黄麹菌におけるピルビン酸代謝フラックス改変による有用化合物生産
Pyruvate metabolism redirection for biological production of commodity chemicals in aerobic fungus Aspergillus oryzae.
Zhang S* Wakai S*, Sasakura N, Tsutsumi H, Hata Y, Ogino C, Kondo A. (*equal contribution)
Metab Eng. (2020) 61:225-237. doi: 10.1016/j.ymben.2020.06.010.
【PubMed】
【要約】黄麹菌(Aspergillus oryzae)は好気性の真核微生物であり、高い酵素分泌生産能や有機酸生産能から有用物質生産の宿主微生物として期待されている。糖代謝の中間代謝産物であるピルビン酸は解糖系の終点に位置し、様々な物質変換への分岐点となっている。したがって、ピルビン酸代謝の方向付けは、様々な標的化合物の高生産にとって重要である。本研究では、好気性真核微生物である黄麹菌におけるピルビン酸の代謝を方向づけて制御することで、経路の異なる標的化合物(乳酸と2,3-ブタンジオール)の高生産が可能であることを証明した。具体的には、ピルビン酸のミトコンドリアへの輸送に関わるキャリアタンパク質複合体の欠損を行うことで、ミトコンドリア内での過剰なTCA回路の反応を抑制し、致死に至らない程度に菌体生育能を抑えた上で、細胞当たりの化合物生産速度と収率を劇的に向上させることに成功した。
(作文:張・若井)
白麹菌においてミトコンドリア局在型クエン酸輸送体は細胞質のアセチル-CoA合成に必要である
Mitochondrial citrate transporters CtpA and YhmA are required for extracellular citric acid accumulation and contribute to cytosolic acetyl coenzyme A generation in Aspergillus luchuensis mut. kawachii.
Kadooka C, Izumitsu K, Onoue M, Okutsu K, Yoshizaki Y, Takamine K, Goto M, Tamaki H, Futagami T.
Appl Environ Microbiol. (2019) 85:e03136-18. doi: 10.1128/AEM.03136-18.
【PubMed】
【要約】白麹菌を用いた焼酎用の麹造りの工程において、発酵熱で上昇する温度を途中で下げることでクエン酸生産を促進する。このクエン酸生産が促進される条件で、白麹菌で高発現する有機酸輸送体として、出芽酵母のクエン酸-リンゴ酸交換輸送体Ctp1とクエン酸-オキソグルタル酸交換輸送体Yhm2のホモログであるCtpAとYhmAが見つかった。CtpAとYhmAそれぞれのGFP融合タンパク質の細胞内局在解析、および精製タンパク質を再構成したプロテオリポソームと14C標識クエン酸を用いた活性測定によって、CtpAとYhmAがミトコンドリア局在型のクエン酸輸送体であることが明らかになった。また、遺伝子破壊株の解析の結果とあわせて、CtpAとYhmAによりミトコンドリアから細胞質に排出されるクエン酸がアセチル-CoAの合成の材料として重要であることが明らかになった。
(作文:二神・門岡)
白麹菌においてLaeAは クエン酸輸送体をコードするcexAの発現制御を介してクエン酸生産を制御する
LaeA controls citric acid production through regulation of the citrate exporter-encoding cexA gene in Aspergillus luchuensis mut. kawachii.
Kadooka C, Nakamura E, Mori K, Okutsu K, Yoshizaki Y, Takamine K, Goto M, Tamaki H, Futagami T.
Appl Environ Microbiol. (2020) 86:e01950-19. doi: 10.1128/AEM.01950-19.
【PubMed】
【要約】推定メチルトランスフェラーゼLaeAは二次代謝などの制御因子として知られている。白麹菌においてlaeA遺伝子を破壊するとクエン酸生産不全を引き起こした。そこで、白麹菌のlaeA破壊株の遺伝子発現変動をCAGE(Cap Analysis of Gene Expression)法で解析したところ、細胞質膜局在型クエン酸輸送体をコードするcexA遺伝子の発現が顕著に低下していることが分かった。白麹菌におけるcexAの破壊株と過剰発現株の解析により、CexAがクエン酸生産能を規定する重要な因子であることが示唆された。また、LaeAはヒストンのメチル化修飾を介してエピジェネティックな遺伝子発現制御を行うと考えられており、抗メチル化ヒストン抗体を用いたクロマチン免疫沈降によってLaeAがcexA遺伝子のプロモーター領域のクロマチン構造を開閉してクエン酸生産を制御することが明らかになった。
(作文:二神・門岡)
シュウ酸を生産するAspergillus niger におけるalternative oxidase遺伝子高発現によるグルコース消費の増強
Overexpression of the gene encoding alternative oxidase for enhanced glucose consumption in oxalic acid producing Aspergillus niger expressing oxaloacetate hydrolase gene.
