報告:瑞秀
1.1. 本報告の目的
フランク・ヴェーデキント(FW)の『春のめざめ』(FE)の時代背景、とりわけセクシュアリティ(2 節)と学校教育(3 節)、ならびに検閲(4 節)をめぐる議論を概観する
1.2. 著者:Frank Wedekind (1864-1918)[1]
・ 表現主義の先駆者、代表作として『春のめざめ』(1891)、『地霊』 (1895)、『パンドラの箱』(1902)、『ミネハハ』(1903)
・ 『春のめざめ』(FE):1890 年 10 月(26 歳)書き始め、1891 年出版。1906 年初演。
2.1. 「性的倒錯」の主題化 ―自慰、サド・マゾヒズム、同性愛
・ セクシュアリティの社会問題化[2] :人口の発展、国⺠(フォルク)の健康、社会秩序などの観点から;bes. 独身と堕胎、とりわけ売春と性病:→学校で性についての啓蒙を推進、性教育の必要性
・ 「性的倒錯」の主題化:「臨床的」に確定され、限定されるもの→ 人間的なもの一般のなかに取り込まれ、それぞれの文化と結びつけられるもの:z.B. クラフト=エビング『性的精神病質』(初版 1886、1907 年には既に 13 版)→ ハブロック・エリス『性の心理』(米 1897、独 1907)、アウグスト・フォレル『性問題』(1905)、イヴァン・ブロッホ『現代の性生活』(1907)
・ 自慰行為[3] :思春期の身体的・精神的発達に危険を及ぼすと指摘され、てんかん、脊髄萎縮症、精神疾患(19 世紀〜)、神経衰弱、性機能障害、特定の眼の疾患を招くとされた(世紀転換期)
2.2. 女性のセクシュアリティ
・ 女性のセクシュアリティの抑圧[4] :女性は結婚前の純潔と貞潔が期待された。[5] 女性のセクシュアリティは抑圧されており、多くの女性は結婚初夜に何が起こるか知らなかった:→ FW はこれを問題化
・ ↔男性は隠れた形で性的経験を積んでいた;z.B. 少年期の自慰、年上のギムナジウム生徒時 oder 大学生時の売春婦との最初の「体験」、学生組合の加入儀礼として売春宿訪問[6]
3. 1. 闇教育[7] (Die schwarze Pädagogik)
・ ギムナジウム:生徒の規律化、勤勉なエリート養成のための空間、古代ギリシアとローマの伝統、フマニテートの理想;cf. ヘルダー、フンボルト
・ ↔権威主義的教育、抑圧、子どもの尊厳の無視;↔ cf. ペスタロッチ、ルソー;cf. FE第三幕第一場
・ 自殺の社会問題化[8] :学校による圧力と、家族の権威主義的なスタイルが過度の緊張を強いることによる一つの結果として、生徒の自殺が危機的な現象に:⻘少年による自殺のうち実に 40%が、学校での過度のストレスと落第からもたらされた→ 多くの議論を巻き起こし、ある程度の緩和も
・ FW の経験[9] :3 つの自殺:①学生 Rotner と Rüetschli が互いに射殺(1880)→FW、友人と現場を偶然通りかかる、②同級生 Franz Oberli の死体がアーレ川で発見される(1881)[10] →FW、同級生への手紙で本件について記す、③友人 Moritz Dürr の自殺(1885)→FW、FE でモーリッツのモデルに(1890)
3. 2. 闇教育批判
・ 生活改革運動:世紀転換期ドイツにおいて生起した生活刷新運動、急速に進展しつつあった工業化と都市化に対抗し、素朴な自然主義への回帰を目指した:z. B. 禁酒、禁煙運動、ヴァンダーフォーゲル運動、⺠衆歌謡運動、ダンス文化、リズム体操、菜食主義に基づく自然食運動、自然療法運動、サイコセラピー的活動、裸体運動、文化財保護運動、教育改革運動;cf. ニーチェ
・ 「子どもの世紀」の到来:児童心理学と改革教育学の登場、医師が教育問題に積極的に助言、⻘年運動の台頭、「頭でっかち」な男子生徒を創り出すことへの批判、少女教育の進展、生活改革運動の台頭、ヴィクトリア朝主義とその形式尊重の批判;→これらの一切が、一般のプレスでも盛んに展開されるようになった「教育論議」に影響を及ぼし、部分的には教育のスタイルをある程度緩めることへ繋がった[11]
