2024年 期末試験 出題概要(3)6番から7番
(正誤問題)とは,記述されている文章が正か誤かを判断する問題
(記述問題)とは,問いに対し,自分で説明をして答える問題
(その他)空欄補充,化学反応式を書く,対象の化学種を答える,などの問題
6番 第11回,第12回(錯体に関する問題)
問1.(その他)内部軌道錯体,外部軌道錯体に関する問題,結晶場理論に関する問題
まずは,結晶場理論の理解が前提である.(第11回プリント25-28およびテキスト該当箇所).そして,錯体が形成される時,d軌道の縮重が解けて軌道の分裂が起こるということであった.例えば,d6錯体であるCo3+の錯体(6配位八面体形錯体)では,内部軌道型錯体と外部軌道型錯体の2種類がある(第12回プリント1-4).内部軌道型錯体(d2sp3)は,低スピン型錯体である.よって反磁性である.また,外部軌道型錯体(sp3d2)は高スピン型錯体であり,常磁性である.すなわち,常磁性か反磁性かがわかれば,結晶場分裂における,d軌道の電子配置がわかる.結晶場分裂のパターンが書け,t2gグループとegグループを区別でき,高スピン,低スピンの定義がわかっていて,d軌道の電子の占有状態が書け,そこから,磁性があるかないかを判断できるようにする.不対電子が1個でもあれば常磁性,不対電子がなければ反磁性である.2019年6番問2の問題で,これらを再確認しておく.なお,Co3+の錯体がd6錯体であることは,今回は問題文に記載してある.
類似問題: 2019年6番問2(この問題が解ければ良い.2013年期末試験7番問2も同じ問題),あとは,同じような出題範囲の問題としては,2023年8番問3,2018年4番問1,2016年7番
問2.(その他)d-d遷移に関する問題
錯体の着色理由を説明する際,淡い色を呈する水溶液を与える場合,殆どは,d-d遷移で説明がつく(第11回プリント29,30).d-d遷移は,d0錯体やd10錯体では起き得ない.よって,これらの金属錯体は,無色であると考えられる.d10錯体を形成するイオンとしては,Cu+やZn2+がある.d10錯体であるCu+やZn2+の錯体の多くが無色である.なお,Zn2+は,sp3混成をとれば四面体型の4配位錯体を形成し,sp3d2混成をとれば,6配位の八面体形錯体を形成する.いずれの錯体においても,内部のd軌道は電子10個で埋まっているため,Zn2+の錯体は,d-d遷移を起こさない.
類似問題:テキストp.154章末問題14番,2024年8番問4,2018年4番問2(ただし,記述式問題ではないので,d-d遷移が観察されない場合を理解しておく),
例えば,以下のような問題が解ければ良い.
「以下の錯体のうち,d-d遷移が観察されないものをすべて選べ.
(A) [Zn(NH3)4]2+ (B) [Zn(CN)4]2- (C) [CuCl4]3- (D) [Zn(en)3]2+
ただし,必要ならば,以下のデータを用いよ.
分光化学系列:CO > CN- > NO2- > en > NH3 > H2O > OH- > F - > Cl - 」
(余談)硫酸鉄(III)の水溶液に,KSCNを固体で加えると,濃赤色に発色する反応は,高校化学でFe(III)検出のところで記憶しなければいけないものであった.この着色は,d-d遷移によるものではなく,LMCTによるものである.LMCTは,中心金属イオンの酸化数が高く,配位子が陰イオン性のもので電子を流しやすいものの組合わせでおこりやすい遷移で,CTは濃い発色を示す原因となる.
