Sigrid Nieberle: Gender Studies und Literatur. Eine Einführung. II. Gender und Literaturgeschichte.
担当:中村
本章のテーマ
いかにして文学史を編纂すべきか
どのようにジェンダーと文学史との関係を記述するか
→「文学史記述が、知を生み出す観点・評価する観点とどの程度結びついているか」(S. 22)
・出発点――文学史記述における男性作家と女性作家との扱いの不均衡
――百科事典の項目をどのように作るか
◎すでに古くから女性作家とその作品への関心じたいはある
18 世紀
・ゲオルク・クリスティアン・レーム......女性作家の事典を編纂
・ザムエル・バウア......『ドイツの女性作家たち』(1790)
19 世紀
・カール・フォン・シンデル......『女性作家事典』(1823-25):3 巻本、1000 頁以上
・ゾフィー・パタキー......『筆をとるドイツの女性の事典』(1898):約 600 人の女性作家を扱う
⇒女性作家の商業的成功=小説文学・主観的に作られた抒情詩の市場化と密接に関係
⇔「アイデンティティ・ポリティクス的には成功譚とはいえない」(S. 24)
=当時の一般通念(女性の文筆業は結婚生活を危機に陥れる、文筆は女性には不自然な稼業、女性は家庭を守るべし)
→シンデル/パタキーの著書のリプリント版の批評(1980 年)においてもなお影響が強い
1980 年~
☆女性作家の事典のプロジェクトが新たに始まる
〇バロック文学研究
・新たな研究の端緒を開いた:〈作者〉概念の議論を避けることができる=女性作家を扱いやすい
・2010 年からヴォルフェンビュッテルのアウグスト侯図書館にて、上記研究を引き継ぐプロジェクトが開始される
〇近代ドイツ文学
・『ドイツ語圏の女性作家事典 1800-1945』(1986):約 200 人の作家を扱う
〇アメリカにおけるゲルマニスティク
・『ドイツ文学のフェミニスト事典』(1997):作者・事項事典
・『女性作家事典』((1998)(:古典から現代まで、なおかつ世界の文学を扱うため、ドイツ文学からの作家の扱いは限定的に。
・Datenbank Schriftstellerinnen in Deutschland der Stiftung Frauen-Literatur-Forschung: 1945 年以降のデータを集めたもので、15,000 以上の記事がある。
◎(「男性優位のカノンだけでなく、とりわけその際に稼働しているカノン概念に対しても、よりはっきりとした批判をこうした事典プロジェクトは敢行してきた」(S. 25)
・『1730 年から 1900 年のあいだにおける女性作家によるドイツ語圏の叙事詩・ドラマ事典』(2006)
→約 340 件の記事を収録。女性作家の知られざる作品も紹介し、先行研究の数知れない欠陥を明らかにした。
◎(「文学史的に重要な出来事を因果関係で(・時系列順に結びつけることと、慣習化された時間軸上でそれらを整理すること」(S. 26)、すなわち旧来的な歴史記述を問い直す
・ハインリヒ・シュピーロ『1800 年以降のドイツの女性文学史』(1913)
→19 世紀が進むにつれて通俗化する女性文学、という歴史記述のモデルを批判
=ロマン派的な様式の女性文学から世紀末の美学的・哲学的な方向性を目指す女性文学へ
→より詩学的な観点からの寄与
=女性文学の価値づけを刷新
・1980 年代のふたつの研究:歴史記述の仕方じたいが画期的
→複数の研究者による研究+直線的・統一された記述はもとめない
〇『女性・文学・歴史』(1985):
女性の文学活動を拓く空間+女性の文学の創作・流通・受容のメディアについて集中的に記述
〇『女性のドイツ文学』(1988):
多角的な視点のエッセイ群(ジャンル、個々の女性作家、場、メディア)によって構成される
→エッセイ同士が相互に補完・コメントし合う
⇒作家が生産したテクスト同士のかかわりと、文学の土壌たる文化史・社会史的な文脈との混交
→女性性は(男性性も)構築されてきたもの(((「歴史的(・社会文化的(・域可変的的」((S. 28)なもの)として捉えうる