・ 教育改革の実践[12] :生徒の自主性を重んじた教育、教師と生徒の絆、自己規律、個人責任、リーダーシップを育む;z. B. ヘルマン・リーツによる田園教育舎の創設(1898イルゼンブルク)、グスタフ・ヴィネケンによる自由学校共同体ヴィッカースドルフ校創設(1906)
・ FW も身体文化(Körperkultur)の教育方法を実践:直感と衝動を活かす教育、裸体主義運動を支持、定期的に体操を実施、自身の子どもたちにも同様の教育方法を実践させ、手歩きやバランスボールでのパフォーマンスを習得させた[13] ;cf. 『ミネハハ』(1903)
・ ドイツ帝国刑法 184 条1項(1872):「猥褻な(unzüchtig)出版物、図画、表現を販売、流通、あるいは、頒布させた者、もしくは、これらを公的な場で陳列、または、掲示した者は、最大 300 マルクの罰金、もしくは最大 6 ヶ月の禁固刑に科せられる」
・ レックス・ハインツェ事件 (1891):強盗殺人を起こしたハインツェ夫妻が、売春斡旋業者と売春規定に反した廉で過去 44 回有罪判決を受けていた娼婦であったこと、この事件を知った皇帝自らが、娼婦と売春斡旋業者に対する法的処罰をより厳しくするよう政府に強く要請したことにより、大センセーションを巻き起こした
・ ハインツェ事件をきっかけに、1892 年から 1900 年にかけて、帝国議会において大規模な法律改定案の提出、売春に対する刑罰のみならず、風紀警察による監視・追跡の強化
・ ハインツェ法案に反対する「自由な芸術と学問の擁護のための同盟」(通称ゲーテ同盟)の結成(1900. 2-3);FW もミュンヘン支部に参加[15]
・ 1900 年 6 月− 改訂版刑法 184 条 :猥褻物の流通、陳列だけでなく、作成、保管、告知、宣伝の禁止。16 歳以下に猥褻物を与えることの禁止、刑罰は最大 1000 マルクの罰金、もしくは最大 1 年の禁固刑に改訂
・ FW と検閲:
『ジンプリチシムス』:パレスチナ号でヴィルヘルム 2 世を風刺(1898)→不敬罪で禁錮 7 ヶ月
『春のめざめ』:出版当初から検閲の対象、上映禁止の措置:マックス・ラインハルト演出でベルリン初演(1906):検閲後ヘンスヒェンの独白(第二幕第三場)、感化院の場面(第三幕第四場)、ぶどう山の場面(第三幕第六場)の削除[16] →プロイセン邦内で上演禁止の憂き目、1912 年まで上映禁止;cf. ミュンヘン上演(1907〜)、ドイツ、オーストリア各地の劇場で客演[17]
「ルル二部作」(『地霊』・『パンドラの箱』):ベルリンのブルーノ・カッシーラー出版から単行本として出版された『パンドラの箱』(1904)の差し押さえ、FW、発行者カッシーラーとともに起訴される→ 計 3 回にわたる公判(1905-1906)、両者の無罪、当該書物の破棄という判決、同年、序文を付した改稿版を出版[18]
『検閲』(1907/1908):自身の検閲との⻑年にわたる苦闘を反映
ヴェーデキントの『春のめざめ』は、世紀転換期の性改革運動と改革教育運動と共鳴した作品であったが、そのために刑法 184 条の厳格化により厳しい検閲の対象となった
Frank Wedekind (1864-1918)は、ハノーファー生、ミュンヘン没。医師フリードリヒ・ヴィルヘルムと、その妻エミーリエの息子。1906 年、女優のティリー。ノイエスと結婚。レンツブルクとアーラウの学校に通い、1884 年にローザンヌ大学でドイツ文学とフランス文学を学ぶ。同年、父の希望によりミュンヘンで法学の勉強を開始。幼少期から詩を書き、後に児童書 Der Hänseken(1896 年出版)を執筆。1886 年に父親と決別、1886 年から 1887 年までケンプタールのマギー社の広告・報道事務所で働く。