従来オオキバラノメイガ Patania harutai (Inoue, 1955)とされていた種は、トチノキなどムクロジ科を寄主とする種と、ハクウンボク(エゴノキ科)を寄主とする種の混合であることが分かっていました(Heo 2012; Matsui and Naka 2021)。しかし、P. harutaiの原記載に図示されている雄交尾器はハクウンボクのものであるのに対し、記載者が図示してきたP. harutaiの標本は全てトチノキのものであることから(井上 1959, 1982)、どちらが真のP. harutaiなのか混乱が生じていました(例えばLee et al. 2022)。私たちがP. harutaiのタイプシリーズを確認したところ、ホロタイプ(真のP. harutai)はトチノキのものであることが判明しました(寄主植物に即してトチノメイガに改称)。さらに、1個体だけ解剖してあるパラタイプがハクウンボクのものであり、原記載ではそれが図示されていたことが分かりました。これに基づき、私たちはハクウンボクのものを新種ハクウンボクノメイガ P. crepusculariaとして記載しました(Matsui and Naka 2023)。
さらに、分子系統解析を行ったところ、トチノメイガとハクウンボクノメイガは姉妹種ではなく、トチノメイガはむしろホソミスジノメイガ P. chlorophantaやソトグロオオキノメイガ P. scinisalisと近縁であることがわかりました。これは、これまで混同されてきた隠蔽種が実は姉妹種ではなかったという珍しいケースと思われます。トチノメイガとハクウンボクノメイガでは交尾器形態が大きく異なること、ミトコンドリアCOIの塩基配列がかなり異なることも、この仮説を支持しています。
トチノメイガ (以下トチ)とハクウンボクノメイガ (以下ハクウンボク)の外見はよく似ていますが、次のような点で区別できます。
トチの方が大型 (前翅長はトチ18-21 mm、ハクウンボク16.0–19.0 mm程度)。
ハクウンボクの翅の地色は強く褐色を帯びる。
前翅の外横線はトチでは明瞭で、M2とCu2脈の間で強く波状を呈するが、ハクウンボクでは不明瞭で、屈曲が弱い (図中の赤線)。
後翅の外横線はトチでは後縁近くでも明瞭であるのに対し、ハクウンボクではぼやけて消える (図中の黒矢印)。
前翅の環状紋と腎状紋の間の間隔はトチの方が広い (図中の青矢印)。
前後翅の外縁はトチでは直線的だが(特に雄)、ハクウンボクでは丸みを帯びる。
なお、前述のように2種は雌雄交尾器においては「同じ部分がない」と言って良いほど異なっており、交尾器を解剖することで容易に同定できます。
引用文献
Heo, U.H., (2012) Guide book of moth larvae. Econature, Seoul. 520 pp.
Inoue, H. (1955) Four new species and one new subspecies of the Japanese Pyralidae. Tyô to Ga 6: 20-22.
井上 寛 (1959) メイガ科. In: 井上 寛・岡野磨瑳郎・白水 隆・杉繁郎・山本英穂 (編) 原色昆虫大図鑑 1: 233-257. 北隆館, 東京.
井上 寛 (1982) メイガ科. In: 井上 寛・杉 繁郎・黒子 浩・森内 茂・川辺 湛・大和田 守 (編) 日本産蛾類大図鑑 1: 307-404; 2: 223-254; pls. 2: 36-48, 228, 296-314. 講談社, 東京.
Lee, T.G., Heo, U.H. & Bae, Y.S. (2022) Status of Patania harutai (Inoue, 1955) in Korea, with a new species (Lepidoptera, Crambidae, Spilomelinae), and clarification of their host plants. Zootaxa 5196: 407-419.
Matsui, Y. & Naka, H. (2021) Discovery of an unknown species closely related to Pleuroptya harutai (Lepidoptera, Crambidae, Spilomelinae) feeding on Styrax obassis (Styracaceae). Lepidoptera Science, 72, 49–58.
Matsui, Y. & Naka, H. (2023) Description and phylogenetic placement of a new species of Patania (Lepidoptera: Crambidae: Spilomelinae) resembling P. harutai (Inoue, 1955). Zootaxa, 5311: 267–280.
(2023/7/24 松井悠樹)