新物質探索は、下の図のように、世の中に無数に存在する物質の中から、目的の物性を持った物質を探索する作業です。目的の物性Xを持つことがすでにわかっている物質を黄色で示し、物性がまだわからない物質を水色とします。似ている物質は近くに、似ていない物質は遠くになるように描かれているとします。これら全物質の中から、既知物質a,bを参考に、物性Xを持つ新物質c,dを発見する方法を考えてみます。
新物質探索をやったことのない方がしばしば想像されるのは、下の図の方法1のような当てずっぽうの探索です。とりあえず何か合成して測ってみてを繰り返し、新物質が見つかるまでひたすら根気よく頑張るという方法です。
これに対し、実際によく行われている新物質探索は、方法2のような、既知物質周辺の探索です。優れた既知材料の一部を、元素置換などによって改変することにより、新物質を探索する方法です。新物質が見つかる可能性は大きいですが、競争相手も多い方法です。また、みんながこの方法で探索していると、dのように、a,bどちらにもあまり似ていない新物質を見逃してしまうことになります。
理想的なのは、方法3のように全体をくまなく探索することです。しかし、実験によってこれを行おうとすると、とんでもない労力が必要になります。ひとつの物質の合成方法を確立し、正確に物性評価するには、運が良くて1ヶ月、悪ければ年単位の時間が必要です。その結果、方法1の当てずっぽう探索と大して変わらない結果になってしまいます。
そこで、私が現在行っているのは、第一原理計算と実験の併用による新物質探索です。
第一原理計算は、元素種と原子座標のデータがあれば、電子状態を計算できるツールです。簡単な仮定の計算であれば、1物質あたり数十分~数時間で完了し、電子状態から物性を計算するツールもあります。このため実際に合成を行うより手間がかからない上、不純物など他の要因の影響を受けない、理想的な場合のデータが得られるという利点があります。
有用な物性には、必ずその元となる電子構造があります。下の図でいえば、物性Xが発現する必要条件である、a, b共通の電子構造があるはずです。優れた物質には、「なぜその物質が優れているのか」を調べた数多くの理論・実験の研究があります。そこで、その共通の電子構造を実現する物質を第一原理計算からスクリーニングし、候補物質を絞ったうえで、それらの物質の合成と物性評価を行います。
ところで、第一原理計算はしばしば「不正確」だと言われます。実際に、未だ計算方法が確立していない、交換相互作用の強い系(強相関電子系)や、f電子系(重い電子系)の計算は難しいです。また、半導体のバンドギャップを過小評価してしまうという問題もあります。このほか、多数の安定状態が存在する磁性体や、いくつもの物理現象が競合している物質、さまざまな相互作用の絶妙なバランスで成り立っている超伝導体などの物質では、meV単位の小さな誤差が結果に大きく影響し、間違った結果に収束してしまう場合があります。
このような「理論では説明できない物質」が「面白い」とされてきたという背景もあり、物性物理で人気のある物質については、第一原理計算は不正確な解を出しやすい傾向があります。その他多数の「普通の物質」に関しては、第一原理計算から問題なく物性を予測できますが、それでも最後は実験で決着をつける必要があるといえます。
そこで、私は「この物性が発現するか否か」という判定ではなく、「この物性が発現する可能性が高い物質はどれか」というスクリーニングに、第一原理計算を利用しようと考えています。「共通の電子構造」とする範囲を、実際の物性Xの範囲より、少し大きめにとるということです。
厳密に理論計算をされている方は、「共通の電子構造」の範囲を、物性Xの範囲に正確に一致させることを目指して、計算にさまざまな補正を入れられます。しかし、このような計算方法は、物質ごとに補正方法が異なってしまうために、多数の物質のスクリーニングには向かないという欠点もあります。また、「共通の電子構造」の範囲を狭めすぎると、上記「方法2」のように、既知物質周辺のみの探索となってしまい、せっかくの新物質を探索の対象外としてしまうことにつながります。
このように、新物質探索の過程のひとつとして第一原理計算を有用に利用しつつ、最後は自分の手で合成・測定をして、新物質探索を行っております。