「アウシュヴィッツ以後」の世界で我々は、なおも批判の規範的前提を見出すことはできるのだろうか。本報告では、批判理論を代表する思想家の一人であるTh・W・アドルノの社会批判の中に規範的契機を探ることでこの問いへの回答を試みたい。
アドルノに関しては、哲学的主著である『否定弁証法』(1966)のタイトルが示す通り、「否定主義」の哲学者というイメージが広く共有されているのではないだろうか。アドルノは、M・ホルクハイマーとの共著『啓蒙の弁証法』(1947)において、啓蒙の自己破壊的性格を明らかにしたことで知られている。同書に対しては、理性を道具的理性と同一視したことによって、理性に対する希望を放棄してしまったという批判が批判理論の外部だけでなく内部からも行われてきた。たしかに、『ミニマ・モラリア』(1951)における「偽りの中に正しい生はない」という有名な文言も「否定主義者」というイメージを裏付けているようにも思える。
J・ハーバーマスが『近代の哲学的ディスクルス』(1985)の中で、『啓蒙の弁証法』を「最も黒い本」と表現したことに代表されるように、少なくとも批判理論の主流派のアドルノ解釈においては、上記のような「否定主義者」としてのアドルノ像は定式化してきたと言っても過言ではないだろう。
しかし、アドルノが世界全体を偽りと見なし、規範的な基準を放棄していたという解釈には、議論の余地が残されているのではないだろうか。C・アルブレヒトらの研究が明らかにしているように、アドルノは、理論家として社会の矛盾を厳しく指摘しつつ、一方では、公的な知識人として戦後西ドイツの知的基盤づくりに大きな役割を果たしてきた。否定主義的な解釈をとる場合、こうしたアドルノの二つの側面は、矛盾するものに見えてしまう。
しかしながら、近年、M・ゼールに代表されるように、アドルノの否定哲学の核心に肯定性を読み取ろうとする研究が現れだしている。本報告では、こうした先行研究に示唆を受けつつ、アドルノの批判の中により良い未来へ向けた可能性を読み取ることを目指したい。