父の死後、1889 年から 1895 年までベルリン、ミュンヘン、パリ、ロンドンで作家として活動。1891 年にチューリヒで戯曲『春のめざめ』を発表、1906 年にベルリンで初演。1895 年夏、レンツブルクとチューリヒに滞在し、コルネリウス・ミネ・ハハというペンネームで朗読者として活動。その後、ミュンヘンに戻り、雑誌『ジンプリチシムス』の編集者、俳優、キャバレー芸人として活躍。検閲とのトラブルが絶えなかったものの第一次世界大戦まで最も上演された作家のひとりだった。Ingrid Bigler-Marschall: "Wedekind, Frank", in: Historisches Lexikon der Schweiz (HLS), Version vom 17.02.2025. Online: https://hls-dhs-dss.ch/de/articles/012387/2025-02-17/, konsultiert am 04.07.2025.
1896 年から 1907 年までの間にセクシュアリティをテーマとする雑誌論文の数は倍増した。ニッパーダイ、トーマス著、大内宏一訳『ドイツ史 1866-1918:労働世界と市⺠精神 (上)』白水社、2022 年、132 頁。
Reitinger, Julia Die Darstellung der Pubertät am Beispiel von Frank Wedekinds FRÜHLINGS ERWACHEN (1891), unveröffentlichte Dissertation, Universität Wien, 2009, S.18.
Edd., S. 14. ニッパーダイ、前掲書、121 頁。
1900 年までは 25 歳未満、1900 年以降は 21 歳未満の娘は結婚するのに父親の同意が必要だった。ニッパーダイ、前掲書、59 頁。
同上、125 頁。
ドイツの教育学者 Katherina Rutschky(1941-2010)によって提唱された、身体的・精神的暴力を伴う教育のこと。
Ham, Jennifer, “Unlearning the Lesson: Wedekind, Nietzsche, and Educational Reform at the Turn of the Century”, in: The Journal of the Midwest Modern Language Association, Spring, 2007, Vol. 40, No. 1, p. 51.
Reitingerm a. a. O., S. 27-28.
Aarguaische Wochenblatt も Oberlis の死を取り上げ、1881 年 9 月には「自殺とその予防」で学校制度を批判した。
ニッパーダイ、前掲書、74 頁。
小川哲哉「E. ディーデリヒスと生活改革運動に関する一考察 ―教育・文化活動を中心にして―」九州産業大学国際文化学部編『九州産業大学国際文化学部紀要』第 14 号、1999 年、7-9 頁。Ham, a. a. O., S.57-58.
Ham, a. a. O., S.59.
帝政期ドイツの検閲については以下の文献が詳しい。Stark, Gary D., Banned in Berlin: Literary Censorship in Imperial Germany 1871-1918, New York and Oxford 2009.
Hirt, Georg, „Der Goethebund“, in: Das Buch von der Lex Heinze. Ein Kulturdokument aus dem Anfange des zwanzigsten Jahrhunderts, hrsg. von Otto Falckenberg, Commissionsverlag von L. Staackmann, Leipzig 1900, S. 63-66.
