第22回 言葉の力

 大学院生のころ、ギリシアとアメリカに留学した。学業に精を出したことは言うまでもない。ただ生来の好奇心の強さから、その土地ならではの経験もしてみたいと思った。ギリシアでは、フルマラソンの大会に参加した。半年間練習を積んだのち、マラソン競技ゆかりの、古代ギリシアの故事にもとづくオリジナルのコース(マラトン〜アテネ)を走りきった。記録は4時間42分。アメリカでは、ジャズ・ヴォーカルのレッスンを半年受けて、ニューヨークのバーで、生演奏をバックに歌った。

 2つの経験に共通していたのは、地元の人々とひとつになれたと思える瞬間があったことである。もう走るのを諦めようと思っていたとき、並走するギリシア人ランナーからかけられた励ましの言葉。歌い終わったとき、その場限りで結成されたバンドのメンバーからいただいたお褒めの言葉。人として繋がっていることを感じて、私は心が暖かくなった。

 留学中は、日々勉強に追われていた。孤独感が深く、つらいことのほうが多かった。けれども、これらの「言葉」が、私の気分を軽やかにしてくれた。「これでいいのだ」と明るく前向きな気持ちになれた。

 人の幸せは、案外、人が何気なく口にする言葉から生まれるのかもしれない。


\この記事を書いた人/

副学長 村田奈々子

           公開日:2023年11月1日