Sigrid Nieberle: Gender Studies und Literatur. Eine Einführung. 1.1-1.3
報告:瑞秀
- ドルトムント工科大学現代ドイツ文学教授
- 専門:19 世紀から現代に至るドイツ文学、特にジェンダー研究、多様性研究、文学と音楽や映画といったメディアの相互関係(インターメディアリティ)
- ミュンヘン大学で現代ドイツ文学、音楽学、演劇学を学び、1997 年に 19 世紀の女性作曲家をテーマに博士号を取得
- グライフスヴァルト大学で文学伝記映画に関する研究で教授資格を取得
- 2009 年からエアランゲン=ニュルンベルク大学で現代ドイツ文学教授、2014 年よりドルトムント工科大学で現職
►「女性/男性になること」=社会文化的構築性
- ボーヴォワール:「女として生まれるのではなく、女になる」(『第二の性』1949)
- 性/ジェンダー(Geschlecht) =生物学だけでなく、社会的かつ文化的要因に高度に依存
- 男性性もまた「能動的に証明・獲得されるもの」(Läubli/Sahli 2011):
Cf. シュレーゲル『ルツィンデ』(1799)「男らしさの修行時代」
-「⻑期持続(longue durée)」=その性になること(Werden)、獲得すること(Erwerben)が文化的な知の中で絶えず再確認
- 男性=能動的、女性=受動的という構図の再生産に注意;cf. ボーヴォワール
- 本書ではこのようなジェンダー特有の意味合いがその歴史的・文学的概念とともに繰り返し論じられる
►“Doing gender”
- 米⺠俗学者 West & Zimmerman (1987)の概念
- ジェンダーに「なること」には、ジェンダーアイデンティティや性差の成立にかかわる多様な過程と制度が関与
- ”doing gender”とは、社会的行動における継続的な解釈枠組みに基づく、他者規定と自己規定の複雑なプロセス:言語的・身体言語的行為が決定的要因
- ジェンダーは、固定的な属性ではなく、特定の規則に従って絶えず新しく生産されるアイデンティティの一側面
-パフォーマティブなジェンダーアイデンティティには、政治的・経済的行為、日常文化・祝祭文化におけるあらゆる言語的・象徴的実践が寄与
- 文学およびそのメディアがこの構築プロセスにどのように関与するのか=文学研究におけるジェンダー・スタディーズの対象
► 目標設定
- 本書の課題1:これまでの研究アプローチについての議論やその発展がドイツ文学研究にとってどのような意義を持つかを明らかにする
- 本書の課題2:ジェンダー研究は文学テクストとの関係で、どのような問いを立てているのか、文学研究のどの分野がそれに関わっているのか、そしてこれまでにどのような答えや、そこから派生した新たな問いが生じてきたかを明らかにする
4 つの作業領域:文学研究におけるジェンダー研究の主要な作業領域
①文学史(誰が書くのか?)
- 女性作家の歴史的な不可視性の是正
- カノン再検討や伝記研究
②美学と詩学(テクストはどのように描かれるのか?)
- 「女性的書き方(フェミニン・エクリチュール)」は存在するのかという問い
- 構造主義・ポスト構造主義の影響
- 言語によるジェンダー排除 vs. 言語の変化による男性的・支配的覇権的思考打破の可能性
- 作家の生物学的性に依存しない、女性的書き方/男性的書き方:⻄洋的な二項対立的な思考秩序への根本的な批判
③ジャンル(どのような規則に従って、何が描かれたのか?)
- ジャンルとジェンダーの関連性(z.B. 女流文学、書簡体小説)
- 社会史的要因との関連性
- ジャンルのジェンダー特性の再構築性
④学際性とインターメディアリティ(ジェンダー・スタディーズはどのような学際的・学内的な問いを提起するだろうか?)