Yoshioka I, Kobayashi K, Kirimura K.
J Biosci Bioeng. (2020) 129:172-176. doi: 10.1016/j.jbiosc.2019.08.014.
【PubMed】
【要約】alternative oxidase (EC 1.10.3.11; AOX)により構成されるシアン非感受性呼吸系はATP生産を伴わずにNADHを再酸化し、持続的な糖代謝に寄与する。著者らは、糸状菌Aspergillus niger WU-2223Lを供試菌としたシュウ酸(OA)生産をモデルに、AOX遺伝子高発現による糖代謝(解糖系)の増強について検討した。oxaloacetate hydrolase (EC. 3. 7. 1. 1; OAH) はオキサロ酢酸を加水分解しシュウ酸と酢酸を生成する酵素である。OAH遺伝子を高発現させたOA生産菌EOAH-1株は、9日間で30 g/Lのグルコースを消費して28 g/LのOAを生産する。一方、OAHとAOXの両遺伝子を高発現させたEAOXOAH-1株は7日間で同量のグルコースを完全に消費し、28 g/LのOAを生産する。すなわち、AOX遺伝子の高発現により発酵速度が増加し、培養日数が2日短縮された。以上より、高効率有機酸生産を指向する代謝工学的改変においてAOX遺伝子は有用なツールとなることを明らかにした。
(作文:桐村)
黒麹菌の脂肪酸オキシゲナーゼppoCは、米麹における1-octen-3-ol生合成の必須因子である。
Aspergillus luchuensis fatty acid oxygenase ppoC is necessary for 1-octen-3-ol biosynthesis in rice koji.
Kataoka R, Watanabe T, Yano S, Mizutani O, Yamada O, Kasumi T, Ogihara J.
J Biosci Bioeng. (2020) 129:192-198. doi: 10.1016/j.jbiosc.2019.08.010.
【PubMed】
【要約】1-octen-3-olは、沖縄県で製造されている伝統的な蒸留酒である泡盛に含まれる重要な香気物質の一つである。我々はSPME-GCMS法による分析によって、黒麹菌が米麹において1-octen-3-olを生産していることを明らかにした。その生合成には脂肪酸オキシゲナーゼppoAとppoCの関与が予想されたため、プロトプラスト-PEG法による形質転換を行い、各遺伝子の破壊株ΔppoA株とΔppoC株を構築した。これら遺伝子破壊株と親株の間には、生育や分生子形成に顕著な差異はなかった。SPME-GCMS分析の結果、ΔppoA株を用いて調製された麹に含まれる1-octen-3-ol量は親株と同程度であったが、ΔppoC株では1-octen-3-olは検出されなかった。したがって、ppoCは米麹における黒麹菌の1-octen-3-ol生合成必須因子であることが示された。
(作文:渡邉)
黒麹菌の脂肪酸オキシゲナーゼ破壊株を用いた泡盛発酵試験および1-octen-3-ol生産性の解析
Awamori fermentation test and 1-octen-3-ol productivity analysis using fatty acid oxygenase disruptants of Aspergillus luchuensis.
Kataoka R, Watanabe T, Hayashi R, Isogai A, Yamada O, Ogihara J.
J Biosci Bioeng. (2020) 130:489-495 . doi: 10.1016/j.jbiosc.2020.06.006. Online ahead of print.