酒寄進一「解説」F. ヴェデキント作、酒寄進一訳『春のめざめ』岩波書店、2017 年、161-183 頁。
前掲書、184 頁。
『パンドラの箱』の検閲事情については以下の研究ノートが詳しい。後⻑咲妃「レズビアンという他者の悲劇:フランク・ヴェデキント『パンドラの箱』1906 年版序文の批判的考察」上智大学大学院 STUFE 刊行委員会『Stufe』第 42 号、2023 年、35-47 頁。
Hirt, Georg, „Der Goethebund“, in: Das Buch von der Lex Heinze. Ein Kulturdokument aus dem Anfange des zwanzigsten Jahrhunderts, hrsg. von Otto Falckenberg, Commissionsverlag von L. Staackmann, Leipzig 1900, S. 63-66.
Ham, Jennifer, “Unlearning the Lesson: Wedekind, Nietzsche, and Educational Reform at the Turn of the Century”, in: The Journal of the Midwest Modern Language Association, Spring, 2007, Vol. 40, No. 1, pp. 49-63.
Ingrid Bigler-Marschall: "Wedekind, Frank", in: Historisches Lexikon der Schweiz (HLS), Version vom 17.02.2025. Online: https://hls-dhs-dss.ch/de/articles/012387/2025-02-17/, konsultiert am 04.07.2025.
Reitinger, Julia Die Darstellung der Pubertät am Beispiel von Frank Wedekinds FRÜHLINGS ERWACHEN (1891), unveröffentlichte Dissertation, Universität Wien, 2009.
Stark, Gary D., Banned in Berlin: Literary Censorship in Imperial Germany 1871-1918, New York and Oxford 2009.
小川哲哉「E. ディーデリヒスと生活改革運動に関する一考察 ―教育・文化活動を中心にして―」九州産業大学国際文化学部編『九州産業大学国際文化学部紀要』第 14 号、1999 年、1-16 頁。
後⻑咲妃「レズビアンという他者の悲劇:フランク・ヴェデキント『パンドラの箱』1906 年版序文の批判的考察」上智大学大学院 STUFE 刊行委員会『Stufe』第 42 号、2023 年、35-47頁。
酒寄進一「解説」F. ヴェデキント作、酒寄進一訳『春のめざめ』岩波書店、2017 年、161-189 頁。ニッパーダイ、トーマス著、大内宏一訳『ドイツ史 1866-1918:労働世界と市⺠精神 (上)』白水社、2022 年。
報告:中村
主人公の少年テルレスは親元を離れ、W 市にある全寮制学校で生活している。当初は「ホームシック」を起こしていたテルレスだが、次第にその悲しい感覚は両親の恋しさだけが原因ではないことを感じ始める。ホームシックも感じなくなると、テルレスは空虚さを覚え、さらに性について関心を持つようになる。テルレスは自立しているとはいいがたく、質の悪い友人たちと付き合い、彼らの影響を受けながら、それでいて自分自身の性格や魂といったものを感じられないまま学校生活を過ごしている。テルレスが自己を模索する日々のなかで、あるとき学校で良家の出の少年バジーニが同級生のバイネベルクの「おもちゃ箱」を盗むという事件が起こる。この事件をきっかけに、バジーニはクラスメートから凄惨ないじめを受けるようになる。テルレスはそれに半分加担しながら、バジーニと関係を持つようになる。あるとき、バジーニが自分の受けているいじめについて教師に打ち明けたため、テルレスたちは教師たちから呼び出されて尋問される。ほかの生徒たちは巧みに言い抜けるが、テルレスはバジーニについて、さらにはみずからのことを教師たちに真摯に説明しようとする。しかし、丁寧に説明しようとすればするほど教師たちの理解は得られず、テルレスはとうとう放校処分となる。
☆「自己」について説明をつけられないのはなぜなのか?――恥/道徳、ことばの限界
☆「自己」について説明できないテルレス vs. 「語り手」
