鉄系超伝導体は2007年に発見された、銅酸化物超伝導体に次ぐ高い臨界温度Tcを持つ超伝導体群です。
平面正方格子を組んだFeに、ニクトゲン元素(P, Asなど)やカルコゲン元素(S, Se, Teなど)が四面体配位した層状構造が特徴で、特にAsが配位したときに高いTcが出る傾向があります。層間の構造は下の図に示したようにさまざまなものがあり、各結晶構造は、組成式に基づいて "122"や"1111"などの数字で呼ばれています。
このうち、122構造(ThCr2Si2型構造)と111構造(CeFeSi型構造)は比較的普遍的にみられ、400種類以上の122構造化合物、100種類以上の111構造化合物の存在が報告されています。しかし、超伝導が発現することがわかっているのは、X=P, Asのときのみです。
そこで疑問に思いました。たとえば、111構造のLiFeAsについて、Feの電子を1つ増やしてCoに、Asの電子を1つ減らしてGeにするなどしたら、総電子数に変化はないので、LiFeAsと同じような電子構造が実現して、超伝導になるのではないかと。同様にして、KFe2As2のAsをGeにして電子を2個減らすかわりに、KをYやLaなどにして電子を2個増やせば、超伝導になるのではないかと。
もしこうやってAsの代わりにSiやGeなどの元素を使うことができれば、実用化への課題である、Asの毒性という問題を回避することができます。また、(Ba,K)Fe2As2など大気中で分解してしまう物質の代わりに、水に強い新物質が見つけられるかもしれません。さらに、この手法で物質探索を行えば、より高いTcの新規超伝導体が発見できるかもしれません。
ところで、鉄系超伝導体では、共通して、下の図のようなフェルミ面を持つことが知られています。円筒状のホールのフェルミ面と、同じくらいの大きさの円筒状の電子のフェルミ面が、ブリルアンゾーンの中央と端に位置しています。このようなフェルミ面は、ネスティングした(入れ子状の)フェルミ面と呼ばれ、それぞれのフェルミ面がぴったり重なるようにできる逆格子ベクトルを、散乱ベクトルといいます。
散乱ベクトルは、実空間における長距離秩序に対応するので、ネスティングしたフェルミ面は、自由電子に何らかの長距離秩序が発生しやすい電子構造であると言えます。このような長距離秩序としては、反強磁性秩序やスピン密度波、電荷密度波、構造相転移による対称性の低下などが挙げられます。さらに、このような長距離秩序が発生しかかっている状態では、超伝導が発現することもあります。
ホールのフェルミ面
電子のフェルミ面
重ね合わせたフェルミ面
そこで私は、このような円筒状のホールと電子のフェルミ面を持つ電子構造を持つ物質を、第一原理計算を用いて探索することにしました。そうやって得られた候補物質について、実際に合成を試み、新規鉄系超伝導体の探索を行いました。
このようなネスティングしそうな電子構造があっても、必ずしも超伝導となるとは言えませんが、この電子構造が鉄系超伝導の舞台(必要条件)となっていることはほぼ確実です。このことを用いれば、明らかに違う電子構造をとる物質は除外できるので、探索の範囲を狭められます。さらに詳しく計算してネスティングの度合いなどを評価すれば、より精密に超伝導が発現する可能性を調べることができるとは思いますが、それはもっと知識と経験をお持ちの、本物の理論家の先生方にお任せしたいと思います。
鉄系超伝導体の基本の電子構造
一番シンプルな鉄系超伝導体として、FeSeの電子構造をWIEN2kで計算した結果を以下に示します。
FeSeのエネルギーバンド図
左の図(Γ-X-M-Γ)を立体的に折り曲げた図。中心がΓ点。
それぞれのバンドの性質を色で示しています。青がFeのdz2, 水色がdx2-y2, 緑がdxy, オレンジがdxz+dyz軌道です。黒はSeのp軌道です。なお、それぞれの逆格子点は、Feの正方格子に対して
Γ [0, 0, 0] ・・・結晶格子と同じ周期の波
X [1/2, 0, 0] ・・・[100]方向の、結晶格子の倍の周期の波(ストライプ状)
M [1/2, 1/2, 0] ・・・[110]方向の、結晶格子の倍の周期の波(市松模様)
Z [0, 0, 1/2] ・・・[001]方向の、結晶格子の倍の周期の波(層状)
に対応します。
Fe dバンドを構成するバンドを、エネルギーの低い順に見ていきます。
Fe dz2 @Γ
Fe dx2-y2 @Γ
Fe dxy @Γ
Fe dxz+dyz @M
Fe dxz+dyz
+ Se px+py @M
エネルギーが最も低いのは、Γ点におけるdx2-y2バンド(水色)です。dx2-y2軌道同士で結合性バンドを形成しています。
dxy軌道(緑)は、X点近傍で隣のdxy軌道と混成でき、安定となります。
dxz+dyz軌道(オレンジ)は、下の図のように、M点で2つの安定な結合性バンドを形成します。うち1つはSeのpx, pyバンドと混成しています。
