Aspergillus fumigatusにおけるフコース特異的レクチン:その結合様式と免 疫応答への影響
Fucose-specific lectin of Aspergillus fumigatus: binding properties and effects on immune response stimulation.
Sakai K, Hiemori K, Tateno H, Hirabayashi J, Gonoi T.
Med Mycol. (2019) 57(1):71-83.
【PubMed】
【要約】Aspergillus fumigatusはアスペルギルス症の主な原因菌であり、感染・播種のメカニズム解明のために様々な研究が行われている。本研究ではA. fumigatusのフコース特異的レクチン(AFL)についてその性質と感染への関りを調べている。AFL破壊株をマウスに感染させたところ、野生型株と比較してマウスの生存率が優位に下がり、AFLが病原性に負の影響を持つことが示唆された。しかし、A. fumigatusにおいてはAFL破壊による表現型に大きな差は見られなかった(ストレス耐性、細胞接着率、マクロファージ貪食耐性)。またAFLは細胞内に局在し、分泌されていないことが分かった。一方で、抽出したAFLタンパク自体は宿主細胞に接着し、免疫反応を誘発することが示された。以上のことから、AFLが貪食によって分解されたA. fumigatusから放出されることで宿主の免疫を活性化し、A. fumigatusの排除を促進する働きをしているのではないかと考えられる。
(作文:酒井)
転移因子がもたらす植物病原真菌Colletotrichum higginsianumゲノムの可塑性
Genomic Plasticity Mediated by Transposable Elements in the Plant Pathogenic Fungus Colletotrichum higginsianum.
Tsushima A, Gan P, Kumakura N, Narusaka M, Takano Y, Narusaka Y, Shirasu K.
Genome Biology and Evolution (2019) 11:1487-1500
【PubMed】
【要約】宿主植物との共進化の中で、植物病原体はゲノムを変化させ、病原性因子であるエフェクターに新たな変異を獲得し続ける必要がある。本研究では、クローンで増殖すると考えられている植物病原真菌Colletotrichum higginsianum (Ch)のゲノム変異獲得機構を解明するため、Ch日本株の染色体レベルのゲノムアセンブリを取得し、Ch トリニダード・トバゴ株のゲノムアセンブリとの比較解析を行った。その結果、2菌株の間に 1 Mb以上にわたるゲノム構造変異や特異的なエフェクター候補遺伝子が存在し、これらの変異が転移因子(TE)と関連していることを明らかにした。さらに、Chのゲノムがエフェクター候補遺伝子を含むTEが多い領域と、ハウスキーピング遺伝子を含むTEが少ない領域に分けられることも見出した。以上より、Chのゲノム変異獲得にTEは重要な役割を有しており、TEによるゲノムの区画化はハウスキーピング遺伝子を保持しながらエフェクター遺伝子の急速な進化を可能にしていると考えられた。
(作文:津島)
ヒト病原性真菌Aspergillus fumigatusの新規細胞壁LysM-domainタンパク質LdpAおよびLdpBの特徴
Characterisation of novel-celll-wall LysM-domain proteins LdpA and LdpB from the human pathogenic fungus Asprgillus fumigatus.
Muraosa Y, Toyotome T, Yahiro M, Kamei K.
Sci Rep. (2019) 9, 3345.
【PubMed】
【要約】植物病原性真菌では、キチン結合性のLysM-domainタンパク質(LysMエフェクター)を細胞外に分泌し、宿主の防御機構を撹乱・抑制していることが知られている。しかし、ヒト病原性真菌では、これらの機能および病原性への関与は不明である。そこで本研究では、ヒト病原性真菌であるAspergillus fumigatusのLysM-domainタンパク質A (LdpA)とB (LdpB)の遺伝子欠損株(ΔldpA株, ΔldpB株)および遺伝子二重欠損株(ΔldpA/B株)、GFP融合タンパク質発現株(GFP-LdpA株, GFP-LdpB株)を作成し、両分子の機能解析と細胞内局在解析を行った。さらに、侵襲性肺アスペルギルス症モデルマウスを用いた病原性解析を行った。ΔldpA株, ΔLdpB株およびΔldpA/B株では、細胞壁キチン含有量、細胞壁の完全性、菌の形態、成長速度、に対する影響は認められなかった。細胞内局在解析では、LdpAおよびLdpBは細胞壁および細胞外基質に局在することが明らかになった。しかし、侵襲性肺アスペルギルス症モデルマウスを用いた病原性解析では、ΔldpA/ B株感染マウスと野生型株感染マウスの間で生存率に有意な差は認められなかった。A. fumigatusと宿主の相互作用におけるLdpAおよびLdpBの機能を明らかにするには、さらなる研究が必要である。
(作文:村長)
高度に保存された糸状菌のエフェクターは植物の免疫キナーゼを攻撃することでPAMP誘導免疫を抑制する
Conserved fungal effector suppresses PAMP-triggered immunity by targeting plant immune kinases.