問3.(その他)CFSE(結晶場安定化エネルギー)に関する問題
CFSE(結晶場安定化エネルギー)を求める問題.例えば,
「低スピン型の正八面体型d5錯体のCFSE(結晶場安定化エネルギー)を,Δo(結晶場分裂エネルギー)とP(スピン対生成エネルギー)を用いて記せ.ただし,安定化を+,不安定化を-として記せ.」
と問われれば,答えは,「2Δo-2P」(これが理解できれば良い)
高スピンと低スピンでの電子の収容形式をまず把握し,t2g軌道とeg軌道に電子がいくつ収容されているかを見る.t2g軌道の電子がx個入っていれば+(2x/5)Δoだけ安定し,eg軌道に電子がy個入っていれば,-(3y/5)Δoだけ不安定化する.最後に,スピン対がz組あれば,-zPだけ不安定化する.よって,CFSE(結晶場安定化エネルギー)= +(2x/5)Δo-(3y/5)Δo-zPとなる.
類似問題:(たぶん)なし,関連するのは2022年7番問3
問4.(その他)錯体の幾何異性体に関する問題
中心金属イオンと配位子の組成が同じで,配位子の空間的配置が異なるものを幾何異性体と呼ぶ.
八面体型6配位錯体において,[MX3Y3] (M = metal ion, X = Y = monodentate ligand, X≠Y)の場合には,幾何異性体が存在する.[Al(OH)3(H2O)3]には,fac-,mer-(これらの名称を問うことはない)の幾何異性体が存在する.一度,各々の異性体の構造式を書いてみると良い.
また,平面4配位錯体で,[MX2Y2](X,Y = monodentate ligand, X≠Y)の場合にも,幾何異
性体が存在する(cis-, trans-).[MX2Y2]の化学式のみでは構造式は一義的に決まらないので,構造を一義的に表したい場合は,化学式の前に,シス(cis)あるいはトランス(trans)の記号をつけて表す.例えば,[PtCl2(NH3)2]には,幾何異性体(cis-, trans-)が存在する.
また,平面4配位錯体で,[MX2](X = bidentate ligand)の場合にも,幾何異性体が存在する場合がある.例えば,[Cu(gly)2]には,幾何異性体が存在する.
しかし,例えば,[CuCl2(en)]には,幾何異性体は存在しない.2座配位子のエチレンジアミンは,Cu2+をまたいで,トランス位置で配位することができないからである.
例えば.
「次の4つの錯体のうち,幾何異性体が存在するものをすべて選べ.
(A) [Cu(en)2]2+ (B) [CuBr2(en)] (B) [Al(OH)3(H2O)3] (C) [Cu(gly)2] 」
という問題がわかれば良い.
→2022年期末試験7番問1を上記の形に直した問題.
問5.(その他)トランス効果に関する問題
錯体の配位子交換反応において,ある配位子が,そのトランス位置にある配位子を置換され
やすくする(反応活性にする)効果を,トランス効果という(第13回プリント1,2).
トランス効果は経験則ではあるが,錯体の反応性を予測する際には役立つ.トランス効果が
最もわかりやすい例は,シスプラチンとトランスプラチンの作りわけである.この例が理解できれば,配位子が異なる場合でも,トランス効果を考慮した反応生成物が推定できることになる.
今一度,トランス効果について見直しておく.なお,配位子の種類によるによるトランス効
果の大小は覚える必要はなく,問題用紙に与えられている.
類似問題:2023年9番問8,2022年7番問5(このタイプの問題を出題,この問題が解ければ良い.第13回プリント29問1はこれと同じ問題),2019年7番問2,2017年9番問2
問6.(正誤問題)配位子(クラウンエーテル),キレートの安定性に関わる要因,逐次生成(安定度)定数に関する正誤問題.