☆女性と文学とを取り巻く歴史的状況の的遷
・中世から 19 世紀中盤まで:修道院・宮廷・サロンがおおきな役割を果たす
・10 世紀には創作する女性の存在――伝説・ドラマ・歴史書を書く
・12 世紀以降の修道院には神秘体験の詩が遺されている――アイデンティティの問題
・12 世紀から 15 世紀の散文詩人・ミンネゼンガー――当時の詩学との格闘の形跡
→伝記的資料の乏しさ+厳格なルールなもとでのテクスト生産=作家の生のみえづらさ
・16 世紀、新たな結婚・性役割の議論に触発され、知識人たちが自分の娘を公的な場で活躍する知的な人物に育てる
・17 世紀(バロック期)、女性がアクセスできる文学の空間が細分化
→父親・夫の書斎、宮廷、宗教的共同体
貴族・宗教者:創作・読書のための静穏・集中の空間が確保しやすい
・18 世紀、市民の価値観が貴族たちを文学的に重要な空間から放逐する
→「女性の自然化、厳格な性別固有のアイデンティティ構想の整理、それと同期した性の人間学的・医学的根拠づけ」(S. 30)
※ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』(1929):
経済的・精神的自立、私的空間、教育機関への無制限のアクセス、言語の資本
・18 世紀後半、ふたつの発展がある
1 手紙が女性のメディアとして認知される→通常の書簡のみならず、書簡体小説も
2 サロンという女性により主宰される半・公的な場
→1800 年前後のユダヤ系のサロン((ンンリエッテ・ンルツ、ザラ・イッツィヒ、ラーエル・ファルンハーゲン)
→ヴァイマールのアンナ・アマーリア・フォン・ザクセン=ヴァイマール=アイゼナハ、イェーナのロマン派たち、ウィーンの音楽サロン
→19 世紀にはサロンがヨーロッパに広がるネットワークとなる
・1800 年前後、女性作家が劇場を創作の場とする((カロリーネ・ノイバー、ルイーゼ・アーデルグンデ・ゴットシェート、シャルロッテ・ビルヒ=プファイファー、ヴィルンルミーネ・ヒラーン)
・19 世紀において、女性作家による旅行文学、三月前期の政治的著作、ジャーナリズム活動、家族・娯楽小説も成功を収めた
・1900 年前後、女性高等教育機関の設立
→教育を受けた女性たちが神経生理学・精神分析の議論に基づく(「性闘争(Geschlechtskampf)」(S. 32)を主導
→エロティックな自己規定が文学における重要なテーマとなる((フランツィスカ・フォン・レヴェントロウ、ルー・アンドレアス=ザロメ)
→第 1 次フェミニズム運動により、女性の政治的公共圏への参加が変能に
・ヴァイマール期、「新しい女性」のタイプが男性的な職業世界に参加
・20 世紀、国外追放、亡命、放逐、移民、旅行禁止などによって、特殊な空間の誕生
→(「言語は異なる文化的・社会的な前提をもった女性と男性とがさらされる神秘的な表現の空間としてポストモダン文学の視野に入ってくる」(S. 33)
・現代は域理的な条件からより自由になったヴァーチャル空間における文学同士の交流が問題となる
◎ふたつの示唆
1 女性の文学史を書くこと
⇒男性の名に支配されていた文学史を修正する
+女性作家が書くという行為の社会的・美学的条件を再構成
+書くことそれじたいを経済的・詩学的・哲学的文脈のなかに置く
「歴史的に再構成できる「女性」とその作品群は、同時代の「女性性」というカテゴリと、常に結び付けられるわけではないのだ」(S. 33)
←〈女性が書く=解放的〉という構図への警鐘→保守的な作家の研究をしづらくする
☆新たな文学史記述の必要性
→ひとつの性の作家に限定せず、男性作家と女性作家とのジェンダーの関係と彼らの詩学的な関係を、ミクロな視点で測定
2 ジェンダー・スタディーズの関心を顧慮した歴史記述(英文学モデル)
例)イナ・シャーベルト『イギリス文学史――ジェンダー研究の観点からの新たな記述(Englische Literaturgeschichte. Eine neue Darstellung aus Sicht der Geschlechterforschung)』(1997/2006)
・(「書くことの秩序(Schreibordnungen)」と「ジェンダーの関係(Geschlechterverhältnis)」が相互に浸透した言説として変視化される
