「幸福の追求」とユートピア思想―合衆国における理想郷への眼差し
2016年2月10日から18日までの間にアメリカのアリゾナ州のユートピアと言われる実験都市であるアーコサンティ The Urban Laboratory(NPO)で現地調査を行った。出発以前、アーコサンティは新しい生活を代表するプロトタイプであろうか、アーコロジー(生態学と建築の混合語)を提唱するアーコサンティに住んでいることで新たな男性像と女性像が必要とされるのか、といった疑問を持ちながら砂漠気候のアリゾナ州へ旅を立った。今回の研究テーマは、ユートピア社会の中における「ハーモニー的な関係」、特に「自然と人間」と「建物と人間」に焦点を与えて調査を行った。
現地調査について、まずアーコサンティについて簡単に説明したい。アーコサンティは1970年にパオロ・ソレリというイタリア人建築家が提唱した実験都市である。そこには、アーキテクチャーとエコロジーから生まれた「アーコロジー」という理論が根底にあるそうである。パオロにとって都市は「生物体」である。彼のアーコロジー理論は、人口を一つの場所に密集させることで、車の移動といったエネルギーの無駄遣いをなくし、ソーラーや風力による自己発電で環境を保護しながらサスティナブルな生活を送るというものである。アーコサンティはアーコロジー理論を具現化したものであり、最終的にはそこで5000人が生活できるような都市を理想としているそうであるが、資金によって現在は計画の一部しか完成していなくて、今も建設中である。アーコサンティは施設ツアー、ワークショップの授業料、「ソレリ・ウィンドベル」の売り上げや募金によって運営されている。「ソレリ・ウィンドベル」は元々、アーコサンティ建設前にパオロが銅やセラミックを原料として 作り出した独特な質感を持つ風鈴であり、現在は入居者が制作している。現在、ここでは約100名が生活している。ゲストハウスのほか、カフェ、プール、イベント広場、ソーラーや風力発電の設備、グリーンハウス、ギャラリー、ベル(風鈴)の制作工房、展望台などがある。更に、コミュニティの人と良い関係を結ぶと、コミュニティの図書館、事務室、キャンプ場、キチン、活動の場なども見られた。
2016年現在、入居者の手によって進められているアーコサンティの建設はかなりのスローペースであり、温室、アトリウム、ギャラリー、サイバースペースといった複合巨大施設の建設をはじめ壮大なパオロの理想図が完成するのは遠い未来らしい。だが、これこそがアーコサンティを一つの理想郷に例える理由となる。なぜなら、ここでは常に希望が満ちている場、完結のない場だからである。ここで現地に生活している人にインタビューした結果を思い出す。25歳のピーター様はここで7ヶ月住んでいた。大学で建築専攻をしていた彼はある日その場を離れて車で一人旅を立ち始めた。理由はこの資本主義の社会に不満を持っているからである。一ヶ月間で車の中に住んでいた彼はアーコサンティに到着、見学のツアーを参加した後、そこで生活してみることを決めた。アーコサンティにいる彼は自分の手で作りつつ生き、生きつつ作るができる。ここにいるピーターは自分なりの「ユートピア現実」をつくり出すことができたため、彼の顔が輝いているように見える。「自己の時間の中で熟成するものには、ただ永遠があるだけだ」というように、ソレリのアーコサンティは幻想のように生きつつ作り、作りつつ生き、永遠の完成を見ないユートピアである(玉川 2003)。
元々ユートピアは、ギリシア語の “ou”(無い)と “topos”(場所)に、 “eu”(良い)という接頭語をかけて「どこにもない素晴らしい場所」を意味する言葉なので、非現実の世界にしか存在し得ない場だと分かる。これに関して、ソレリが以下のように述べている。
“Utopia is, by now, a naïve scenario for a perfect community. Our minds can accept utopia only if it accepts a model of reality in which goodness, love and beauty are there for the taking. Utopia is the purification of emptiness.” (69)
