私が最初に配属された研究室(東京大学工学部応用化学科岸尾研究室)では、
超伝導材料や熱電変換材料、磁気抵抗材料など既知の優れた物質(主に酸化物)に対して、
元素置換や微細組織制御によって特性を改善し、
実用化に近づけるという研究が多く行われておりました。
最初の研究テーマは、MgB2超伝導体の臨界電流特性の改善で、
系統的な実験の進め方や、合成方法の最適化などの研究手法を教えていただきました。
また、私は特にSEMやTEMを用いた微細組織観察に力を入れていたため、
いつも材料組織をイメージしながら合成を行うようになりました。
修士2年の途中から、新規ホウ化物超伝導体の探索を始めました。
当時研究室では、新規物質探索をやっている人がいなかったため、
はっきりとした指針もなく、自力で考えながらのゼロからの物質探索でした。
結晶構造データベースをひたすら眺めて勉強したり、第一原理計算に手を出したり、構造解析を頑張ったり、
試行錯誤しながら行き当たりばったりの自由な研究をしていました。
結局、新規ホウ化物超伝導体は見つかりませんでしたが、
Ca1+εCo4B4(CaCo4B4)やCa1+εRu4B4(CaRu4B4)など、
いくつかの1次元不整合構造を持つ新規物質の発見に成功しました。
また、新物質探索をやっていると、関わることになる物質が必然的に多いため、
成果にはならなくとも、いろいろな物質の勉強ができる楽しい研究でした。
独学の第一原理計算も、数をこなすうちにだんだん利用法がわかってきたので、
候補物質の選定に第一原理計算を使い、その物質を自分で合成・測定して
優れた新物質の発見を目指すという、今の研究スタイルが確立しました。
理化学研究所高木磁性研究室に移った今も、こうして研究しています。
まず、MgB2によく似た物質として、KB6という物質に着目しました。
結晶構造は違いますが、ホウ素の共有結合ネットワークに大量のホールがあるという点で
MgB2とよく似ているので、MgB2のような高温で超伝導になるのではないかと期待しました。
粒界に絶縁性被膜ができたり、脆かったり爆発したりと大変でしたが、超伝導はまだ確認できません。
続いて、鉄系超伝導体の電子構造を模倣した物質を、第一原理計算から探索しました。
122構造や111構造の物質で、Fe-Asなど、よくある組み合わせ以外にも、
ネスティングした円筒状のフェルミ面が形成する元素の組み合わせがないか調べましたが、
dバンドの混成の仕方が元素の種類や結晶構造パラメタによって変わってしまうことがわかり、
やっと見つかった2つの仮想物質も、未だ合成には成功していません。
最近は大きくテーマ変えして、新規熱電変換材料の探索を行っています。
もともと主任研究員の指示で始めたのですが、ひととおり既知熱電材料の計算を行ってみたところ、
超伝導体よりも、計算した電子構造がダイレクトに特性に関わっている感じがして、手応えがあります。
熱物性測定システムの立ち上げで初めて装置作りを行い、装置設計の面白さにも目覚めました。
ようやく測定システムが完成したところで産休・育休に入ってしまいましたが、
家から第一原理計算のスクリプトを回し、候補物質をいろいろ見つけたので、
復帰したらまた合成と測定に励む予定です。