特許と著作権のような保護対象が異なる知的財産どうしでは、権利のバッティングが生じることは希で、むしろその使い分けが問題となります
一方、商標と地理的表示のように保護対象が重複する場合には、様々なバッティング問題が生じ、知財戦略を間違えると冒頭に示したシャインマスカットのような失敗事例を招くことにもなりかねません
ここでは、コンピュータープログラムに関する特許と著作権の使い分け、ぶどう品種名やワインの地理的表示(原産地呼称)と商標の関係について説明します
特許と著作権
特許と著作権の両方で保護がされる可能性のあるものはコンピュータプログラムがその典型です
特許はアイディアを保護し、著作権は表現を保護します。
具体的には、特許はアルゴリズムを保護しますが、著作権が保護するのはソースプログラムであればコーディングそのもので、コーディングの表現が違えばアルゴリズムは同じでも著作権侵害にはなりません。
したがって、特許の方が保護範囲が広いといえます。しかし、コピーによる海賊版を取り締まるだけなら著作権でも可能ですし、侵害を立証する際にアルゴリズムを利用していることよりも、プログラムのコードが同じであることを証明することの方が容易です。
プログラムが著作権で保護されるようになった経緯
コンピュータプログラムをどのような形態で保護するかは、昭和40年代後半から議論されていましたが、1982年12月6日に、プログラムは著作権上保護される著作物にあたるとする最初の判決が出されました。
被告会社は、スペース・インベーダー・パートⅡのオブジェクトプログラムのコピーをROMに格納して別のゲームマシーンに取り付け、そのゲームマシーンでスペース・インベーダー・パートⅡのゲームができるようしていました
裁判所は、「本件プログラムは、その作成者の独自の学術的思想の創作的表現であり、著作権法上保護される著作物に当たると認められる」 として被告の著作権侵害を認めました
著作権法改正
1985年6月に著作権法が改正され、同法10条1項(著作物の例示)に「プログラムの著作物」が加えられ、併せて以下の規定が設けられました
著作物を作成するために用いるプログラム言語、規約及び解法は保護しない(10条3項)
職務上作成したプログラムの著作者は特段の定めがない限りその法人とする(15条2項)
特定の電子計算機で利用できるようにするための、あるいは、より効率的に利用できるようにするために必要な改変は同一性保持権の対象外とする(20条2項3号)
プログラム複製物の保有者は、必要と認められる限度で複製・翻案をすることができる(47条の3)
プログラム著作権を侵害する複製物を使用する行為は、取得時に情を知っていた場合に限り著作権侵害とする(113条2項)
特許によるプログラムの保護
プログラムそのものではなく、プログラムの機能のアイディアは特許の保護対象となり得ます。特許庁は審査基準を改訂し、特許で保護される範囲を漸次拡大してきました
1975年
「コンピュータ・プログラムに関する発明についての審査基準その1 」を発表し、コンピュータプログラムの処理内容に自然法則が利用されている場合は、その処理の内容は特許になり得ることとしましたが、その一方で、プログラム自体やそれを記録した記録媒体は特許されないとしました。
1993年
「審査基準」を改訂し、ソフトウェアによる情報処理にハードウェア資源が利用されているもの(ハードウェア資源の単なる使用は除く)を特許の対象とました。
1997年
「コンピュータ・ソフトウェア関連発明の審査の運用指針」を改訂し、プログラムを記録した記録媒体を特許の対象としました。
2000年
「審査基準」を改訂し、ソフトウェアによる情報処理が、ハードウェア資源を用いて具体的に実現されている場合、特許可能とし、併せてプログラム自体を特許の対象としました。
2002年
特許法が改正され、コンピュータプログラムは物の発明とみなされることとなり、運用による特許保護の拡大が法律でも担保されました
特許法に規定する発明であるためには、アイディアが自然法則を利用したものでなければなりません。1975年の審査基準では、コンピュータの制御対象が自然法則を利用するものであることが必要とされていましたが、1993年の審査基準では、コンピュータのハードウェア資源を制御すること自体が自然法則の利用であるとして、例えば、数式の計算方法であっても、ハードウェア資源を用いて具体的に実現されていれば特許の対象とされることとされました。また、特許権の範囲については、1997年に媒体に格納されたプログラムまで拡大され、2000年にはプログラム自体も対象となりました。
品種登録と商標登録
品種登録
33年を費やして交配によりマスカット香のみもつ緑色の大粒品種を開発した(親の安芸津21号はマスカット香に加えてフォキシーフレーバーを持っていた)
2006年に「シャインマスカット」で品種登録(登録番号13891)
海外での品種登録をしていなかったため、韓国の主要輸出品種となっているが、ライセンス料は支払われない
中国でも日本の40倍の規模で生産され、東南アジアに輸出されている
農水省は、シャインマスカットの逸失利益を年間100億円と推定している
商標登録