ほかのみんなは女たちといっしょにいると、欲情ではなくよるものではなく「粋である(fesch)」ために、恥を知らないように(schamlos)――振る舞っていたが、無口な小さいテルレスのたましいはかき乱され、本当の恥知らずな思いに(von wirklicherSchamlosigkeit)鞭を入れられた。
彼は燃えるような目で、小さな窓や玄関までの狭くて入りくねった道ごしに、家の中をのぞいた。テルレスの目の前では、目の細かいネットのようなものが絶えず揺れていた。
ほとんど裸の子どもたちが中庭のぬかるみのなかで転げまわっていて、あちらこちらで働く女のスカートが、ひざの裏側のくぼみをあらわにしたり、重たい乳房が亜麻布の服のひだにぴたっと押しつけられたりしていた。まるで、まったく異なる、動物的な、胸を締めつけるような雰囲気のもとでこうしたすべてが起こっているかのように、家々の玄関から、気だるく重い空気が流れていた。テルレスは夢中でその空気を吸った。
まともに理解できないものの美術館で見たことのある、古い絵のことを彼は思い出した。彼はなにかを待った。古い絵の前ではいつもなにかを待っていたように。しかし、待っていたものは来なかった。今回彼はなにを待っていたのか......?......。驚くようなもの。まだ見たことのないもの。彼がこれっぽっちも想像できないような前代未聞の光景。恐ろしくて動物的な官能のようななにか(auf etwas von fürchterlicher, tierischer Sinnlichkeit)。[......]ちがう、ちがう。......彼がいま感じているのは、むしろ目の前で燃えているようなネットだけなのだ。言葉はこれを伝えられなかった。言葉がするようなすさまじいものではなかった(die Worten sagtenes nicht; so arg, wie es die Worte machen, ist es gar nicht)。それは完全に黙したものだった。――喉につっかえるものがある。ほとんど気づき得ない考えだ。それは、どうしても言葉でいおうとすれば、そのとおりに外に出はするだろうが、そうなるとむしろ単にあまり似ていないものになってしまう。それはまるで大きく引き伸ばしたしたときのようなもので、すべてのものがより明らかに見えるだけでなく、まったく存在していないものまでが見える......。それでもそれは、恥ずかしいことだった。
☆「恥」とは?
→z.B.)ヴェデキント『春のめざめ』((1891):「モーリッツ [......]――それよりさあ、メルヒオール、羞恥心(Schamgefühl)てのははじめからあるものじゃなくて、教え込まれるものだ(nur ein Produkt seiner Erziehung)と思わない?/メルヒオール それ、おれも二日前から気になってたんだ。羞恥心てやつは、人間の本性の奥底に深く根をおろして(tief eingewurzelt in der menschlichen Natur)んじゃないかな。いいか、おまえが親友の前で素っ裸になるとする。親友もいっしょに素っ裸にならなきゃいやだろう。恥ずかしいと思うかどうかなんて、状況次第なのさ。(Es ist eben auch mehr oder weniger Modesache)」(ヴェデキント 2017、16 頁;Wedekind 1990 478)
☆官能についてことばにすることの困難とリスク――メーテルリンクのエピグラフ(ムージル 2008、8 頁)
手はそもそもバイネベルクのからだでもっとも美しいものだったが、まさにその手に、最大の反感(der größte Widerwille)が集中していた。そこにはわいせつななにかそのもの(etwas Unzüchtiges an sich)があった。これこそ正しい言いかただろう。わいせつななにかは、脱臼したような動きといったからだの印象にも見られた。その手には、それがいわば集約されているようだ。その手からは、接触の予感(das Vorgefühl einer Berührung)がほとばしっており、吐き気のするような戦慄(einen ekligen Schauer)がテルレスの皮膚に走った。彼自身がこうして考えたことに不思議さを感じ、少し驚いた。というのもこの日はもう 2 度目だったのだ。性的なもの(etwas Geschlechtliches)が、思いがけず、(ohne rechten Zusammenhang)、彼の思考のすきまに割り込んできたのである。
☆刑法 175 条で禁じられていた「自然に反する猥褻(Die widernatürliche Unzucht)」
☆「ちゃんとした脈絡」とは?