現代社会に生きている我々は自然と接する機会が減っていくのに対して、自動車や建物といった人工物の中で過ごす時間が増えつつある。また、インターネットの普及により、人間同士の直接的な交流 (face to face communication) ができなくなるという問題が深刻となってきた。こういった現象によって人々の内側には 五感の鈍化や空虚感・孤独感の増大などの問題が顕著に現れた。ところが、アーコサンティではこういった問題は一切見えない。「人間と空間」、「人間と自然」のバランスを大切にしているソレリはこの実験都市の建設に大きな工夫をした。生物学的アナロジーの多いアーコサンティは有機的建築だと思われる。有機的建築とは、周囲の自然と調和し溶け合っている建築のことである。全ての部屋の中には南向きの窓や天井にガラス窓が設置されているため、昼では暖かい日光や青い空、夜では沢山の星が見られるため、心が癒される。また、仕事の場は半円形の屋根が建てられているため、仕事をしながらサボテン、山、川、青い空が見られることによって、自然的なエネルギーを吸収することができる。自然的なエネルギーに満ちあふれることにより、脳が活性化され、気持ちも落ち着くこともできる(人間と自然の調和)。こうして自然のエネルギーを吸収した人は人間関係においてより簡単に絆の結ぶことができ、人間同士の調和に大きな影響を及ぼす。このように、調和的効果のある景観を提出することに努める建築との結合を目指すソレリの思想は現代のユートピアだと考えられる。
また、アーコロジーの思想を基盤としているアーコサンティは20世紀において資本主義文明の王座につくアメリカン・ドリームの脱構築に重要な役割を果たす。アメリカン・ドリームとは個人の社会的地位の向上、つまり誰でも努力次第で地位も富も手に入れられると信じることである。したがって、家の所有権、伝統的な結婚、お金の追求、といったことが人生の中心とされる。ところが、アーコサンティにおいて誰でも土地(財産)の所有権を持たない。土地の所有権と地位の向上が深く繋がっていることを知っているソレリが例えリーダーであってもアーコサンティの土地・資源を買うことができないと規定した。「より速く、より高く、もっと」という社会的発展の理想とは異なって、アーコサンティは「ゆっくり、平等、持続可能」を進めている。ここでアーコサンティは反資本主義ユートピアのためのユートピアであると考えられる。
以上論じていたのは「自然と人間」における調和的な関係である。続いて、「建物と人間」における調和的な関係について論じたい。アーコサンティの最大の特徴として円形の窓と細高い地中海ヒノキが挙げられる。円形は女性性、宇宙、曼荼羅、生を象徴するに対して、地中海ヒノキは男性性、ファルス、死といった象徴性を持っている。したがって、アーコサンティは生と死、女性性と男性性、子宮と男根の組み合わせによって構築された陰陽性のある建物である。普段私達は建物がどのような影響を与えるかということをあまり意識しないままに歩き、生き、行動している。しかし実際の場合、建物は「良い」又は「悪い」エネルギーを作るのである。私達は良い気分でいられる場所で過ごすと、人に親切になり、前向きな種類のエネルギーを作る。建物のデザインは必ず人間の無意識、そして感情の主である潜在意識を影響させ、それによって私達の現実に影響するのである。もし建物にエネルギーが不足していると、人の意識が向かないので、そのデザインは「陰」の状態をつくる活動的なエネルギーが不足する環境となる。よく見れば、アーコサンティのデザインはより女性性向けであることが分かる。それはアリゾナの砂漠気候と深く関係していると考えられる。日の強いアリゾナでは陽気が満ちているため、建物は陰気向けにしないとバランスが崩れてしまう。また、建物に視覚的魅力が欠けていると、私達の意識は引きつけられない。そのため、壮大な円型の屋根や窓が建てられたのであろう。以下の図をご覧ください。私はそこに立つ度にある種の感情が涌き上がり、「何かを作りたい」というモチベーションを持つようになる。要するに、この建物の形が私の心に感情を湧き立たせ、私の潜在的創造力を引き出す働きを持っていると思える。
今回の現地調査を通じて「自然と人間」、「建物と人間」における調和的な関係について貴重な学び・気づきを得た。特に「自然エネルギー」、「建物のエネルギー」、「人間のエネルギー」の大切さを分かるようになった。
参考文献:
Soleri, Paolo. Arcosanti: an urban laboratory?. Singapore: Vti Press, 1987, 1983.
Vukadinovic, Jelena. Role of Women in Utopian and Dystopian Novels. Germany: Grin Verlag, 2009.
『生態建築論』 パオロ・ソレリ著 工藤国雄訳 彰国社
「アーコサンティ(Arcosanti)パウロ・ソレリのアーコロジーによる実験場(コミュニティ)」 玉川和正 建築・都市研究所 2003年