- アイデンティティ・ポリティックス的アプローチ、ヘゲモニー批判的
アプローチとポストコロニアル研究との連関:ジェンダーとエスニシティの複雑な結合に注目
- 男性学:男性性の社会文化的歴史的構築性の研究(1990s 初頭-)
- 多様性とインターセクショナリティの社会学理論:ジェンダー、エスニシティ、階級、宗教などの異なるアイデンティティ特有の側面の階層化への注目
- クィア・スタディーズとジェンダー・スタディーズ:性的嗜好における、異性愛規範的秩序の逸脱としての男性同性愛的・女性同性愛的欲望への注目
- 文学・メディア研究の言説分析:近代主体概念に関するジェンダー関連の問題設定
►誤解①女性・男性の「イメージ」中心の分析
- 「女性イメージ」、「男性イメージ」という静的な「イメージ記述的」アプローチは批判の対象 →プロセス志向のアプローチ(ジェンダー言説、ジェンダー・パフォーマンス)によって置き換えられてきた
- 文学テクストはその時代の風俗、慣習、法律から大きく逸脱することがある。とりわけ、ジェンダー関係に関する文学的想像力において
►誤解②「反映」
- 文学テクストを「現実の」関係の単なる写しであると捉える「反映」というメタファーは学術的分析には有効ではない
- 文学美学的慣習と、それに対する革新的批判との間の複雑な相互作用こそが、適切なジェンダー概念を生産
- 登場人物のジェンダーは、文学テクスト内の行動要素および構成要素に基づく読者の解釈の産物
- これに関して、ジャンル規則の規範的な効果およびその解除が、文学テクストの創作と受容においてきわめて重要
- ジャンル考察を経て初めて、間テクスト関係や文学的言説機能が明らかになる
►誤解③学問外での受容
- メディアによる言説と誤解の再生産→生物学的性と社会的性の混同の再生産・強化
- ジェンダー・スタディーズの目的とは、「差異づけの記号化」の議論構造と道具的利用を分析すること:性差がいかにして生じるのか、その原因は何か、そして人間社会においてそれがどのような影響を及ぼしているのかを明らかにすること
- ジェンダー差異は、政治的、経済的、論理的、美学的にきわめて異なる要因に依存、多様な歴史的・社会的・文化的・象徴的次元においてのみ記述されうる
►誤解④主体性
- 研究者自身もジェンダーを持つため、完全な客観性は不可能という認識論的ジレンマ
- しかし学生の典型的な反応として、「私は女性だから女性の問題は自分が一番知っている」という主張:個人の経験を集合的・構造的問題にすり替える誤り
- ジェンダーは本質的なものではなく、歴史的・文化的に変動する象徴的構築物
- 「どれだけ女性的か」ではなく、「他者や自己から女性としてどう認識されているか」が重要
- 生物学を根拠に、社会的性差が「自然なもの」とされるが、生物学的性と社会的性が一致しないケースも
- ジェンダー二元論の限界:トランス/インター・アイデンティティなどの多様な性の存在の認識の必要→より精緻で多層的な記述ツールが必要
►誤解⑤定義の問題
- ジェンダーの定義をめぐる学問間の競合
- 「生物学」がたいていは、多様なジェンダーモデルを簡略化して代替するわかりやすい代用品として機能 ↔近年最もリードしているのは遺伝学
- 現在でもトランスセクシュアリティ医学は、「正しい」、「間違った」身体という考え方を起点としており、それを心理社会的性別に合わせて、ホルモン療法や外科的手術によって調整するという立場 ↔社会全体、当事者全体、その周囲の人々が、性の「曖昧さ」に対して前向きで新しい接し方を学ぶには、⻑く困難なプロセスが必要
- 第三の性は、単に二元的な性別構造を明確にする/問い直すものにとどまらず、それは常に「他者」として機能することで、むしろ既存の制度を安定させる効果を持つ
►誤解⑥自然化
- 一般的なジェンダー言説では、今でも「自然な」生物学的性を根拠に、男女の性質や行動が語られる:脳科学の「証拠」
- これに対して、肌の色や体格について「自然な」⺠族的特徴に基づく同様の類推はもはや許されない
- 両者の議論の枠組みは似ているものの、レイシズムはここ 30-40 年の政治的ディスクールの中で、セクシズムとは切り離されて扱われるように
- → 対「生物学」として、「曖昧化」のメディアとしての文学作品:「性別」は、アイデンティティの構想という連続体の中で、非常に多様な形をとるものとして読解可能
►誤解⑦セックスとジェンダーの違い
- ジェンダー・スタディーズの内部には、英語圏で語られてきた「セックス」と「ジェンダー」の区別に固執しようとする傾向 →この二分法の問題視
- 「女性の交換:性の『政治経済学』に関する覚書」(ルービン 1975):社会文化的性を生物学的性で正当化するのではなく、生物学的性の生理学的構成自体を言説的実践として捉え直し、生物学的性さえもパフォーマティブなカテゴリーとして記述する可能性の模索:ポストフェミニズム的アプローチ
►ジェンダー・スタディーズの歴史的位置付け
- ジェンダー研究の発展はしばしばいわゆる第二波フェミニズムに由来
- しかし、このような社会政治的な刺激が、そのまま学術的な議論に反映され、女性学・ジェンダー・スタディーズの制度化を即座にもたらしたと考えるような、歴史的語りは誤り→ 当時の女性運動の活動家や研究者の関心が、何十年にもわたって同じではありえない。文学研究および文学史研究における、性別カテゴリーの重要性はそれ以前の複雑な議論や認識論的な知の生成プロセスが関与
►平等と差異
- ジェンダー・スタディーズの学術的制度化に向けた知的刺激は非常に古くまで遡り、すでに近世初期の活発な哲学的議論にまで及ぶ