dz2軌道(青)はΓ点(およびZ方向)では非結合状態で分散(バンド幅)がほとんどありませんが、M点近傍では、dxz+dyzバンドと混成して安定な結合を形成しています。
なお、上の方に再びdx2-y2バンドやdz2バンドが登場しますが、これらは反結合性バンドです。
フェルミ準位はdxyバンドとdxz+dyzバンドを横切った位置に存在し、Γ点付近にホールポケット、M点付近に電子ポケットを形成しています。立体的に折り曲げた図を見た方がわかりやすいかもしれません。このようにして、円筒状のネスティングしたフェルミ面が形成しています。注意すべき点は、dxyバンドとdxz+dyzバンドの形が変わってしまったり、新しいバンドがフェルミ準位を横切ってしまうと、円筒状のネスティングしたフェルミ面が得られなくなってしまうことです。
FeSeのフェルミ面(中心がΓ点)
さて、ここからは、元素置換がこの電子構造に与える影響を見ていきます。
FeサイトのMn, Co置換
122の場合
KFe2As2の電子構造を基本に、元素置換の効果を考えます。実際、122系でTcが最も高くなるのは(Ba0.6K0.4)Fe2As2という組成ですが、第一原理計算では固溶体の計算が難しいので、KFe2As2に電子ドープを行い、フェルミ準位(0.00eVのライン)を少し上げたものを、(Ba,K)Fe2As2と同等とみなすことします。なお、Kの場合を示すのは、Kはd軌道の影響が少ないため、バンド構造が最もシンプルになるからです。
元素置換によって結晶構造は変化しないと仮定して、KFe2As2の格子定数・原子座標を使用して計算した、KFe2As2と、仮想KMn2As2, 仮想KCo2As2のバンド構造を示します。結晶構造の効果を除外するために、あえてこのような仮想化合物で計算を行っています。
122は、Feの格子が単純正方格子ではなく、その√2倍の体心正方格子であるため、FeSeのX点に対応するのがN点[0.5, 0.5, 0]、M点に対応するのがX点[0.5, 0, 0]となっています。
Mn→Fe→Coと、周期表を右に進むに従い、dバンドの位置が下がってきます。これは、d電子数が4個→5個→6個と増えていくためで、普遍的な傾向です。その一方で、Asのバンドの位置は変わりません。その結果、dバンドとAsバンドの重なり方が変わり、dバンドの混成の仕方に影響が現れます。
Mn置換の場合は、フェルミ準位直上のdxy軌道が、上のAs軌道との相互作用によって、X点近傍において混成の仕方を変えてしまい、dxz+dyz軌道と混成した平坦なバンドを形成してしまっています。このため、別サイトの元素置換によって電子不足を補ったとしても、M点近傍の電子ポケットがうまく形成せず、ネスティングさせることが難しくなると考えられます。
一方Co置換の場合は、フェルミ準位近傍の混成の組み替えは起こらないため、別サイトで電子の過剰分を補ってフェルミ準位を下げれば、ネスティングは可能であると考えられます。ただし、結晶構造が変化してバンド構造に変化があった場合は、ネスティングしなくなるかもしれません。
111の場合
LiFeAsのFeサイトをMn, Coで置換した場合の電子構造を示します。結晶構造は変化しないとします。
Mn, Coともにバンドの組み替えは見られません。よって、総電子数の変化を別サイトの元素置換で補償できれば、円筒状のネスティングしたフェルミ面が形成し、超伝導になる可能性も期待できます。
K/Liサイトのアルカリ土類、希土類置換効果
次に、層間のAサイトを置換した効果を見ていきます。
122の場合
KFe2As2のKをBa, Laで置換した効果を考えてみます。結晶構造は変化しないとします。
Ba置換を行うと、フェルミ準位の直上にBa dバンドが現れ、X点付近でFe dバンドと混成しており、もしこのバンドがフェルミ準位を横切ってしまうと、フェルミ面の形状が崩れてしまいそうです。
La置換を行うと、フェルミ準位の下、Fe dバンドの奥深くまでLa dバンドが入り込み、Fe dバンドをさらに大きく乱してしまいます。この結果、ネスティングが難しくなり、円筒状のフェルミ面は得られなくなります。
111の場合は、LiFeAsのLiをCa, Laで置換すると、CaのdバンドでさえもFe dバンドを乱してしまい、フェルミ面の形を変えてしまいます。
このようなA dバンドとの混成は、下の図のような混成であると考えられます。
つまり、Aサイトにd電子があると、1111などのようにイオン化していない限り、フェルミ準位近傍でFe dバンドと混成してしまうため、フェルミ面の形状を崩してしまうと考えられます。
X点におけるFe dxz+dyz軌道と
A dx2-y2軌道の混成
M点におけるFe dxz+dyz軌道と
A dxz+dyz軌道の混成