黄麹菌Aspergillus oryzaeにおけるN型糖鎖欠損糖タンパク質の分泌生産
Secretory production of N-glycan-deleted glycoprotein in Aspergillus oryzae.
Li Q, Higuchi Y, Tanabe K, Katakura Y, Takegawa K.
J Biosci Bioeng. (2020) 129(5):573-580. doi: 10.1016/j.jbiosc.2019.12.006. PMID: 31919019
【PubMed】
【要約】医薬品となるタンパク質には糖タンパク質が多く、その糖鎖構造は薬効に大きな影響を及ぼします。しかし、細胞で糖タンパク質を分泌生産させる場合、一般的に糖鎖構造はヘテロとなり、薬効の不均一性を招いてしまいます。そこで医薬糖タンパク質の糖鎖構造を均一にするために、GlycoDeleteと呼ばれる手法で不均一なN型糖鎖をN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)1分子残して切断除去した後に、均一な糖鎖を付加する手法があります。そこで我々は、黄麹菌A. oryzaeを用いて、糖鎖を除去したGlcNAc-タンパク質生産用宿主の作製を行いました。まず、エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼであるEndoTをゴルジ体膜で発現させる株(AoGlycoDelete株)を作製しました。そして、内在性のα-アミラーゼのN型糖鎖が効率良く切断されていることを確認しました。ゴルジ体を通過する糖タンパク質は全てN型糖鎖除去されると考えられるため、細胞表層の糖タンパク質の機能低下といった可能性が考えられ、若干の生育低下が見られました。さらに、α-アミラーゼAmyBおよびグルコアミラーゼGlaAにHAタグを付加して分泌生産して精製したものをMS解析したところ、やはりAoGlycoDelete株由来ではN型糖鎖の欠損が確認され、さらに1分子のGlcNAcが残存していることも示唆されました。また予想外だったのは、GlcNAc-アミラーゼには、ネイティブのものと比べて活性がほぼ残存しており、N型糖鎖の根元のGlcNAcがタンパク質の安定性や活性に大きく寄与している可能性が考えられました。今後はAoGlycoDelete株を宿主にして、実際に異種医薬糖タンパク質をまずGlcNAcタンパク質として分泌生産させ、均一糖鎖の糖タンパク質を生産していきたいと考えています。
(作文:樋口裕次郎)
Aspergillus nidulansにおけるGタンパク質とプロテインキナーゼAによるセルラーゼ遺伝子のCreA非依存的カーボンカタボライト抑制
CreA-independent carbon catabolite repression of cellulase genes by trimeric G-protein and protein kinase A in Aspergillus nidulans
Kunitake E, Li Y, Uchida R, Nohara T, Asano K, Hattori A, Kimura T, Kanamaru K, Kimura M, Kobayashi T.
Curr Genet. (2019) 65:941-952. doi: 10.1007/s00294-019-00944-4.
【PubMed】
【要約】糸状菌のセルラーゼ生産は様々な炭素源により抑制されるが,我々の予備データにおいてカーボンカタボライト抑制(CCR)に関わる主要転写抑制因子CreAをコードする遺伝子の変異株における脱抑制は炭素源の種類で程度が異なることが分かっていた。本研究ではcAMP依存性プロテインキナーゼ(PkaA)と三量体Gタンパク質αサブユニット(GanB)がCCRに関与することを見出し,これらの遺伝子破壊株とcreA破壊株におけるセルラーゼのCCRへの影響を比較した。カルボキシメチルセルロースとグルコースを含む寒天培地上ではΔcreAではなくΔpkaAとΔganBで明確なセルラーゼ生産の脱抑制が観察された。セロビオースを誘導物質としグルコース又は2-デオキシグルコースを加えたとした液体培養ではΔcreA, ΔpkaAは共にセルラーゼ遺伝子発現の脱抑制は部分的であったがΔganBはΔcreAΔpkaAと同等の高い抑制解除が引き起こされた。セルロースを用いた場合はΔpkaAやΔganBではなくΔcreAでのみ部分的な脱抑制が起こったが,ΔcreAΔpkaAやΔcreAΔganBではΔcreAよりも短時間でセルラーゼが発現した。また,キシロース等のペントースによる抑制はグルコース等のヘキソースによる抑制と異なるパターンを示した。以上より,PkaAとGanBはCreA-非依存的なCCRに関与し,CreA, PkaA, GanBの関与の程度は誘導物質や抑制炭素源,培養条件により異なることが明らかとなった。
(作文:國武)
麹菌におけるカーボンカタボライト抑制制御因子CreAの核排出依存的分解はC末端近傍領域によって制御される
Nuclear export-dependent degradation of the carbon catabolite repressor CreA is regulated by a region located near the C-terminus in Aspergillus oryzae.