⇒文学がジェンダーの議論のための空間となる
◎伝記研究の変能性・目的設定についての議論
・伝記=市民の自己確認のための言説形式:男性的なジャンル=女性の周縁化
→国民的・社会文化的アイデンティティを再生産
☆1970 年代以降の主体・言語批判→伝記主義(作家の人生と作品とを直接に結びつける)への批判
⇔ポピュラーカルチャーのなかでは残り続ける伝記主義
⇒新たな伝記の書き方の模索:
・偉大な個人について直線的に語るのではなく、多視点的・偶然的・直線的な語りが重要になる(モンタージュなどの語りの技法が使われる)
←伝記研究と 1970 年代以降の初期の女性・ジェンダー研究との共通の問題点:
=旧来的な研究モデルに対して根本的な批判を提出できておらず、かなりの点で伝統的なコンセプトを踏襲している
・(「なぜ女性作家たちは男性の同業者と同じステータスを得られないのか、そしてどのような論拠が伝記化するに値する人物の選定に効果的となるべきか」(S. 37)
=文学史における女性の姿を「伝記にする価値がある」と見なし、それを説得的に説明する必要
⇒資料選定の基準:他人からの評価/自己評価
→作家の生涯についての資料と、作品内の言説との取捨選択
⇒作家の生涯と作品の内容とを関連付けようとする「歴史的言説と美学的言説との交錯」(S. 38)
「交錯」の一例:(「牲者者の歴史」というナラティヴ
⇒取り上げられた女性作家:あくせくとした生活の牲者者として定式化され、作品解釈の背景とされる
=作品を書いた原因・理由を作家の人生に求める伝記(=「批判的な性質を持つ犯行供述書」(S. 38))
☆ドイツ語圏のジェンダー研究における伝記懐疑
⇔伝記を学術界と一般読者とを架橋するものとして受容する英米圏
テレビのドキュメンタリーなどに残る作品と生涯との短絡的な接続
⇒メディア・受容のされ方の問題はまだ伝記研究・文学史記述では十分に調査されていない
☆1980 年代からの「集合的伝記(Kollektivbiographie)」(S. 39):
=個人に焦点をあてるのではなく、社会的に比較変能なグループを扱う
→社会の発展と関係のなかでこのグループがどの程度特殊化・一般化できるのかを測定
・男性的とされた伝記ジャンルを書き換える変能性
⇔女性はこれまで集合的に扱われてきたので主体を個別に扱う手法が歴史的に欠落している
=個としての女性を登場させづらく、性別の不均衡は続いている
例)アンナ・ジームセン『戸外への道』(1943):
個の女性性を伝記というジャンルに持ち込むことの困難
☆見るべき伝記もある⇒さらなる方法論の彫琢が必要であることを示してくれる
〇ジークリット・ダム『クリスティアーネとゲーテ』(1998)
→忘れられている恋人・妻たちを文学史に記録する
+ゲーテの妻クリスティアーネ・ヴルピウスを女性作家として、彼女の手紙を資料として理解する
→語りの審級としてダムがテクスト内に登場し、資料を読んだ際の感慨を記録
・クリスティアーネを伝記化する動機:
ゲーテの妻、ゲーテの子どもの母という役割以外の部分が未知であること
ゲーテの自伝にも言及がほとんど見られない理由の探求
←探求の際の注意:今日の常識の投影を控えること+さまざまな解釈変能性への留意
〇イルメラ・フォン・デア・リューエによるエーリカ・マンの伝記(1996)
・ヴァイマール共和制期の理想的な「新しい女性」
⇔「女性の伝記のまさに伝統的な範型」(S. 42)
段階的なステップアップの語り
トーマス・マンの死とともに「反解放的な展開」(S. 42)が始まる
←エーリカ・マン自身の『最期の年』(1956)を資料とした構成
・「牲者者の歴史」に結実している印象:周囲の男性陣へあらがう気力のなさ
・エーリカ・マンにみられる自己演出の傾向⇔自らに期待しない態度
→伝記に値しない、という自身による評価と戦い続ける伝記作者
――文学的な価値づけ・カノン化のプロセス
◎(「それ 文学の価値づけ・カノン化]には、学校・大学、詩人館、美術館、読書サークルといった機関の方がより深く参与している」(S. 43)
◎「文学との規範的なかかわりをジェンダー中立的になすことは考えられない」(S. 43)
