プロセッシブセルラーゼの収斂進化
Convergent evolution of processivity in bacterial and fungal cellulases.
Uchiyama T, Uchihashi T, Nakamura A, Watanabe H, Kaneko S, Samejima M, Igarashi K.
Proc Natl Acad Sci U S A (2020) 117:19896-19903. PMCID: PMC7443863. DOI: 10.1073/pnas.2011366117
【PubMed】
【要約】植物細胞壁の主成分であるセルロースは、結晶性領域と非晶質領域から構成されていますが、結晶性領域の分解は、セルラーゼのプロセッシビティ(基質であるセルロースからの解離を伴わない連続的な加水分解の程度)に大きく依存しています。Uchiyamaらの研究では、セルロース分解性細菌Cellulomonas fimi由来の4種類のセルラーゼが、様々な不溶性セルロース基質上を移動する様子を高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)を用いて観察し、そのうちの2種類(CfCel6BとCfCel48A)が糸状菌由来のセルラーゼと同様、プロセッシブに結晶性セルロースを分解することを明らかにしました。CfCel6Bのプロセッシブな移動の方向は、基質の非還元側から還元側であり、この方法で初めて観察された真菌Trichoderma reesei(TrCel7A)のプロセッシブセルラーゼCel7Aとは逆であるのに対し、CfCel48AはTrCel7Aと同じ方向に移動していました。CfCel6BとTrCel7Aを同じ基質上で混合すると、2つのセルラーゼがお互いの進行を妨げる「交通事故」が観察されました。CfCel6Bのプロセッシビティは、糸状菌由来ファミリー7のセルラーゼと同程度でしたが、同じファミリー6に属する糸状菌由来のセルラーゼよりもかなり高いことが分かりました。この結果は、結晶性セルロースの効率的な分解には、細菌が高プロセッシブな酵素としてファミリー6のセルラーゼを利用しているのに対し、糸状菌ではファミリー7セルラーゼが同様の機能を持っていることを示しています。また、糸状菌と細菌のプロセッシブセルラーゼが収斂進化し、異なるタンパク質のフォールドを利用して、類似の機能を達成していることが明らかになりました。
(作文:五十嵐圭日子)
Links
東京大学農学部のページ「蛋白質レベルの収斂進化によって微生物は結晶性セルロースを壊せるようになった」
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20200804-1.html
UTokyo FOCUSのページ「機能を追求すると自然に形は同じになる:蛋白質レベルの収斂(しゅうれん)進化によって微生物は結晶性セルロースを壊せるようになった」
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0508_00067.html
白色腐朽菌Phlebia sp. MG-60株のピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子発現抑制は、糖代謝と細胞外ペルオキシダーゼ活性の生産を改変する
Down-regulation of pyruvate decarboxylase gene of white-rot fungus Phlebia sp. MG-60 modify the metabolism of sugars and productivity of extracellular peroxidase activity.
Taichi Motoda, Megumi Yamaguchi, Taku Tsuyama, Ichiro Kamei
Journal of Bioscience and Bioengineering 127 (2019) 66-72. PMID: 30007481 DOI: 10.1016/j.jbiosc.2018.06.017
【PubMed】
【要約】Phlebia sp. MG-60はリグノセルロースから直接エタノールを生成する白色腐朽菌である。本菌株をバイオリファイナリーに応用するには、効率的な遺伝子抑制法が必要である。本研究では、RNAiを介した本菌のピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(MGpdc1)抑制の有効性を評価した。得られたRNAi導入株は、多様なMGpdc1の発現量およびエタノール生産の抑制レベルを示した。選抜された2つのノックダウン株は、異なる強度の遺伝子抑制を示し、中程度の抑制株であるKD10は、重度の抑制株であるKD2と比較して、より速くキシロースからキシリトールへと変換し蓄積した。さらに、KD2、KD10およびノックアウト株のKO77は、野生株よりも高い細胞外ペルオキシダーゼ活性を示した。この様な高効率の形質転換および遺伝子抑制効果により、複数の発現ベクターの同時形質転換が可能になり、下流の代謝経路の強化や、新たな代謝反応の導入を可能にするだろう。
(作文:元田多一)
白色腐朽菌ヒラタケにおけるgat1変異がリグニン分解能に及ぼす優性的影響
Dominant effects of gat1 mutations on the ligninolytic activity of the white-rot fungus Pleurotus ostreatus.
Nakazawa T, Morimoto R, Wu H, Kodera R, Sakamoto M, Honda Y.