「あら、ホームシック? ママはもういなくなっちゃったの? それでワルイ子は、さっそくこんな女のとこに駆け込んできたのね!」
ボジェナはやさしく、指をひろげた手を彼の髪のなかに手を埋めた。「さあ、バカはやめて。ほら、キスをちょうだい。お上品な方々も砂糖菓子細工ってわけじゃあないでしょう」。そう言って、テルレスの顔を仰向けに反らせた。
テルレスはなにかいおうと考え、なんとかして粗野な冗談でも言おうとした。彼は、どうでもいい関係のないことをいえるかどうかにすべてがかかっていることを感じていたが、声を発することができなかった。石みたいなほほ笑みを浮かべて彼は、自分の顔の上にある荒れた顔を見つめた。ここにあるはっきりしない視線を見つめたのだ。それから外の世界が小さくなりはじめ、......遠くへ遠くへと後退していった......。瞬間的に、石を拾い上げたあの農家の息子の姿が浮かんだ。そいつは彼を馬鹿にしているようだ......それからテルレスは完全にひとりきりになった(dann war er ganz allein)。―――
☆ボジェナ:「近くの農家の息子たちは[......]ボジェナの噂をするときにはペッとつばを吐いた。ほかの女の子が相手のときよりも、もっと乱暴にあしらわなければならないと思っていたのだ。しかし実はこの「いまいましい女」のことがものすごく自慢だった。自分たちの村の出身で、お上品な社会の裏側をのぞいてきた女なのだ」((ムージル 2008, 57-58 頁)→『春のめざめ』のインゲ
☆ボジェナと関係を持ったあとに孤独を感じるテルレス
=女性と関係を持っても自分の欠落を埋め合わせることができない
← z.B.)『ルツィンデ』(1799)との相違:(「偶然が苦々しさこのうえない様子を見せるとき、それをすてきな機知や浮ついた気まぐれと受けとってはダメなんだろうか、僕たちは愛と同じく不滅だっていうのに? 自分の愛とか君の愛とか、僕にはもう言えないよ。ふたつの愛はおたがいに等しく、完全にひとつ。愛と、それに応える愛とは同じってこと。これこそ結婚、つまり僕たちの精神の永遠の統一、永遠の結合だ。ただしそれは、僕たちがこの世界とかあの世界とか呼んでいるものだけじゃなく、真実で不可分で名前もない、そんな無限な世界に向けられた結婚なんだ。僕らの、完全で永遠な存在と生命にわたっての結婚なんだ。」(シュレーゲル 2022、18 頁)
いまや彼はバジーニが再度現れるのを待っており、ひそかな戦慄を感じた。細いかぎ爪にかかって頭皮がまた緊張している。彼はもうよくわかっていた。自分にとってなにかが取っておかれているということを。それは、再三にわたり、そしてますます短い間隔で彼に警告した。それは、他人にとっては理解できない感覚だが、彼の人生にとってはきっと大きな重要性を持つにちがいない。
ただ、この官能がこのときに、どんな意味を持ちうるのか、彼はわからない。だが、彼が思い出していた。出来事が自分にとってだけ奇妙に思え出して、彼がそのことの理由もわからないために苦しみ出したときには、すでにいつもこの官能が存在していたのだ。
このとき彼の皮膚を、全身をめぐって、ある感情が目覚めた。それは突如として記憶の映像となった。とても小さかった頃――そう、そう、あの頃だった――彼がまだ小さな服を着て、まだ学校に行っていない頃のことだが、まったく名状しがたい憧憬が(eine ganz unaussprechliche Sehnsucht)彼のなかに生まれた時期、女の子になりたい(ein Mäderl zu sein)と思った時期があった。その憧憬も、頭のなかに居座ることはなく――いや、それどころか――心のなかにも留まらず、からだじゅうをくすぐるように刺激し、皮膚の下を駆けめぐった。そればかりか彼は自分を小さな女の子だとあまりに生き生きと実感する瞬間があったので、それ以外のことはありえないと思った。なにしろ当時は、からだの差異の意味(Bedeutung körperlicher Unterschiede)についてはなにも知らなかったし、また、あらゆる方面から、これからはずっと男の子でいなければ、と言われる理由も理解できなかった。だから、なんで女の子でいる方がよいと思っているかをたずねられると、それはいえることではない、と思ったものだ。[......]
