究>>レズビアンのセクシュアリティや生活に関する研究)
・ テレーザ・デ・ローレティス:クィアの観点により、こうした不均衡の是正が可能になると提唱。単なるレズビアン/ゲイ関係にとどまらず、異性愛やトランスの人々の生活現実や、BDSM などのジェンダーや性的アイデンティティーカテゴリーを横断する実践も検討
・=ゲイ/レズビアン・スタディーズを斜行する(queeren)。認識論的・研究プログラム的方針変更
・イヴ・コゾフスキー・セジウィック:同性愛のマイノリティ化(特定少数の固有属性とする視点) vs. 普遍化(社会全体の二元論解体に関わる視点)の対立と交錯を提示
・ロビン・ウィーグマン:クィア理論とゲイ/レズビアン・スタディーズは、「同性愛」アイデンティティを固定化するのではなく、むしろ「アイデンティティ・プロジェクト」の解体すべきと主張
・フェミニズム理論との接続:1980 年代に「女性」カテゴリーを解体し、「セックス」や「ジェンダー」の構築主義的理解を発展させたフェミニズムの理論形成と接続可能(vgl.ウィティッグ)
・ウィティッグ:「セックス」は常に「ジェンダー」であった。「女性」という構築物によって、身体に支配や搾取を正当化する徴が押し付けられているため。(vgl. バトラー)
・ 限界と批判:分析カテゴリーとしての「人種(Race)」の無視、白人中産階級の経験の一般化に対する有色人種レズビアン・ゲイからのの批判
・インターセクショナリティ:レズビアン・ゲイ嫌悪、セクシズム、レイシズム、および階級搾取の結合を体系的に分析することの欠落を告発
・言葉の逆手どり:「クィア」が大学の学術用語になる前に、英語圏では同性愛/トランス嫌悪の蔑称であった語が、新世代のアメリカのアクティビストや芸術家、性的反体制派によって自称として再解釈・採用された;ACT UP の影響
・直接行動による対抗政治:ACT UP(1987 年創設)やクィア・ネイション(1990 年創設)の影響。従来の福祉サービスや、ロビー活動、リスペクタビリティの政治(Politik derRespektabilität)から脱却し、より対決姿勢の強い直接行動(z.B. 妨害デモや市⺠的不服従)を展開;初期においてはレズビアン/ゲイ・コミュニティから幅広い支持;ポスト 68 年世代の「同性愛解放政治」の「再活性化」として
・開かれた連帯の構築:固定的なアイデンティティを事前にあえて定義・限定せず、共通の政治的目標や課題ごとに柔軟に組み替えられる「開かれた連帯」(vgl. バトラー)の構築を目指した対抗政治の発展。「異性愛規範的社会への反感」「変革された世界の中で生きたいという希求」「社会的否認の中での相互承認の強化」を核心とする
・エイズ危機における道徳化;19 世紀末の性病や同性愛状況との構造的共通性?
「19 世紀末と 20 世紀末。工業的世界におけるこの二つの世紀末社会は、梅毒そしてエイズという性にまつわる病の脅威にさらされた、『性に病む社会』である。といってもそれはけっして、世紀末社会の頽廃によってもたらされた『性の乱れた社会』という意味においてではない。社会を編成する多様な規範(社会の共通了解)のなかでも拘束力が強く、したがってその変化が表面化しにくい、性や家族関係をめぐる規範に揺らぎと編成替えの動きが生じていることが、病という目にみえるかたちをとって社会的に意識化されているという意味においてである。この意味では二つの世紀末社会はともに、揺らぐ規範を守ろうとする動きとあらたな規範を模索する動きが入り乱れ、人びとが否応なく性をめぐる問題とむきあわされた、『性に憑かれた社会』であったともいえるだろう。」
(川越修『性に病む社会』山川出版社、1995 年、4頁。)
・インターセクショナリティとユダヤ性
・愛という主題の行方