(2) A社輸出入業務の課題
A社は,負荷が大きい作業に,A社輸出入業務の品質低下のリスクがあると考え,それぞれの作業に掛かる時間や人数を定量的に調査した。担当者の作業量を測定した結果,メールで受信した契約書のイメージファイルや船積書類から,引渡条件や保険に関する情報を貿易システムに手入力する作業の負荷が,最も大きいことが分かった。手入力の際には,貿易システムがもつ契約情報を照会して,海外の子会社・関連会社からメールで送られてくる契約書のイメージファイルや船積書類の内容と相違がないかを目視で照合している。作業の担当者は,入出荷の予定日を確認しながら,入力作業の優先順位をつけて対応している。このとき,契約書や船積書類の到着遅れや入力ミスがあると,貨物が滞留することがある。契約書のイメージファイルの内容は,商品コードや出荷先住所などの文字がかすれていることがある。作業の担当者は,目視で読みにくい箇所について,マスタを検索したり,過去の契約情報と照合したりして確認するか,海外の子会社・関連会社に連絡して確認するなどの対応を行っている。
メール送信作業・メール受信作業は,単純作業の組合せで負荷は低いが,頻度としては多い。インターネットバンキングでのダウンロード作業・アップロード作業は,1回当たりの操作に手間が掛かるので,1日1回しか行っていない。A社は,1日当たりの回数を増やすことで,データの送信待ちや受信待ちを減らして,作業の即時性を高めることを検討した。しかし,A社輸出入業務のボトルネックとなる作業を改善しない限り,改善効果は小さいと考えた。
[IT活用の検討)
A社では,DXの推進計画として,人がPC上で行う操作を記憶できるソフトウェア型の仮想ロボット(以下,ソフトウェアロボットという)とOCRとを組み合わせて作業を自動化することで,作業の正確性と即時性を高めることを目的とした実証実験を行った。実証実験は,A社のシェアードサービスセンタとIT部門とが協力して行われた。A社は,テスト環境でソフトウェアロボットの動作を確認しながら修正開発とテスト検証を繰り返すアジャイル型開発で実施した。ソフトウェアロボットは,人が行う作業と同じように,複数の作業を,複数のソフトウェアロボットで分担する作り方ができる。A社のシェアードサービスセンタの作業の担当者は,IT部門から開発手順のアドバイスを受けながら,ソフトウェアロボットを作成して,活用の検討を進めた。また,契約書をOCRで識別する識字率が低い場合は,修正作業が必要となり,かえって作業負荷が高まるので,識別ができなかった場合に担当者が行っている作業を,ソフトウェアロボットが行うことができるかどうかも検証した。
[実証実験の評価]
実証実験では,作業の正確性と即時性の二つの観点で評価を行った。まず,正確性の観点では,おおむね想定どおりに,ソフトウェアロボットの誤作動や異常停止もなく,作業の自動化が可能であることを確認できた。具体的には,ファイルのアップロード作業・ダウンロード作業については,人の介在なく自動化できると評価された。メール送信作業も同様の評価とされた。メール受信作業は,受信するメールの内容が多岐にわたるので,自動化を進めるには,作業を詳細に整理する必要があると評価された。入力作業に関係するOCRの識字率は,OCR単体では期待値よりも低かったが,ソフトウェアロボットとの連携によって,識字率は上がり,入力作業の正確性が向上すると評価された。
次に,即時性の観点では,複数のソフトウェアロボットを並列稼働させることによって,作業全体の即時性を上げられることも確認できた。ただし,作業の自動化が進むことによって,A社輸出入業務のボトルネックとなる作業が解消された場合は,貿易システムと関連するシステムとの連携上のプロセスが次のボトルネックになると考え,改善できる点を検討した。
実証実験を行う中で,作業の担当者は,ソフトウェアロボット作成の習熟度が上がるにつれて,自ら思い思いに多くの種類のソフトウェアロボットを作成していった。A社のIT部門は,作業の自動化が進むことで,どこでどのようなソフトウェアロボットが稼働しているかを把握するのが難しくなった。このような管理が不十分な状況で,複数のソフトウェアロボット間で連携して作業を行っている場合,一つのソフトウェアロボットの修正が,他のソフトウェアロボットの誤作動や異常停止の原因になり,A社輸出入業務の継続性が脅かされるおそれもあった。
[本格導入の計画策定]
A社のIT部門は,本格導入を進めることで,A社輸出入業務の改善を図れると考える一方で,実証実験を通じて分かったA社輸出入業務の統制上の課題を解決するために,ソフトウェアロボットの利用ガイドラインを作成することとした。利用ガイドラインでは,ソフトウェアロボットの作成ルールだけでなく,テスト環境の利用ルール,誤作動や異常停止時のリカバリ手順作成要領,本番稼働前のIT部門によるレビュー実施などを定めることとした。IT部門によるレビューでは,ソフトウェアロボットの動作確認だけでなく,誤作動や異常停止した際の影響範囲の特定や対応方法などのA社輸出入業務の継続性の観点も確認することとした。A社は,IT部門によるレビューなしには,ソフトウェアロボットを本番稼働させない方針とした。
本格導入の計画では,A社のIT部門とシェアードサービスセンタで協力しながら,利用ガイドラインに沿って,実証実験で自動化しやすいと評価された作業から段階的に導入し,A社輸出入業務のDXを推進することとした。