品種名を「シャインマスカット」で品種登録をしたため、商標によりブランド化を図ることも不可能になった
商標法は、品種登録と同一・類似の商標で、品種の種苗又は類似商品・役務に使用をするものは登録不可としている(4条14号)
「ルビーロマン」でも同様の状態になっており、馳浩石川県知事は、「品種登録と商標登録を違う部署が担当していた」と釈明(読売新聞2023/9/23)
地理的表示と商標
地理的表示が先に登録されている場合
TRIPS協定:ワインの地理的表示を含む商標で原産地を異にするものは無効(22条(3))
商標法:WTO加盟国で産地以外が使用を禁じられている産地を示す標章は登録不可(4条1項17号)
地理的表示に先行する商標が登録されている場合
TRIPS協定:地理的表示が保護される前に善意で出願された商標の権利は有効(第24条(5))
ロマネ・コンティ商標登録事件 パリ控訴院1985年11月28日判決
ドメーヌ・ドゥ・ラ・ロマネ・コンティ社は自社が生産するワインの名称「ロマネ・コンティ」を商標出願した。ロマネ・コンティは、ブルゴーニュの特級畑のAOCであるが、この畑は同社が単独所有しており、そのような場合に商標登録が可能かどうか争われた
パリ控訴院は、「生産地域が単一の所有者に帰属するとはいえ、団体的権利として行使されるべき呼称は一つの人格によって占有可能なものとならない」として認めなかった
地理的表示と地域団体商標
「地名+商品名」で商標登録を行う場合には、全国的に知名度を有する場合等に限って認められます
しかし、地域団体商標であればある程度有名になった段階で取得することが可能です
地域団体商標を取得することができるのは、事業協同組合や商工会議所等の法人であり、その構成員が商標を使用することが可能です
このように地域団体商標は、取得可能な者が限られるため、地理的表示と先行商標の権利者が無関係の者であることは少なく、むしろその使い分けが重要と考えられます
補完的な権利行使
不正な地理的表示に対しては、権利者から損害賠償や差止請求を行う規定は設けられていませんが、行政の対応として以下の段階的な手続が規定されています
告示した基準を遵守しない業者に対し、基準を遵守するよう指示する
指示に従わない業者はその旨公表する
指示が重要基準に関するものである場合は、重要基準を遵守するよう命令する
命令に従わない場合は50万円以下の罰金に処する
一方、地域団体商標を登録しておけば、不正な表示に対して損害賠償請求や差止請求を行うことができます。さらに、税関に申し立てることにより模倣品の輸入を阻止することも可能となります
地理的表示とぶどう品種名
TRIPS協定
協定発効の日に自国内で使用されているぶどう品種名として用いられている名称と同一の他国の地理的表示の保護は要求しない(24条(6))
中国で「甲州」という地理的表示が登録されても、ぶどう品種の「甲州」をラベルに表示することは可能
EU法
特別の定めがある場合を除いて、ぶどう品種の名称のなかにAOPまたはIGPが含まれているときは、その品種名をぶどう生産物のラベルに表示することはできない(欧州委員会規則607/2009の42(3))
ミュスカデは品種名であるが、AOPでもあるので、品種名として表示することはできない
日本で「甲州」が地理的表示として登録された場合、EU輸出の際に品種名の「甲州」を表示できない
ぶどう品種名と地理的表示がバッティングした例
トケイ・ピノグリ(Tokay Pinot Gris)
アルザスでは、グランクリュにぶどう品種が併記されており、ピノグリは伝統的に「トケイ・ピノ・グリ」と表記されていた
ハンガリー政府は、Tokayが、ハンガリーのワイン産地トカイ(Tokaji)に発音が似ているということで原産地呼称の侵害をEUに提訴した
20年にも及ぶ交渉の末、アルザスの品種表示をピノグリに改めること、ハンガリーは、ワインやブランデーにメドックやコニャックといったフランスの産地の表示をしないということで妥協が図られた
シュペートブルグンダー(Spätburgunder)
ドイツでは、ピノノワールをこう呼ぶが、ブルグンダーは、英語のburgandyと同様ブルゴーニュを表す
しかし、欧州委員会規則607/2009は、例外的にドイツやルーマニア等のAOP、IGPワイン、カナダやチリの地理的表示付きワインにシュペートブルグンダーやヴァイスブルグンダーの表記を許容している(上記の「特別の定めがある場合」である)
ワインの商標とぶどう品種名
TRIPS協定において、商標とぶどう品種の関係に関する規定はありません
しかし、ぶどう品種名を商標で独占することは不適当と考えられるので、商標の33区分においてぶどう品種名と同じ商標の登録はすべきでないと思われます
なお、商標審査基準では、品種登録を受けた品種の名称を特定人に独占させないという観点から、種苗法で登録された品種の名称が商標出願がなされた場合、指定商品がその加工品である場合、商標法第3条第1項第3号に該当するか否かを判断することとしており、指定商品をワインとして種苗法で登録されたぶどう品種名が出願された場合には拒絶される場合もあるものと考えられます(加工品でなく、ぶどうそのものである場合にはシャインマスカットの例のように商標を取得できません)