- 「女性論争」とは、「女性についての議論」なのか、「女性による議論」なのか、またはその両方なのかはっきりしない:常に曖昧な立場として定着
- 14C 以来の「女性論争」は、啓蒙時代、68 年の学生運動、新しい女性運動を経て、名称を変えつつ現在に至るまで継続。特にポストフェミニズムの影響やそれに伴う身体概念の批判的再検討によって、1990 年代初頭に再び新たな勢いを得た
►ゲルマニスティックの設立
- 1980 年代:文学研究の関係者たちは、批判理論、社会史研究、あるいは脱構築哲学の概念を積極的に取り入れる用意
- 戦後ドイツ文学研究がテクスト内的な解釈に集中していたという満足できない状況も影響:ナチズム後の再編以降、社会批判的な意義を持つ大きな方法論的革新はほとんど起こっていなかった
- 人員面での困難も:父世代の研究者が完全には引退しておらず、若い世代にとってはマルクス主義、フェミニズム、精神分析の概念からの新しい刺激がちょうど良い追い風に
- 文学というメディアに対する視点変化:米では女性学が勢い、⻄独では、仏ポスト構造主義の受容による、ポストモダン・フェミニスト理論が、認識論的議論の中心
- 1990 年代初頭:米ジェンダー・スタディーズからの新たな刺激、ヨーロッパでも再び学問的関心;cf. インターセクショナリティ研究、ポストコロニアル研究、クィア・スタディーズなどとの協力も
►国際的衝撃
- 1960s-1970s 以降:フェミニスト文学研究の新たなアプローチでは、まず歴史的および文学的テクストを女性蔑視的・性差別的な言説に着目して分析: z.B. ケイト・ミレット、トリル・モイ、ナンシー・K・ミラー
- 独文でも、文学史や解釈史において、女性作家とその作品の扱いが不十分であることが明らかに
- 1980 年代:本格的な文学史の編纂、出版
- 1970 年代半ば:ジルヴィア・ボーフェンシェンが独語権の女性作家による「女性的美学」という問いを提示。『想像された女性性』(1976/1979)では、女性的なるものの文化的・哲学的表象と、歴史上の創造的女性を対比
- その後 20 年間にわたっても、仏および英米の文学研究とのアプローチとの継続的対話
►雑誌と叢書
- 雑誌:ドイツ語圏で創刊された雑誌は、ジェンダーに関する議論の公開性と交換のプラットフォームを提供、学際的および学内的対話の両方を推進:z.B. 『フェミニズム研究』、『ジェンダー』、『造形、ジェンダー、文化、文学』、『クレレース・ネット』(オンライン)
- 書籍シリーズ:研究成果のコミュニケーションと議論のために重要:z. .B. 『女性研究とジェンダー研究の成果集』(1984-2007)、『ジェンダー差異と文学』(1994-2002)、『文学・文化・ジェンダー』(1992-)、『ジェンダー・コーズ』(2006-)
►百科事典化
- 百科事典的整理の試み:1990 年代半ば以降、個別の解釈やジェンダー志向の社会・言説史に関する包括的な研究が著しく増加。蓄積された知識を簡潔かつアクセスしやすい形でまとめる必要性の高まり:z.B. フスマンとホフによる論文集(初版 1995、第 2 版 2005)、概説書『ジェンダー@知』、『メッツラー・ジェンダー・スタディーズ事典』(Kroll 2002)、『女性とジェンダー研究ハンドブック』(Becker/Kortendiek 2004)
►教授法化
- 百科事典化の傾向には、1990 年代以降に登場したジェンダー研究の入門書も含まれる:フェミニスト文学理論および文学研究についての簡潔な概観を提供
- 1990 年代半ばには、ジェンダー・スタディーズがドイツ文学研究の基礎入門書や事典類にも取り入れられるように
- 1970-1980 年代に出版された定評ある入門書の新版には、それぞれジェンダー・スタディーズに関する独立した章が追加
►規範化と内省
- 1990 年代には文学理論への関心の大きな高まり、ジェンダー研究に関する章がない新しい入門書やテクスト選集はほとんど見られなくなった
- 米学術用語ではこれを皮肉的に「ジェンダー・ピース」と表現 :流行的なテーマを義務的に扱う姿勢への皮肉
- これに対し、「軸足と遊び足」の揺れ動くバランスこそが、継続的な自己反省と戦略的制度化の両立を可能にするとの主張も(ジグリット・ヴァイゲル)
►学問的確立
- 1990 年代半ば以降、「軸足と遊び足」の戦略が実現:大学や学部において、縦断的・横断的にジェンダー・スタディーズを学問分野の中に組み込む形で導入:z.B.各学問領域の内部で、ジェンダー研究に特化した講座、教授職が設置、カリキュラムへの定着、図書館の蔵書拡充、ジェンダー関連の研究プロジェクト促進
- 一方で、「女性研究」あるいは「ジェンダー・スタディーズ」のみに特化した独立した教授色の設置は減少傾向
- 大学におけるジェンダー研究の展開は、個別の学問分野への統合に明確に傾いており、知的関心の専門化と細分化の進展
►研究センター
- 1980 年代以降に各地で設立された女性・ジェンダー研究センターが学問的ネットワーク構築役割を担う:z.B. ベルリン自由大学、ビーレフェルト大学のセンター
- センターと大学の協働、連携、奨学金、ワークショップ、コーチングといった支援活動
- ドイツ研究振興協会(DFG)の大学院研究グループも、全国的なジェンダー・スタディーズの確立に効果的であり続けている
■参考文献
Nieberle, Sigrid: Gender Studies und Literatur. Eine Einführung. Darmstadt:Wissenschaftliche Buchgesellschaft, 2013.