Irieda H, Inoue Y, Mori M, Yamada K, Oshikawa Y, Saitoh H, Uemura A, Terauchi R, Kitakura S, Kosaka A, Singkaravanit-Ogawa S, Takano Y.
Proc Natl Acad Sci USA. (2019) 116(2): 496-505.
【PubMed】
【要約】植物病原糸状菌は多くの病原性因子(エフェクター)を分泌し、宿主植物の防御反応を抑制する。本研究では、広範囲の病原糸状菌に高度に保存されたコアエフェクターNIS1が、植物の病原体関連分子パターン(PAMP)誘導免疫の中心キナーゼBAK1およびBIK1の機能を阻害することを明らかにした。NIS1はベンサミアナタバコのPAMP誘導免疫であるINF1細胞死と活性酸素種生成を抑制するが、NIS1はBAK1およびBIK1と結合し、自己リン酸化活性およびBIK1-NADPH(活性酸素生成酵素)間相互作用を阻害していた。シロイヌナズナのbak1およびbik1変異体では炭疽病菌に対する抵抗性が低下し、さらに、イネいもち病菌のNIS1遺伝子破壊株は宿主植物に対する病原性の劇的な低下を示した。以上より、病原糸状菌はコアエフェクターNIS1により植物の病原体認識の中枢を攻撃することで宿主の防御反応を抑制すると考えられた。
(作文:入枝)
ヒト病原糸状菌Aspergillus fumigatus胞子の肺胞上皮細胞への付着因子
Aspergillus fumigatus adhesion factors in dormant conidia revealed through comparative phenotypic and transcriptic analyses
Takahashi-Nakaguchi A, Sakai K, Takahashi H, Hagiwara D, Toyotome T, Chibana H, Watanabe A, Yaguchi T, Yamaguchi M, Kamei K, Gonoi T.
Cell Microbiol. (2018) 20(3):e12802.
【PubMed】
【要約】A. fumigatusはアスペルギルス症の原因菌であり、肺から全身に感染する。肺胞上皮へのA.fumigatus胞子の付着は感染の第一段階であるが、付着因子に関する研究例は少ない。はじめに、複数の菌株について胞子の形態などの表現型と付着率との比較を行ったところ、直径が小さい、疎水性や着色が不十分であるといった、胞子の完成度の低い菌株において付着率が低い傾向がみられた。次に、ヒト肺胞上皮細胞A549への付着率が高い株と低い株を4株ずつ選出し、胞子形成時のmRNA発現量を比較解析した。付着率の高い株で胞子形成時に発現が上昇する遺伝子群を同定し、付着関連候補遺伝子22個を新たに見出した。一部の遺伝子について欠損株を作成したところ、付着率の低下に加えて胞子表面のspike構造の減少などが実際に観察された。
(作文:髙橋(中口)梓)
超低濃度酢酸がイネいもち病菌の細胞分化を促進する
Extremely low concentrations of acetic acid stimulate cell differentiation in rice blast fungus
Kuroki M, Shiga Y, Narukawa-Nara M, Arazoe T, Kamakura T.
iScience. (2020) 23 (1), 100786.