Tanaka M, Ichinose S, Shintani T, Gomi K.
Mol Microbiol. (2018) 110:176-190. doi: 10.1111/mmi.14072.
【PubMed】
【要約】糸状菌の加水分解酵素遺伝子の発現は、グルコースが存在するとカーボンカタボライト抑制(CCR)によって抑制されます。糸状菌のCCRは、C2H2型転写因子であるCreAによって制御されていることが知られています。他のCCR制御因子として、ユビキチン修飾に関連する因子が同定されていることから、CreAがユビキチン修飾を受けて分解されるモデルが予想されてきましたが、CreAの分解機構が存在するかは明らかになっていませんでした。本論文では、麹菌においてCreAの安定性と細胞内局在を解析し、CreAが加水分解酵素生産条件下では核内から細胞質に排出されて分解されることを明らかにしました。また、この分解には、C末端領域近傍に存在する20アミノ酸の領域が重要であることを示しました。一方で、CreAの安定性はCCR制御に関わるユビキチン修飾関連因子(CreD)の破壊による影響を受けないことから、従来考えられてきたモデルとは異なる機構によってCreAが分解されている可能性が示されました。
(作文:田中)
Aspergillus oryzaeにおけるパラログ転写因子AraRとXlnRの比較
Comparison of the paralogous transcription factors AraR and XlnR in Aspergillus oryzae.
Ishikawa K, Kunitake E, Kawase T, Atsumi M, Noguchi Y, Ishikawa S, Ogawa M, Koyama Y, Kimura M, Kanamaru K, Kato M, Kobayashi T.
Curr Genet. (2018) 64:1245–1260. doi: 10.1007/s00294-018-0837-5.
【PubMed】
【要約】AraRとXlnRはパラログ関係にある転写制御因子である。AraRとXlnRは同一のペントース代謝酵素遺伝子を標的とする一方で,異なるヘミセルラーゼ遺伝子を制御する。本研究ではこれらパラログの機能の違いを明らかにするため,これらのDNA結合特性に焦点を当てた。解析の結果,ペントース代謝系酵素遺伝子プロモーター上に存在するAraRの認識配列とXlnRの認識配列は極めて類似しており(CGGDTAAW/CGGNTAAW),各遺伝子に少なくとも1つは両方が結合可能な配列を有すること,この共通配列への競合的に結合することを明らかにした。また,上述の配列にはXlnRはモノマーで結合するが,キシラナーゼ遺伝子プロモーター上に存在するパリンドローム配列で構成される配列(TTAGSCTAA)にはダイマーで結合することを示した。AraRとXlnRの機能は重複しているが同一ではない。この僅かな違いが自然環境中に共存する誘導物質の濃度に応じて必要な酵素の生産を可能にしていると考えられる。
(作文:國武)
麹菌 Aspergillus oryzae を用いた異種タンパク質高生産に関わる新規遺伝子の同定
a) Modulating ER-Golgi cargo receptors for improving secretion of carrier-fused heterologous proteins in the filamentous fungus Aspergillus oryzae.
Hoang H, Maruyama J, Kitamoto K.
Appl Environ Microbiol. (2015) 81:533-543. doi: 10.1128/AEM.02133-14.
【PubMed】
b) Comparative genomic analysis identified a mutation related to enhanced heterologous protein production in the filamentous fungus Aspergillus oryzae.
Jin FJ, Katayama T, Maruyama J, Kitamoto K.
Appl Microbiol Biotechnol. (2016) 100:9163-9174. DOI: 10.1007/s00253-016-7714-2.