【PubMed】
【要約】Aspergillus属糸状菌における脂肪酸オキシゲナーゼppoA-Dの有無を調べた結果、各株は複数の遺伝子をもつがその分布は多様であることが示された。ドメイン解析の結果、ppoA-DはN末端にヘムペルオキシダーゼドメイン、C末端にシトクロムP450ドメインをもつことが示された。黒麹菌のΔppoA株、ΔppoC株、ΔppoD株(新規に取得)を用いた泡盛小仕込み試験を実施した。試験後の蒸留液に対するSPME-GCMS分析の結果、ΔppoA株およびΔppoD株で調製した泡盛蒸留液における1-octen-3-ol含有量は、いずれも親株の約1.2倍であったのに対し、ΔppoC株で調製した泡盛蒸留液からは検出されなかった。したがって、泡盛中の1-octen-3-olは黒麹菌のppoCによって生合成され、醸造工程におけるその他の因子が生成に直接関与しないことが示された。
(作文:片岡)
黄麹菌を用いた遊離ジホモ-γ-リノレン酸の異種生産および界面活性剤による菌体外分泌
Heterologous production of free dihomo-γ-linolenic acid by Aspergillus oryzae and its extracellular release via surfactant supplementation
Tamano K, Cox RS 3rd, Tsuge K, Miura A, Itoh A, Ishii J, Tamura T, Kondo A, Machida M.
J Biosci Bioeng. (2019) 127:451-457. doi: 10.1016/j.jbiosc.2018.09.013.
【PubMed】
【要約】微生物が生産する遊離脂肪酸(FFA)やその誘導体には、医薬品や健康補助食品の原料として利用可能なものがある。そこで物質生産能力に優れた黄麹菌Aspergillus oryzaeを遺伝子組換えにより代謝工学的に改変することで、FFAの高生産化と機能改良に取り組んできた。以前の研究でアシルCoA合成酵素遺伝子faaAの破壊により、FFA生産性を野生株の9.2倍に増大させた。本研究では、このfaaA破壊株を親株としてFFAの高度不飽和化に取り組んだ。Mortierella alpinaのΔ6-不飽和化酵素遺伝子とΔ6-伸長酵素遺伝子のcDNAを単離し、faaA破壊株で異種発現させた。その結果、高度不飽和遊離脂肪酸の遊離ジホモ-γ-リノレン酸 (DGLA)を黄麹菌で生産させることができた。また界面活性剤のTriton X-100を培地に添加したところ、遊離DGLAは菌体外に分泌されてくることも見出した。
(作文:玉野)
黄麹菌における伸長酵素と不飽和化酵素の3遺伝子の共過剰発現による遊離ジホモ-γ-リノレン酸生産性向上
Enhancement of the productivity of free dihomo-γ-linolenic acid via co-overexpression of elongase and two desaturase genes in Aspergillus oryzae.
Tamano K, Yasunaka Y, Kamishima M, Itoh A, Miura A, Kan E, Koyama Y, Tamura T.
J Biosci Bioeng. (2020) 130:480-488 . doi: 10.1016/j.jbiosc.2020.07.004. Online ahead of print.
【PubMed】
【要約】医薬品原料として利用が期待される遊離ジホモ-γ-リノレン酸(DGLA)を黄麹菌で異種生産させる研究に取り組んでいる。本研究では、これまでに構築した遊離DGLA生産黄麹菌株において、その生産能力を強化するために、ステアリン酸からリノール酸までの遊離脂肪酸(FFA)生合成に働く黄麹菌本来の不飽和化酵素遺伝子と伸長酵素遺伝子を過剰発現化することとした。最初に、不飽和化酵素遺伝子10個と伸長酵素遺伝子2個の中から、単独の過剰発現化により、FFA生合成に主に働いているものを2個と1個に、それぞれ絞り込んだ。次にこれら計3個を遊離DGLA生産黄麹菌株で共過剰発現化させた。その結果、共過剰発現化の導入により、遊離DGLAの全FFA中の割合が8.1%から14.5%に、遊離DGLAの生産性(単位乾燥菌体重量当たりの生産量)も0.049 mmol/gから0.086 mmol/gに、それぞれ向上させることができた。
(作文:玉野)
日本酒の香気成分であるロイシン酸エチルの生成に関与する新規酵素 MOA reductase
Novel 4-methyl-2-oxopentanoate reductase involved in synthesis of the Japanese sake flavor, ethyl leucate.
Shimizu M, Yamamoto T, Okabe N, Sakai K, Koide E, Miyachi Y, Kurimoto M, Mochizuki M, Yoshino-Yasuda S, Mitsui S, Ito A, Murano H, Takaya N, Kato M.
