杉森公一, 大学教育学会誌, 第35巻第2号, 150-151 (2013年11月)
書評 編者:中井俊樹 鳥居朋子 藤井都百『大学のIR Q&A』(玉川大学出版部,2013年9月,212ページ)
私がIRという馴染みのない2文字を初めて目にしたのは,2012年3月26日の中教審答申まとめであった.続いて,同年5月の大学教育学会第34回大会での「IRの活用」部会での活発な議論と勢いに触れ,教育の質保証の強い駆動力となることを体感した.同年8月28日の中教審「質的転換」答申には,大学ポートレート(仮称)の整備に関連し,次のように言及されている.
『大学が教育情報を用いて自らの活動状況を把握・分析し,改革につなげる(いわゆるIR (Institutional Research)機能の向上)』
中教審答申でこの用語に初めて出会い,当惑した大学関係者は少なくないと思う.しかし,2008年12月24日「学士課程」答申では既に,3つのポリシーの策定に触れた後段に続け『一方で,学生に対する教育効果と学生の学習成果を測定し,学生の教育成果の測定,改善の過程を多くの大学が共有し,より良い教育環境を提供し,教育方法等を開発していくこと』(下線部,筆者)と方向性が示されていた.こうした教育活動のアセスメント・サイクルそのものがIRと呼ばれるものであり,実は日常の教育活動に埋め込まれつつある.
本書は,大学の計画立案や意思決定におけるデータ活用と業務改善に向けて,IRに関する実践知をまとめ,IR担当者である大学教職員を中心に幅広い高等教育関係者への共有を目的にしている.3部構成(IRの実践のための指針,Q&A形式で学ぶIRの実践,IR実践のための資料),12のコラムと参考文献から成り,6人の執筆者(IR担当者)が収集した32の質問を分類する過程で得られた知見を第1部に,さらに絞られた100の質問をQ&Aとして第2部にまとめている.2012年3月出版の「大学の教務Q&A(中井俊樹・上西浩司編著,玉川大学出版部)」と同様,担当者以外でも読みやすい形式・体裁に配慮している.
第1部では,IRの定義と7つの指針と5つのステップが示される.「機関の計画立案,政策形成,意思決定を支援するための情報を提供する目的で,高等教育機関の内部で行われる調査研究」というSaupe(1990)の定義をもとに,外部評価対応・経営改善・教育改善の3形態に大別する.この多様性に共通する7指針には,単なる知的好奇心による学術活動ではない,大学の目標達成に資する活動としてデータを扱う業務の方法と倫理,連携と職能開発への視点がある.実際の調査研究の標準的なステップを,調査設計・データ収集・分析前準備・分析・情報提供の5つとしているが,あらゆるデータが含まれ調査手法も並走している点,リサーチ・クエスチョンに対して最終的な意思決定の支援を目指している点に,一般的な統計調査との相違が見られる.
第2部では,5つのステップと10の実践カテゴリーに準じた100のQ&Aから,具体的なアドバイスを得ることができる.現状では,IR担当者は兼務であったり一人職場だったりするために,データを扱っている最中に,一人頭を抱えて途方に暮れることもあるのではないか,と想像(実感?)しているが,困ったときに6人の「相談員」が答えてくれる紙面は,解決策が得られるだけではない安心感を与えてくれる.10カテゴリーの内,「学生の受け入れ・教育の内容と方法・学習の成果・学生支援・学習環境」の前半5カテゴリー(75のQ&A)は学生に関するものであり,教学IRやエンロールメント・マネジメント(EM)とも呼ばれるものだが,入試から教務,学生支援,就職支援に関わる教員・事務職員の日常業務に広く使えるデータの見方と改善方策を示してくれる.入り口から出口までの質保証を捉えるFD・SD活動の企画にも,日常の授業改善・成績評価にも大きなヒントを得ることができる.後半の5カテゴリー「研究活動・教員・管理運営・大学の外部環境・IRの組織体制」には,教学以外の大学の基本機能に関わるデータ分析とIRの組織化に関わる25のQ&Aが含まれる.研究力と経営力を測定し,意思決定と戦略立案が求められる状況の下で,大学評価担当者やリーダー・管理職にも読み応えのある項目が並んでいる.
また,Q&Aの途中で挟み込まれるコラムは,単なるコーヒー・ブレイクではない「IRあるある」としても読める.マークシートにまつわる「大学院生のシャープペンシル」のエピソードなど(本文で是非読んでいただきたい),実務上の課題を気付かされる.調べてみたら当たり前の結果だったというポジティブな評価の意味,担当者の資質・熱意に関する論考,教職協働の意義はこれからのIRの位置づけと在り方を占うものであろう.
第3部は,アンケート調査票の作り方とグラフ表現の事例,第2部で出てきた基礎用語の解説と資料(定期的調査,関連主要法令,年表,情報源)から成り,実用に重宝するリファレンスとなっている.こちらも,合わせて読み込みたい.
教育の成否・効果について,主観と経験から論じられる傾向が強い中で,私たちは客観と確信を持って教育実践に向かいたい.本書からは,データに基づく「学生の発見」が教育活動を支え,より善いものへ変容させる可能性と希望,力を得ることができる.すべてのIRer(インスティテューショナル・リサーチャー)に手に取ってもらい,さらに自校の実践を携えて集まることができるならば,次の実践知の共有と大学教育の創造へつながるのではないだろうか.各地の実践者との出会いと再会を,本書がつなげてくれる,近い未来にも期待したい.
日本医学教育学会 教育プログラム評価推進委員会
医療系IR友の会 https://medirfriends.jp/
杉森公一・上畠洋佑(2016) 「学修成果の達成度自己評価システムによる教学マネジメント」
北陸大学IRシンポジウム2021・2022・2023・2024
第53回医学教育学会 教育プログラム評価推進委員会シンポジウム「医学教育プログラム評価の理論と実践 ~教学IRの組織的な取組みの視点から~」