熱電変換材料の基礎と、私が考えている新規熱電変換材料の探し方についてお話しいたします。
熱起電力の起源
試料内に温度勾配のある状態で、自由電子などのキャリアがどんな挙動をするか、下の図に示しました。
金属内の自由電子のエネルギー分布(上:低温, 下: 高温)
半導体の自由電子のエネルギー分布(上:低温, 下: 高温)
温度勾配による自由電子の拡散
金属では、フェルミ準位EFの周りに、およそkBTの範囲でキャリアがフェルミ分布をしています。
このため、高温の方がキャリアのエネルギー分布が広くなります。
しかし、フェルミ分布はEFを挟んでほぼ対称的なので、キャリアの平均エネルギーは温度にほとんど依存しません。
すなわち、温度が違ってもキャリアの平均運動エネルギーはほとんど変わらないと言えます。
これに対して、バンド端にEFがあり、そこから鋭く状態密度曲線が立ち上がっている半導体(縮退半導体)の場合、
バンドの形の影響で、キャリアのエネルギー分布が非対称的になります。
このため、低温の場合と高温の場合でキャリアの平均運動エネルギーが異なることになります。
その結果、n型半導体の内部では、高温のキャリアの方が高速で拡散することになり、
低温側にキャリアがたまった状態で平衡状態となります。
このキャリアの偏りが、熱起電力の起源となります。
熱起電力はV=-SΔTという式で表されます。Sはゼーベック係数です。
熱電変換材料の変換効率は、以下の式
で表されます。ただし、TH, TL: 高温端/低温端の温度[K], S: ゼーベック係数[VK-1],
σ: 電気伝導率[Ω-1m-1], ρ: 電気抵抗率[Ωm], κ: 熱伝導率[Wm-1K-1]です。
ペルチェ素子の冷却効率も類似の式で表されます。
このため、ZTが高い材料を発見することが課題となります。
実用化の目安はZT>1だそうです。
熱伝導率κはフォノン熱伝導率κphと電子熱伝導率κelの和ですが、
κel>>κphの極限では、Wiedemann-Franz則よりσ/κel=1/L (L: ローレンツ数~const.) なので
ZT=S2T/Lとなり、Sだけを上げれば良いことがわかります。
ここから、高いZTをもつ材料を設計するには、
高いSと低いκphを兼ね備えた材料を設計すればよいと言えます。
最終的にはキャリア濃度制御による、S, ρ, κの最適化が必要になります。
ZT=1, ZT=4を実現するために必要なパラメータをプロットしてみました。
熱起電力の起源から考えると、
半導体またはEFに深いギャップのある金属
バンド端の状態密度曲線の勾配が急峻
キャリア濃度を調節する方法がある
などの要件が必要と考えられます。
このうち、1,2については第一原理計算から容易に予想ができます。
3については、無機化学的観点から検討する必要があります。
いろいろな実用熱電変換材料の状態密度曲線と、κel>>κphの極限におけるZTを計算してプロットしたところ、
実際にそのような傾向があることがわかりました。
熱伝導率を下げるには、フォノン振動数を下げるアプローチと、フォノン非弾性散乱を増強するアプローチがあります。
フォノン振動数νphは、調和振動子近似において、振動子の質量Mと、結合のばね定数Kを用いて
と表されるので、
重元素を多く使い、Mを大きくする
弱い結合(イオン結合や分子間力、ファンデルワールス結合)を多く含む物質を選択し、Kを小さくする
ことがνphの低減に有効です。
フォノン散乱のうち、フォノン全体の運動量を落とす散乱はフォノン非弾性散乱です。
これを増強するには
複雑な構造の物質を採用し、結晶格子による非弾性散乱(ウムクラップ散乱)を増やす
粒界や格子欠陥の多い微細組織をつくる
質量の大きく異なる元素同士で固溶体をつくる
ラットリング原子(スカスカの籠の中で自由に動く原子)など、潜在的に不規則になりやすい構造を導入する
などの手法が有効であり、これらを適用しやすい物質が、有望な材料と考えられます。
第一原理計算で熱伝導率を計算するには相当の手間がかかりますが、
熱伝導率の低い材料は、結晶構造や構成元素、類縁物質の数などからある程度予測することができます。
私は、次のような方法で新規熱電変換材料の探索を行っています。
データベースから、結晶構造が複雑で、熱電変換材料としてあまり研究されていない物質群を探す
その物質群の結晶構造データを出力し、WIEN2kとBoltzTraPで電子構造と状態密度、ゼーベック係数を計算する
(自動計算スクリプトを書いて、昼夜連続で逐次計算を行える環境にしている)
計算結果から、高い熱電特性が得られそうな候補物質を絞り込む
(データブラウジングソフトを書き、簡単に比較できる環境にしている)
候補物質の合成を試み、熱電特性(S, ρ, κ)を測定する
(ゼーベック係数と電気抵抗率を同時に自動測定できる装置を製作し、測定の手間を減らしている)
有望な物質と判断したら、キャリアドープによるZTの最適化を目指す
合成と測定に結構な時間がかかってしまうので、ひとりで実行するには大変な研究ですが、頑張っています。
みんなで新物質探索を頑張り、世の中に役立てていきたいです。
詳細を知りたい方は、私が以前書いた日本熱電学会誌の解説記事をご参照ください。
計算科学基礎講座 熱電研究のための第一原理計算入門
第1回 密度汎関数法による第一原理バンド計算, 日本熱電学会誌, 10, 3, 20-25 (2014).
第2回 バンド計算から得られる情報, 日本熱電学会誌, 11, 1, 18-25 (2014).
第3回 Boltzmann輸送方程式による熱電特性計算, 日本熱電学会誌, 11, 2, 19-30 (2014).
日本熱電学会誌には、このほかにも良い解説記事が掲載されていますので、ご一読をお勧めします。
(熱電特性と電子構造の関係を知りたい方は、リンク先の竹内恒博先生の解説がおすすめです。)