【PubMed】
【要約】多くの病原微生物は代謝のスイッチング機構を備えることで、栄養が制限された環境を生き抜いている。グリオキシル酸経路は微生物や植物に保存された経路で、TCA経路よりもエネルギーの消費を抑えながら脂肪酸の代謝を行うことができる。本論文ではイネいもち病菌が植物への感染時にグリオキシル酸経路を利用している可能性について言及している。いもち病菌はキチン脱アセチル化酵素Cbp1をもっており、植物への感染時にはこのCbp1のはたらきにより自身の細胞壁がキチンからキトサンへと変換されることが報告されている。本論文では、キトサンへの変換時に遊離する酢酸に着目している。酢酸を外部から添加することでcbp1の欠損による形質が回復し、その回復がグリオキシル酸経路を介して起こることが示唆された。今後は、グリオキシル酸経路がどのように植物への感染に関与するのかを研究していくことで、植物病原菌における新たな代謝のスイッチング機構が解明されることが期待される。
(作文:黒木)
クロラムフェニコールはイネいもち病菌においてセリンスレオニンフォスファターゼを介して付着器形成を阻害する
Chloramphenicol inhibits eukaryotic Ser/Thr phosphatase and infection-specific cell differentiation in the rice blast fungus
Nozaka A, Nishiwaki A, Nagashima A, Endo S, Kuroki M, Nakajima M, Narukawa M, Kamisuki S, Arazoe T, Taguchi H, Sugawara F, Kamakura T.
Sci Rep. (2019) 26;9(1):9283.
【PubMed】
【要約】古典的な原核型抗生物質であるクロラムフェニコール (Cm) に、真菌であるイネいもち病菌 Magnaporthe oryzae の付着器形成への特異的な阻害効果がみられた。イネいもち病菌のゲノムDNAライブラリーとファージディスプレイを組み合わせた網羅的な標的スクリーニングと変異株解析の結果、Cmは Ser/Thr phosphatase であるMoDullardに結合し、MoDullardの機能を抑制することで付着器形成を特異的に阻害することが示された。そして興味深いことに、ヒトにおけるMoDULLARDホモログのうちのひとつCTDSP1は、modullard欠損株において発現させると付着器形成能を回復させ、CmはCTDSP1により相補された付着器形成にも阻害効果を示した。以上の結果から、真菌およびヒトにおける薬剤の新規標的分子を、イネいもち病菌の付着器形成を指標としたユニークな標的分子探索系によって同定し、付着器形成に関係する新規細胞内因子を見出した。
(作文:野坂)
宿主特異性決定因子の機能喪失によるコムギいもち病菌の進化
Evolution of the wheat blast fungus through functional losses in a host specificity determinant
Inoue Y, Vy TTP, Yoshida K, Asano H, Mitsuoka C, Asuke S, Anh VL, Cumagun CJR, Chuma I, Terauchi R, Kato K, Mitchell T, Valent B, Farman M, Tosa Y.
Science. (2017) 357 (6346):80-83.
【PubMed】
【要約】 今、コムギいもち病が大きな問題になっている。本病は、1985年ブラジルで出現したコムギいもち病菌(以下コムギ菌)によって引き起こされる。本論文では、本菌の進化機構の解明を試みた。まず、近縁のライグラス菌の非病原力遺伝子PWT3を破壊するとライグラス菌がコムギに病原性を獲得することを明らかにした。一方、PWT3を認識する抵抗性遺伝子Rwt3のコムギ集団における分布調査したところ、一般的にコムギはRwt3を保有しているが、1980年代初頭のブラジルにおいて、Rwt3を保有しない品種が奨励品種となり、広く栽培されたことが判明した。このことから、このRwt3非保有品種にライグラス菌が寄生し、増殖する中でPWT3に機能欠失変異が起こってRwt3保有品種に対する病原性をも獲得し、最終的に全コムギ品種に病原性を示すコムギ菌が成立したと考えた。このモデルは、Rwt3非保有品種がホストジャンプの springboard(跳躍板)になったことを示している。換言すれば、Rwt3非保有品種の栽培という人間の行為が、コムギいもち病菌の出現を促したということになる。
(作文:土佐)
植物病原性糸状菌に細胞壁表層へのα-1,3-グルカン蓄積を誘導する植物因子
Lutein, a Natural Carotenoid, Induces α-1,3-Glucan Accumulation on the Cell Wall Surface of Fungal Plant Pathogens.
Otaka J, Seo S, Nishimura M.
Molecules. (2016) 21:980. doi:10.3390/molecules21080980.
