問4 自動運転技術を用いた海底探査システムに関する次の記述を読んで,設問1~3に答えよ。
(R01秋 ST 午後I 問4)
X社は,自動車の電装部品メーカであり,電装部品及び自動車向けシステムの開発を手掛けている。X社は,大手自動車メーカのY社に製品を納入してきた。
X社が長年研究してきた自動車の運転支援システムは,10年前からY社の製品である自動車に実装されるようになり,今ではX社の主力事業の一つになっている。そこでX社は,この技術分野で業界をリードし続けることを目指す事業戦略を立てることにした。
[自動車の自動運転技術]
自動車の運転支援システムは,運転者の不注意による事故を回避したり,運転操作自体をサポートしたりするシステムで,30年間にわたって研究開発が続けられてきており,近年は,IT及びセンサ技術の進歩で急速に発達してきた。
基本的に人間が介在しない自動車の自動運転技術については,高速道路などの限定された区間において実用段階に近づいている。さらに,高速道路以外の,道路,他車,歩行者などの外部環境が複雑で,かつ,外部環境の変化が予測しにくい区間で自動運転するためには,外部環境の認識と,それに応じた走行方法の判断が重要な要素技術となる。今後は,外部環境の認識・走行方法の判断を行う機能をAIで実現し,自動車の自動運転の適用範囲が拡大することによって,交通事故の減少と運転者の負担軽減が期待されている。
人命に関わる自動運転技術には,非常に高い信頼性をもつシステムが必要とされている。また,自動運転技術の実用化には,事故が発生した場合の責任の所在を,製造に関わるメーカを含めて考えることが求められている。
自動車メーカは,現在の自動車にとらわれず,時代の要求に応じた移動手段の利便性や安全性を目的として,新たな技術開発を行うことを継続的に求められている。
[移動手段の構想]
政府は,都市の渋滞を避けた通勤・通学,離島や山間部での新しい移動手段,災害時の救急搬送や迅速な物資輸送などを想定した“空飛ぶクルマ”の構想と,その実現に向けたロードマップを示した。そのロードマップには,2030年代に,多数機が3次元空間を安全に移動するための高度な自動飛行技術が必要となることが記述されていた。
[X社の現状]
Y社の自動車の販売台数は,ここ数年順調であったが,自動車業界は激しい価格競争状態にある。この結果,X社の売上げは伸びているものの利益は大きくなく,X社の技術開発費は不足しているのが現状である。
一方で,X社は,自動車の運転支援システムを高度化して,自動運転技術の実用化を3年以内に実現することをY社から強く求められている。
[X社への開発検討依頼]
X社は,Y社の親会社である重工業メーカの2社から,高効率な海底探査技術の開発検討依頼を受けた。
Z社は,海底資源を採掘するための大型採掘機械を含めたシステムの開発を,世界に先駆けて成功させていた。海底資源を採掘する技術は特殊なので,参入している企業は2社を含めた数社に限定される状況にある。
Z社が目指す採算性が高い海底資源を採掘する事業を軌道に乗せるには,その前段となる海底資源の探査に要する期間の短縮と低コスト化が課題となっている。また,Z社は,海底探査をするための有人潜水調査船を開発し,水中での通信に有効な技術の一つである水中音響通信技術など,多くの関連要素技術の特許を保有している。
[海底探査の状況]
海底探査の状況を次に示す。
・海底探査は,有人潜水調査船を用いる方法が主流であるが,高い安全性が必要とされるのでコストが高い。また,運用において,専用の母船のコストが高いほか,有人潜水調査船に乗組員2名,母船に操船員1名と有人潜水調査船のための運航員15名程度の人員が必要なので,人件費が高い。
・深い海域の海底探査においては,降下と浮上のそれぞれに数時間掛かる。有人潜水調査船の乗組員の体調管理を考慮すると,1隻当たり1回の潜航で3時間程度までしか探査できず,広域の探査には長い期間と高いコストが掛かる。
・無人で海底探査をする方法は何通りかあり,現在の技術の組合せでも実現できる。今後,無人で海底探査をする方法が主流になると,有人のために必要とされていた高い安全性が不要となり,多くの企業が参入すると考えられる。
[無人海底探査機開発の技術的課題の調査]
X社のITストラテジストであるL氏は,X社の保有する自動車の自動運転技術を生かした無人海底探査機を開発することを検討し,その技術的課題の調査をシステムアーキテクトであるM氏に依頼した。M氏は,次のようにまとめ,L氏に報告した。
・自動車の自動運転技術は,2次元平面上での運転を想定しているので,無人海底探査機向けに3次元空間を想定した機能拡張が必要である。
・無人海底探査機は常に海流に流されるので,静止するためには常に制御が必要である。この制御については,X社の保有する6軸ジャイロセンサを用いた姿勢変化計測技術と,汎用的な圧力センサを用いた深度測定技術とを組み合わせた機能拡張によって実現可能である。
・無人海底探査機と母船間の通信については,水中音響通信技術を活用することによって早期に実現可能である。
・無人海底探査機の位置特定については,GPSを用いて母船の絶対位置を特定し,海中で水中音響通信技術を活用して母船からの無人海底探査機の相対位置を求め,絶対位置と相対位置のデータを組み合わせることによって実現可能である。
[事業性の検討]
L氏はM氏の報告を受け,ある契約が7社との間で成立することを条件に,無人海底探査機の開発は技術的に可能であると判断した。さらに,無人海底探査機は有人潜水調査船と比較し,大幅に安価な製品として開発することが可能であると考えた。しかし,将来にわたる事業性については,海底資源を採掘する市場は拡大するが,海底探査をする市場は収益面でX社にとってリスクがあると判断し,Z社に交渉する必要があると考えた。
そこでL氏は,X社の幹部会議で事業の方針案を説明して意思決定を図ることにした。
[海底探査システムの事業計画]
L氏は,海底探査の事業を成功させるためには,単に海底探査機を無人化するだけでなく,複数の無人海底探査機を協調制御して同時に運航する海底探査システムを開発することが効果的であると考え,次の目標を掲げた。
(1) 同時に運航する無人海底探査機の機体数を最大20機とする。
(2) 無人海底探査機の探査時間を,1機当たり1回の潜航で30時間とする。
(3) 専用の母船ではなく,汎用の船を用いて,3名の運航員によって最大20機の無人海底探査機の運用が可能なシステムとする。L氏は,X社として海底探査システムの開発を進めるには新たな開発体制の構築が必要であると考えた。
[事業拡大の戦略]
L氏は,海底探査システムで開発した3次元空間を想定した自動運転技術及び協調制御技術を基に,今後Y社が目指すことになると思われる事業に活用可能な新たな技術を開発できると考えた。その技術を提供することによって,Y社の事業にも貢献でき,X社の事業拡大にもつながると考えた。