扱っている内容:
a.クラウンエーテルは,大環状のエーテル化合物である.よって,酸素原子を有し,配位子となりうる.18-crown-6は,6個の酸素原子を,有し,酸素原子が持つローンペアを,内孔に向けて供与できる能力がある分子である.すなわち,18-crown-6は6座配位子として機能することができる.(第12回プリント18)このことを知っていれば良い.なお, 18-crown-6の18は,水素原子を除いた,環を構成する全原子数であり,6は,そのうちの酸素原子の数である.問題文には,クラウンエーテルの構造は与えられない.
b. キレート化合物の安定性に及ぼす影響について,第12回で学習した.キレート環の数,キレート環の大きさなどが,キレート化合物の安定性に影響を及ぼす.たとえな,キレート環の大きさが及ぼす影響は,「配位子の種類に関係なく,一般に,三員環<四員環<六員環<五員環である.」これは,キレート間のひずみの程度に基づく.(第12回プリント17)この点をもう一度見直しておく.
c. 錯体の生成反応において,逐次平衡定数(あるいは逐次生成定数)という用語が出てきた.例えば,4段階の平衡反応によって配位子交換反応が起こる時,逐次平衡定数Kの大きさは,最初の平衡反応のものが最も大きい.すなわち,K1>K2>K3>K4である.この点をもう一度見直しておく.(第12回プリント10,11)
類似問題:2023年期末試験8番問1a, b,2023年期末試験2番問2c
7番 第13回(シスプラチンに関する問題)
以下の文章中の,下線部①から⑤が答えられれば良い.(その他)
シスプラチン(cis-diamminedichloridoplatinum (II))は1970年代に開発され,抗がん剤として臨床使用が開始された白金錯体である.平面4配位の白金錯体であるシスプラチンを構成するPt2+はd軌道に電子が8個存在する.①結晶場理論からPt2+のd軌道の分裂パターンと電子配置が書けるようにする.(第13回プリント7-10)
類似問題:2023年期末試験9番問6
1980年代半ばにシスプラチン(cisplatin)の構造類似体であるカルボプラチン(carboplatin)が承認され,腎毒性などを殆ど示さないことを特徴としており,シスプラチン特有の副作用を抑えたプラチナ系抗がん剤として使用されている.1990年代半ばには,オキサリプラチン(oxaliplatin)とネダプラチン(nedaplatin)が登場した.オキサリプラチンは腎毒性を示さないこと,シスプラチンに耐性を示す腫瘍にも一部効果を表すことが報告され,次世代の白金系抗がん剤として期待された.日本では2005年に承認され,大腸がん化学療法の標準療法に組み入れられている.現在,我が国では,ミリプラチンを含めた5種類が臨床使用されている.これらプラチナ系抗がん剤は,白金に,labileな脱離基と,inertな配位子がシス配置で結合した白金錯体である.これら白金錯体は,細胞内においてlabileな脱離基がH2O(アクア)と配位子交換して活性体となり,1,2-架橋で結合することにより,DNAの構造にひずみが生じ,最終的に細胞はアポトーシスに導かれ,その結果,抗腫瘍活性を示すことになる.
このように,シスプラチンは,細胞内で,活性体になるためのアクアによる配位子交換を受けるが,②なぜ,細胞外では,アクア化されにくいのか,を理解しておく.(第13回プリント12)そして,③シスプラチンの細胞内での配位子交換はどのような機構で進行するのか,すなわち,会合機構なのか解離機構なのかを理解しておく.(第13回プリント21)さらに,シスプラチンが細胞内で活性体となった後,DNAに④1,2-架橋で結合するが,この架橋は,核酸塩基であるGやAのどの原子がPt2+に対して電子対を供与するのか,原子とその位置番号を知っておく.(第13回プリント20)
類似問題:2023年9番問2,問4,問5など.なお,シスプラチンに関しては,毎年出題しているので,過去問を参照のこと
シスプラチン,カルボプラチン,ネダプラチンは,labileな脱離基が異なるものの共通のinertな配位子を有することから、⑤細胞内で同じ活性体となる.その活性体の構造式が書けるようにしておく.(特に錯体全体の電荷には注意すること)
以上,100点満点で採点.60点以上で単位認定.再試験は行わない.
試験日は,7月26日(金)第4限
2103教室
なお,60点未満で単位不認定となったもので,得点が50点以上かつ無断欠席のないものは,第12回プリント24の2つの問題を回答し,レポートとして提出することにより単位を認定する.