Fungal Biol (2019) 123:209-217. DOI: 10.1016/j.funbio.2018.12.007
【PubMed】
【要約】白色腐朽菌は、木材中のリグニンを効率的に分解可能な生物である。このリグニン分解機構を明らかとすることは、木材中の多糖(セルロース)を利活用する際の、低環境負荷な形の新たな脱リグニン処理法の考案につながる。本研究では、Nakazawa et al. (2017) Environ. Microbiol.などに続いて、白色腐朽菌ヒラタケのリグニン分解能が顕著に低下したUV変異体の原因変異遺伝子の同定を行った。その結果、変異体UVRM22株の原因変異遺伝子として、真正担子菌に特異的なGATA型転写因子をコードする遺伝子(gat1)が同定された。遺伝解析の結果、この変異株におけるgat1-1変異(1アミノ酸変異)およびgat1破壊(相同組換えによるノックアウト)は、遺伝的優性にリグニン分解能だけでなく子実体発生開始も不全化させることが明らかとなった。
(作文:中沢威人)
白色腐朽菌 Phanerochaetesordida YK-624 における糖輸送遺伝子Pshxt1の相同発現が成長、糖消費、および好気性エタノール発酵へ与える影響
Effect on growth, sugar consumption, and aerobic ethanol fermentation of homologous expression of the sugar transporter gene Pshxt1 in the white rot fungus Phanerochaete sordida YK-624.
Mori T, Kondo O, Masuda A, Kawagishi H, Hirai H.
J Biosci Bioeng (2019) 128:537-543. DOI: 10.1016/j.jbiosc.2019.04.016
【PubMed】
【要約】本研究では白色腐朽菌Phanerochaete sordida YK-624が、低窒素源液体培地において発現するMFS糖トランスポーター(Pshxt1)を同定し、機能解析を試みた。Pshxt1の過剰発現を試みたところ、グルコース、フルクトース、マンノースおよびキシロースの消費速度は大幅に向上し、ガラクトース消費も僅かであるが優位に増加した。この結果は、Pshxt1が単糖に対して広い基質特異性を保持している事を示している。加えて、Pshxt1高発現組換株では、グルコース添加時のリグニン分解酵素マンガンペルオキシダーゼ活性が明らかに低下しており、その一方で菌糸成長、好気的エタノール産生性が改善していた。これらの結果は、一次代謝の活性化に十分な高グルコース濃度において、Pshxt1がカーボンカタボライト抑制を介したリグニン分解酵素活性抑制に関与していることを示唆している。
(作文:森)
白色腐朽菌Phlebia sp. MG-60のピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子欠損株によるパルプからグルコースの蓄積とキシロースからキシリトールの蓄積
Accumulation of sugar from pulp and xylitol from xylose by pyruvate decarboxylase-negative white-rot fungus Phlebia sp. MG-60.
Taku Tsuyama, Megumi Yamaguchi, Ichiro Kamei
Bioresource Technology 238 (2017) 241–247. PMID: 28433914 DOI: 10.1016/j.biortech.2017.04.015
【PubMed】
【要約】Phlebia sp. MG-60 はリグノセルロースバイオマスを直接エタノールに高効率で変換できる白色腐朽菌である。このPhlebia sp. MG-60の強力な発酵代謝経路を制御することにより、エタノール以外の化合物もリグノセルロースから直接生産できる可能性がある。本研究では、Phlebia sp. MG-60のピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(pdc)欠損株を用いることで、広葉樹未晒クラフトパルプからグルコースを、キシロースからキシリトールを生産することに成功した。我々はまずプロトプラスト再生株から、Phlebia sp. MG-60-P2株を安定した形質を持つ単核の野生株として選抜した。次に相同組換えによりpdcをノックアウトした株としてKO77株を選抜した。KO77株はほとんどエタノールを生産しない一方、キシロースを基質としてキシリトールを蓄積し、広葉樹未晒クラフトパルプを基質としてグルコースを蓄積した。これらの代謝物変化は、Phlebia sp. MG-60の代謝改変によりリグノセルロースから様々な化合物を直接生産できる潜在能力を示している。
(作文:津山濯)
中性子結晶構造解析により立体反転型セルラーゼ中のアミド/イミド酸互変異性を伴うプロトン伝達経路の可視化
“Newton’s cradle” proton relay with amide-imidic acid tautomerization in inverting cellulase visualized by neutron crystallography.
Nakamura A, Ishida T, Kusaka K, Yamada T, Fushinobu S, Tanaka I, Kaneko S, Ohta K, Tanaka H, Inaka K, Higuchi Y, Niimura N, Samejima M, Igarashi K.
Sci Adv. (2015) 1:e1500263. doi: 10.1126/sciadv.1500263.