からだでも心でもあるように思えるなにか。ビロードさながらの蝶の触角でそうするように何千回とテルレスのからだにぶつかって、せかせかと駆りたてるもの。同時にあるのは、大人にはどうせ理解されないと感じるときに、小さな女の子が逃げ出すときのあの反抗。そのあとに小さな女の子が大人たちをせせら笑う傲慢。それはおずおずとした、いつでもすたこら逃げだす準備を整えた傲慢さだ。その傲慢は、小さなからだのなかの恐ろしく深い隠れ家に、いつでもひきこもることができると感じているのだ......
☆現在はからだの違いの意味を知っているテルレス←【引用 2】
☆自分のなかにある女性らしさ(の記憶)
そしていまやテルレスはそれでも書き始めた――だが急いで、もはや形式などは気にも留めずに。「私は感じる」と書き留めた。「私のなかになにかを。それでいてそれがなにか、はっきりとは知らない」。しかし急いでその行を線で消し、そこにこう書いた。「私は病気であるにちがいない。――狂気的だ!」このとき彼に戦慄が走った。というのはこの言葉は心地よく荘重に感じられたからだ。「狂気的、――でなければ、ほかの人には日常的に思われるものが、私に奇異の念を起こさせるこのことはなんなのか? この奇異の念が私を苦しめていることは? この奇異の念が私にわいせつな(unzüchtig)感情を」――テルレスはあえてきわめて聖書風なこの言葉を選んだ。その方が暗くて、完全であるように思えたからだ――「起こさせることは? 私は以前、これにたいして、どの若者もそうするように、すべてのクラスメートがそうするような対峙の仕方をしていた......」だがここでテルレスはつっかえた。「いったい本当だろうか?」と彼は考えた。「たとえばボジェナのところでは、もうずいぶん変わってた。だとすると、そもそもいつ始まったのか?......どうでもいい」と思った。「結局のところいつかだろう」しかし彼はそれでもその文を書ききらなかった。
「どういうものが私に奇異の念を抱かせるのか? もっとも地味なものだ。ほとんどは無生物。それらのどの点が、私に奇異の念を抱かせるのか? 私の知らないなにか。しかし、実際まさにそうだ! その『なにか』を私はどこからとってくるのか? 私はその存在を感じている(Ich empfinde sein Dasein)。[......]......そのことは私に絶えず教えようとするのだ。異常なことはまったく起こっていないと。そして、同じく絶えず私のなかでもなにかがそれに対抗している。わたしが正確に覚えているかぎりでは、こうした変化はバジーニをきっかけに始まった......」
☆言葉で記述してみることによって自己認識を目指す:存在する知らない何かについて「記録」すること
しかし、バジーニがテルレスのなかに、本当の――たとえ一過性の混乱しているものでも――実際の欲望(ein richtiges und –wenn auch noch so flüchtig und verwirrt – wirkliches Begehren)を喚起したのだなどと、実際に考えてはならない(Aber man darf auch wirklich nicht glauben)。情念のようななにかが(wie Leidenschaft)テルレスのなかで目覚めはしたものの、愛情と呼ぶとしたらそれは、そのなにかに対する偶然でついでのような名称にすぎないし(Liebe war ganz gewiß nur rein zufälliger, beiläufiger Name)、バジーニという人間も、そういう欲求の対象としては、代理品のさしあたりの目標物以上のものではなかった。バジーニといやらしいこと(gemein)をしていても、彼の欲望(sein Begehren)はバジーニに飽き足らず、バジーニを超えてふくれあがり、目標のない新しい飢えとなったからだ。
まずもって、そもそもテルレスをまどわしたのはすらりとした少年の裸体にすぎなかった。
その印象は、まったく若い少女の美しいながらも、性的なものからは程遠い姿と対面したかのようなものにすぎなかった。圧倒。驚き。そういう状態で知らず知らずに感じた純粋さこそが、好意らしさを――この新たな、不思議なほど揺れる感情を――バジーニとの関係にもちこんだのだ。しかしほかのものはほとんど関係がない。こうしたもののうち、欲望のほかのものは、もうとっくに――ボジェナのところではもう、そしてもっと昔に存在していた。それは、成熟しはじめた者の、ひそかで、目的のない、誰とも関係のない、メランコリックな官能であり、その官能は、湿って、黒くて、芽吹いている春の大地のようで、壁を突き破るのに偶然のきっかけさえあればことたりる、黒ずんだ地下水のようでもある。[......]