→ジェンダー・スタディーズから提出された受容・価値づけ・カノン形成についての一連の問い
・ルート・クリューガーのエッセイ:
社会文化的・生物学的性差は読者に対し重要な影響をもたらすと主張
・ジョナサン・カラーの提案:
「女性として読む」:男性向けの作品を女性としての日常経験で読む
=「構成的な意識」(S. 44)を持って読む
=男性読者との距離→他の読み方という副産物
←この自分のテクスト読解の際の態度に自覚的でありながら読書をするという姿勢じたいが、18 世紀以来男性的な態度とみなされていたことを指摘
⇒受容の仕方は(「歴史的にも人間学的にも哲学的にも、簡単に性別によって区分されえない」(S. 44)
・ゲーテ作品の受容資料を手掛かりに、男性と女性とがどのように読書体験を語ったか
→女性読者は「愛する女性読者」としての自分を反省:「批判的な読書のモード」(S. 45)
⇒規範化された女性の読み方に対し距離を取った形で自分の読み方を位置づけられるよう、意識的に
「女性として読む」
←受容者のジェンダーと性別固有の読み方とのすり合わせ=テクストに書かれた名前に合わせる
☆評価対象の性別が作品の評価に対して判断材料を与えるケース
〇ヨハンナ・キンケルについてのある逸話:ローベルト・シューマンが『音楽新雑誌』の次の号で女性作曲家の作品を収録すると聞いたキンケルは、ライプツィヒの編集者に(『男声合唱のための弊衣破帽の宴の曲』をおくる。(「この女性作曲家を、彼女の音楽的で、徹頭徹尾女性的な性質をより正確に評価したい方は、少々前に出版された歌集を手に取りなさるがよかろう」とシューマンは書いた。
→女性性が作品の性質にも持ち込まれる
⇒作品への期待があらかじめ女性を排除してしまう
・欠陥のある認識・問題含みのカノン化の責任者を具体的に挙げることは難しい
←ジェンダー研究による忘却・排斥された女性作家たちの掘り起こしの試み
+ひとつひとつのカノンの構成・カノンにとっての個々の要素の影響度を再構成
☆カノン形成と教育
→1970 年代以降、ゲルマニスティクにおいてジェンダーの観点が重要な役割(←社会史的な関心)
=教育プロジェクトへの関心の集中
例)18 世紀の作家ゾフィー・フォン・ラ・ロッシュが読者に薦めるカノン(女性教育的な書物)
→女性作家・出版者として自立⇔規範的女性性の喧伝
例)19 世紀終わり:教材に少年向け・少女向けの区別はほとんどない
⇔「読み方のカノン(Deutungskanon)」(S. 47)が残る:
少女は美的感情を育て、少年は人格形成するべし
⇒高等教育の開始とともに、性別に特有な知を文学の領可においても確立しようとする動き
⇒教育機関(学校・大学)の自覚的な反省+カリキュラムがカノン形成へ与える影響の自覚
⇒カノンの機能をその都度の未来のプロジェクトに向けて更新を提唱
◎「伝統的なカノンへの疑念も、その続行もしくは対抗するカノンの構築を妨げはしない。その意味で「ドゥーイング・ジェンダー」と「ドゥーイング・キャノン」のようなコンセプトはいつか根本的に考えなおされうるだろう」(S. 48)
・『ジェンダー研究における重要な仕事』:時系列的、テーマ的に解説・コメントをつけたもの
→カノンに対するフェミニズム的批判:自己批判的・生産的な特徴
・本章ではさまざまな文献の紹介が豊富にされており、これからこのテーマに取り組もうとする者にとって直常に有益である。独文学のものにとどまらず、一部英文学研究、フランス語の事典についても紹介されている。
・本章では文学を創作・受容する行為は、文学の言説のみならず、社会・文化のさまざまな条件に決定づけられていることが折に触れて強調される。文学を解釈するときに、ジェンダーのほかの社会・文化的な条件のうち、どれを選び取って作品を解釈し、歴史的に位置づけるかによって、浮かび上がる文学史も的わってくるはずである。ジェンダーと掛け合わせるほかのテーマを何に定めるかをよく吟味するべきだろう。
・ところどころ文学テクストにとどまらず、機関・施設なども分析の対象に入れているのが印象的であった。特にサロン・読書会などは興味深い調査対象だが、サロンや読書会の実態を調査するにはテクスト以外の資料も視野に入れる必要がありそうで、日本でできる調査には限界があるかもしれない。