【PubMed】
【要約】日本の伝統的醸造産業で用いられている麹菌Aspergillus oryzaeは、異種タンパク質生産の宿主としても利用されている。しかし、高等生物由来のタンパク質の生産量は、糸状菌由来のものと比較して少ないのが課題として残っている。
A. oryzae ではプロテアーゼや液胞分解機能の欠損により異種タンパク質生産量が増加することが報告されてきたが、小胞体-ゴルジ体間輸送に関しての知見はなかった。Hoangら(2015)は小胞体-ゴルジ体間の積み荷受容体タンパク質に着目した。そのうち、分泌糖タンパク質の積み荷受容体VIP36およびEmp47pに相同なA. oryzaeタンパク質を欠損させた結果、異種タンパク質生産量を増加させることに成功した。さらに、これらの受容体タンパク質が小胞体内に異種タンパク質を滞留させる機能を有することを明らかにした。
一方で以前、A. oryzae の異種タンパク質高生産変異株が取得されていたが、高生産となるメカニズムは不明であった。Jinら(2016)は、次世代シークエンサーを利用した全ゲノム配列の解読により、高生産変異株に特異的に存在する変異を抽出した。その結果、α/β-hydrolaseドメインをもつ機能未知タンパク質をコードする遺伝子において、アミノ酸が置換する変異を見いだした。そして、同じ変異の再導入および遺伝子全体の欠失により、異種タンパク質生産量の増加が再現された。これらの結果から、次世代シークエンサーにより産業的な有用性質をもたらす変異を同定することに成功した。
今後は、以上のように同定した高生産の原因となる遺伝子変異や欠失を、単一の株に再現させていくことにより、異種タンパク質の生産量を大幅に改善できることが期待される。
(作文:丸山)
糸状菌タラロマイセス・セルロリティカスによるパイロコッカス属(アーキア)由来超耐熱性セルラーゼの分泌・発現
Heterologous expression of hyperthermophilic cellulases of archaea Pyrococcus sp. by fungus Talaromyces cellulolyticus
Kishishita S, Fujii T, Ishikawa K.
J Ind Microbiol Biotechnol. (2015) 42:137-141. DOI:10.1007/s10295-014-1532-2
【PubMed】
【要約】 糸状菌タラロマイセス・セルロリティカスはセルロース糖化酵素(セルラーゼ)の高発現生産菌として知られている。それゆえ遺伝子操作技術を用いることで類似酵素の高発現生産が可能であることが示唆されている。一方、アーキアは糸状菌とは異なる生物界に属するが、その中には100℃以上の高温で安定かつ活性がある超耐熱性セルラーゼを微量生産している微生物パイロコッカス属の存在が示されている。超耐熱性セルラーゼには高い有用性が指摘されている。そこで、本糸状菌タラロマイセス・セルロリティカスの酵素高発現生産システムを用いて、パイロコッカスの超耐熱性セルラーゼの大量発現を試みた。その結果、超耐熱性セルラーゼ2種類を100mg/L(培地)以上のレベルで分泌発現に成功した。
(作文:石川)
麹菌におけるカーボンカタボライト抑制関連因子遺伝子の二重破壊による α-amylase の生産性の向上
Improved α-amylase production by Aspergillus oryzae after a double deletion of genes involved in carbon catabolite repression.
Ichinose S*, Tanaka M*, Shintani T, Gomi K. (* Equally contribution)
Appl Microbiol Biotechnol. (2014) 98: 335-343. DOI: 10.1007/s00253-013-5353-4
【PubMed】
【要約】 麹菌 Aspergillus oryzae は多様な多糖類分解酵素遺伝子を有するものの、その発現はグルコースによるカーボンカタボライト抑制(CCR)を受ける。糸状菌における CCR は、C2H2 型転写因子 CreA によって制御されることが知られており、CreA 以外にも CCR 制御に関与する因子として、脱ユビキチン化酵素CreBが同定されている。本研究では、麹菌においてcreA 及び creB 遺伝子の単独及び二重破壊株を作製し、野生株と各破壊株の α-アミラーゼの生産性を比較することで、CCR への影響を解析した。
まず、デンプンとグルコースを混合した寒天培地で α-アミラーゼ生産を観察した。その結果、野生株ではハロー形成が見られないのに対して、各破壊株では明瞭なハローが観察されたことから、各破壊株ではCCRが解除されていることが示された。次に、マルトースを炭素源とする液体培地において α-アミラーゼ活性を測定した結果、野生株と比較して ΔcreA 及び ΔcreB では約4倍、また興味深いことにΔcreAΔcreB では約7倍も活性が上昇し、さらにデンプン培地では約10倍以上も高い活性を示すことを明らかにした。今後は、異種タンパク質生産の宿主株としてΔcreAΔcreBの応用利用が期待される。
(作文:一瀬)