【PubMed】
【要約】 糸状菌の細胞壁構成多糖の1つであるα-1,3-グルカン(αG)は植物にとっては難分解性である。病原性糸状菌は感染時にαGで細胞壁表層を覆うことにより、抗菌酵素の分泌などの植物の防御応答から菌体を保護する。
多犯性炭疽病菌Colletotrichum fioriniaeを用いてαGの表層への蓄積を誘導する植物因子の探索を行ったところ、緑色植物の光合成関連カロテノイドであるルテインが強い誘導活性を示した。ルテインに近い化学構造を持つβ-カロテンにはαGの蓄積誘導活性がないことから、これらの化学構造の違いを本菌が認識していることが示唆された。ルテインによりαGの蓄積が誘導された本菌の細胞壁は植物の抗菌酵素に対して耐性になる。ルテインは他のColletotrichum属菌やイネゴマ葉枯病菌Bipolaris oryzaeに対しても誘導活性を示したが、イネいもち病菌Magnaporthe oryzaeには活性を示さなかった。以上から病原性糸状菌は感染過程で特定の植物因子を認識するとαGで細胞壁を保護して植物免疫に備えると考えられる。
(作文:西村)
イネ科植物いもち病菌のヒストンリジンメチル基転移酵素 MoSET1 は感染器官形成における大規模な遺伝子発現を制御する
MoSET1 (Histone H3K4 Methyltransferase in Magnaporthe oryzae) Regulates Global Gene Expression during Infection-Related Morphogenesis.
Pham KT, Inoue Y, Vu BV, Nguyen HH, Nakayashiki T, Ikeda K, Nakayashiki H.
PLoS Genet. (2016) 11:e1005385. doi: 10.1371/journal.pgen.1005385.
【PubMed】
【要約】 イネ科植物いもち病菌ゲノムにはヒストンリジンメチル基転移酵素のホモログが8個存在する。遺伝子破壊株の解析から、これら8個の中でMoSET1と命名されたH3K4のメチル化を担う遺伝子が、同菌の感染器官形成に最も大きな影響を与えることが明らかとなった。野生株と比較してΔmoset1では、付着器および胞子形成率が約5%および1%に低下し、宿主植物への感染性も失った。RNA-seqおよびChIP-seq解析の結果、付着器形成時に発現変動する4,077個の遺伝子とH3K4me3レベルが変動する621個の遺伝子が同定された。発現変動する4,077個の内、2,083個の遺伝子はΔmoset1でその変動が見られなくなることから、これらの発現変動は直接あるいは間接的にMoSET1が制御しているものと考えられた。以上の結果は、MoSET1を介したクロマチン修飾がいもち病菌感染器官形成において極めて重要な役割を果たしていることを示している。
(作文:中屋敷)
ウリ類炭疽病菌はGAP複合体およびGTPaseを介して細胞周期G1/S期進行を制御して植物侵入を確立する
Colletotrichum orbiculare regulates cell cycle G1/S progression via a two-component GAP and a GTPase to establish plant infection.
Fukada F, Kubo Y.
Plant Cell. (2015) 27:2530-2544. doi: 10.1105/tpc.15.00179
【PubMed】
【要約】 糸状菌の形態形成は適切な細胞周期制御に基づいて行われる。本研究では、ウリ科植物を宿主とするウリ類炭疽病菌において、植物感染の際に細胞周期のG1期からS期への進行を制御し、植物感染を成立させる因子を発見した。まず、これまでに多数取得されていた炭疽病菌のランダム遺伝子破壊株の中から、顕著に植物への感染能の低下を示す1つの変異株に着目し、その変異遺伝子をBUB2と命名した。bub2破壊株は細胞周期のG1期からS期への移行時期が顕著に早期化しており、酵母ツーハイブリッドおよび遺伝子不活化株の解析により、Bub2はBfa1とGAP複合体を形成し、GTPase Tem1を介してG1/S期進行を制御することが示された。これらの遺伝子破壊株は感染器官を形成する細胞骨格の動態が異常となり、植物への防御応答を誘導することで植物感染能が低下した。よって、Bub2/Bfa1複合体はTem1を介してG1/S期の進行を制御し、この適切な細胞周期制御が植物病原菌の感染に必須であることが示された。
(作文:深田)