Appl Microbiol Biotechnol. (2016) 100:3137–3145 DOI 10.1007/s00253-015-7182-0
【PubMed】
【要約】 清酒の香気増強に重要なロイシン酸エチルについては、酵母単独で生合成できないことが明らかになっている。ロイシン酸エチルの生成機構として、麹菌 Aspergillus oryzae によりロイシンがロイシン酸へと変換され、さらに酵母の作用によってロイシン酸エチルが生成される事が報告されている。しかしながら、これまで A. oryzae においてロイシンからロイシン酸の生合成に関与する酵素についての知見はなかった。我々は、ロイシン酸の前駆体と考えられた 4-methyl-2-oxopentanoic acid (MOA) をロイシン酸に変換する A. oryzae 由来の新規酵素 MOA レダクターゼ A (MorA)を発見した。さらに、MorA を高発現させた麹菌(MorA OE 株)を作製しロイシン酸の生産量を LC-MS/MS にて定量したところ、麹菌 KBN8243 株(親株)と比較して、MorA OE 株ではロイシン酸を 125 倍多く生産していた。
(作文:志水)
Aspergillus oryzae のフェニルアラニンを香気成分2-フェニルエタノールへと変換する二つの経路
Aspergillus oryzae pathways that convert phenylalanine into the flavor volatile 2-phenylethanol.
Masuo S, Osada L, Zhou S, Fujita T, Takaya N.
Fungal Genet Biol. (2015) 77:22-30. doi: 10.1016/j.fgb.2015.03.002.
【PubMed】
【要約】 Aspergillus oryzae RIB40を L-phenylalanine を単一窒素源とする培地で生育させたところ、培地中に2-phenylethanol (PE) を生産した。L-phenylalanineを含まない培地ではPEをほとんど生産しないことから, 本糸状菌はL-phenylalanine をPEへと変換していることが示された。A. oryzaeのゲノム配列情報から、二つのPE合成経路を予測し、これら経路を構成する遺伝子の機能解析を行った。その結果、本菌が酵母でよく知られるPE合成経路であるエールリッヒ経路に加えて、トマト等の植物で知られるフェニルエチルアミンを代謝中間体とする経路 (フェニルエチルアミン経路)を有することが明らかとなった。重水素標識したフェニルアラニンから生産されたPEの質量スペクトルを解析した結果、A. oryzaeは両方の経路を用いてPEを生産するものの、そのほとんどがエールリッヒ経路を経て合成されたものであることが明らかとなった。
(作文:桝尾)
麹に含まれるグルコシルセラミドは共生発酵により酵母に膜と香気成分改変、ストレス耐性を付与する
Glucosylceramide Contained in Koji Mold-Cultured Cereal Confers Membrane and Flavor Modification and Stress Tolerance to Saccharomyces cerevisiae during Coculture Fermentation.
Sawada K, Sato T, Hamajima H, Jayakody LN, Hirata M, Yamashiro M, Tajima M, Mitsutake S, Nagao K, Tsuge K, Abe F, Hanada K, Kitagaki H.
Appl Environ Microbiol. (2015) 81:3688-3698. DOI:10.1128/AEM.00454-15
【PubMed】
【要約】 日本のほとんどの醸造食品の製造は、麹菌と酵母の共生により行われる。しかしこれまで麹菌の役割はでんぷんの糖化酵素の供給だと考えられ、他の成分の供出は重視されてこなかった。そこで我々は麹のどの脂質成分が酵母の発酵プロファイルに影響を及ぼすかを調べた。その結果、麹のグルコシルセラミドが酵母にアルカリ耐性、エタノール耐性を賦与し香気成分を改変することがわかった。そのメカニズムに関する知見を得るため、膜に埋め込まれる蛍光色素TMA-DPH((1-[4-trimethylamino]-phenyl]-6-phenyl-1,3,5-hexatriene)を使って酵母の膜の物理化学的性質を調べた。その結果、グルコシルセラミドを加えた酵母では膜のパッキング度合いが低下していることが明らかになった。これらの結果から、麹は酵母にでんぷんの糖化酵素を供出するだけではなく、グルコシルセラミドを供出して酵母の膜の物理化学的な性質に影響を与え、ストレス耐性、香気成分改変を引き起こすことが明らかになった。
(作文:北垣)