だがこれらすべては、テルレス自身にはもう区別できなかった。分節のない、漠然とした、たったひとつの感情のなかに統合されていた。はじめて不意打ちされたとき、その感情をテルレスは愛だと思ったのだろう。
☆読者を誘導し、さらにテルレスの判断について評価する「語り手」
「......自分自身のことを適切に表現するには、ぼくはまだ勉強が足りないのかもしれません。でも説明したいと思います。ちょうどまた心に浮かんだのです。僕がいえることといえば、ぼくはものごとをふたとおりの姿で見ているのだ、ということです。すべてのものごとを、そして思想もです。ちがいを見出そうと頑張っても、ものごとはきょうもきのうも同じものです。でも目を閉じれば、ものごとは別の光のなかで息を吹き返します。もしかしたら無理数については勘違いしていたかもしれません。無理数は、いわば数学に即して考えてみると、自然なもののように思えますが、奇妙な点に注目してそれを観察すると、ありえないことのようなのです。でもこれがたぶんぼくの勘違いなのでしょう。ぼくが無理数についてはあまり知らないのですし。でもバジーニのときは勘違いをしていません。高い壁のなかの静かなチョロチョロという音から耳を、そしてランプに出し抜けに照らされたチリの無言の生から目を離すことができなかったときも、勘違いはしませんでした。ものごとの第二の・秘密の・気づかれない生について言及したことも、勘違いではなかったのです。ぼくは――ぼくは、その生について文字通りそうなのだと思っているわけじゃない――こうしたものごとが生きているのではないし、バジーニがふたつの顔をもっていたのではない――でもぼくのなかに第二の生があって、それはこうしたことすべてを、理性の目では見なかった。ある思想がぼくのなかで生を得ていることを感じるのと同じく、ぼくは、思考が沈黙しているときにものごとを眺めると、ぼくのなかでなにかが生きている、ということも感じるのです。それは、ぼくのなかにある暗いなにかです。あらゆる思考のなかにあって、思考では測りしれないなにかです。(Es ist etwas Dunkles in mir, unter allen Gedanken, das ich mit den Gedanken nicht ausmessen kann)それはことばにおいては表現されえませんが、それでもぼくの生なのです......[......]」
☆自分にとってのバジーニを、「虚数」として説明するか、「無理数」として説明するか
☆みずからのなかに「言葉では表現できない生」があるとするテルレス
Robert Musil: Die Verwirrungen des Zöglings Törleß. Wien u. Leipzig (Winter) 1906. [適宜、以下の訳も参照し、「邦訳」と付記して参照頁を記した。ムージル『寄宿生テルレスの混乱』(丘沢静也訳)光文社古典新訳文庫、2008 年]
Frank Wedekind: Werke in zwei Bänden. Bd. 1. (Gedichte und Lieder, Prosa, Frühlings Erwachen und die Lulu-Dramen) Hrsg., mit Nachwort und Anmerkungen von Erhard Weidl. Mit 10 Illustrationen und einem Frontispitz von Alastair zu Erdgeist und Die Büchse der Pandora. Lizenzausgabe. Darmstadt (Wissenschaftliche Buchgesellschaft) 1992[1990].
F. ヴェデキント『春のめざめ』(酒寄進一訳)岩波書店(岩波文庫)、2017 年。
フリードリヒ・シュレーゲル『ルツィンデ 他三編』(武田利勝訳)幻戯書房、2022 年。