【PubMed】
【要約】セルラーゼは活性中心に二つの酸性残基を持つとされています。しかし担子菌Phanerochaete chrysosporium由来の糖質加水分解酵素ファミリー45に分類される立体反転型セルラーゼ(PcCel45A)は、アスパラギン酸とアスパラギンを活性中心に持つにもかかわらず加水分解活性を示します。そこで触媒残基の水素化状態の解析を行う為に、X線だけではなく中性子も用いて結晶構造解析を行いました。中性子は原子核との相互作用で回折されるため、電子の少ない水素原子でも重水素原子への置換を行う事で炭素原子と同程度に観測する事ができます。解析の結果、活性中心のアスパラギン残基は通常のアミド型(H2N-CR=O)ではなく、互変異性であるイミド酸型(HN-CR-OH)を取っている事が明らかになりました。更に周辺の中性子散乱能マップを解析すると2つの触媒残基が水素イオンのネットワークで繋がっている様子も観測できました。即ちイミド酸型のアスパラギン残基が一般塩基触媒残基として水から水素イオンを引き抜くと同時に、一般酸触媒残基のアスパラギン酸残基がグリコシド結合への水素イオン付加を起こす事で反応していると推測されました。
(作文:中村)
Trichoderma reesei 変異株におけるbgl2の変異がセルラーゼ誘導生産に与える影響
The impact of a single-nucleotide mutation of bgl2 on cellulase induction in a Trichoderma reesei mutant.
Shida Y, Yamaguchi K, Nitta M, Nakamura A, Takahashi M, Kidokoro S, Mori K, Tashiro K, Kuhara S, Matsuzawa T, Yaoi K, Sakamoto Y, Tanaka N, Morikawa Y, Ogasawara W.
Biotechnol Biofuels. (2015) 8:230. doi: 10.1186/s13068-015-0420-y.
【PubMed】
【要約】セルラーゼ高生産性糸状菌Trichoderma reesei において、グルコースがb-1,2-結合したソホロースが極めて高いセルラーゼ誘導能を示す。ソホロースは、T. reeseiが生産するb-グルコシダーゼの糖転移活性によってセロビオースから生成すると考えられている。T. reeseiのセルラーゼ高生産変異株であるPC-3-7株は、セロビオースによるセルラーゼ生産性が強化されている。親株とPC-3-7株の比較ゲノム解析から菌体内b-グルコシダーゼ(BGLII)の遺伝子に変異が生じていることが明らかとなった。そこで、PC-3-7を宿主として変異復帰株を構築したところ、菌体内のBGL活性の大幅な回復が観察されたため、BGLIIの変異は機能欠損をもたらしていると考えられた。しかしながら、BGLIIの変異復帰に伴ってセロビオースによるセルラーゼの生産は転写レベルで低下したことから、PC-3-7株においてBGLIIは完全に機能を失ってはおらず、セルラーゼ誘導生産に有利な機能を残していることが示唆された。また、BGLII変異の効果は標準株であるQM9414株でも証明されたことから、PC-3-7株のセルラーゼ高生産性の一因がBGLIIの変異にあることが明らかとなった。
(作文:志田)
木材腐朽菌の比較オミクス解析から針葉樹分解のメカニズムにせまる
【要約】 木材腐朽菌は、自然界で最も効率良く木材成分を分解できる生物です。しかしながら、杉や檜、松などに代表される針葉樹には、テルペンや脂質などの抗菌性を持つ抽出成分が多く含まれているため、針葉樹を分解できる腐朽菌は多くありません。その中で、白色木材腐朽菌Phlebiopsis gigantea は、伐採されたばかりで抽出成分を多く含む針葉樹を分解できる珍しい菌ですが、その分解機構に関しては、ほとんど研究がなされていませんでした。18の大学および研究機関からなる木材腐朽菌ゲノム解析コンソーシアムでは、本菌の全ゲノム配列を解読し、他の20種の木材腐朽菌と比較解析しました。その結果、P. gigantea が保有する木材主要成分の分解酵素の多くが、一般的な白色木材腐朽菌と似ているのに対して、脂質代謝の分解酵素群が特徴的であることを発見しました。さらに、テーダマツのおがくずを炭素源とした培地で本菌を培養した時の転写産物、および分泌タンパク質の種類を網羅的に解析しました。その結果、発現量が増加している遺伝子の中に抽出成分への耐性や解毒に関わる酵素を同定しました。これらの情報は、自然界において木材腐朽菌がどのように炭素循環に関わっているのかを明らかにするだけでなく、住宅産業や製紙産業などに活用されることが期待されます。
(作文:五十嵐)