毛顎動物(Chaetognatha)は海産動物であり、矢のような形をしているので、通称ヤムシ(矢虫, arrow worm, sagitta)と呼ばれている。その形態は雌雄同体で、口周りには捕食用のキチン質の顎毛を有し、尾鰭と1対あるいは2対の側鰭がある。
分類学上、ヤムシは脊椎動物門や軟体動物門と並んで一つの動物門を形成するが、他の動物門と比べて種数(約130種)は少ない動物群である。また、化石が先カンブリア紀の地層から出現し、系統的には古い動物として知られているが、動物系統における位置づけは現在でも定まっておらず、系統分類学上「謎の生物」となっている。
多くのヤムシはプランクトン(浮遊生物)として一生浮遊生活をするが、一部は底棲性で、海藻類や岩礁に付着して生活し、イソヤムシと呼ばれている。ヤムシは沿岸から外洋域、表層から深層、そして極海から熱帯海域まで広く分布している。出現種数は亜熱帯・熱帯海域に多く、また、種の分布域は水塊とよく一致し、海洋環境の指標種として用いられる。
海洋生態系の動物プランクトン群集の中で、ヤムシの生物量はカイアシ類に次いで多い。食性は肉食性で、カイアシ類などの小型甲殻類や仔稚魚などを捕食する。一方、ヤムシはマイクロネクトン(小型遊泳生物)・魚類・イカ類・海鳥類などに捕食され、食物連鎖の中でヤムシは基礎生産者と高次捕食者を繋ぐ重要な役割を果たしている。
付記:浮遊性ヤムシ類の種同定について
浮遊性ヤムシ類の体は軟弱で変形しやすいが、動物プランクトンの中では比較的大型であり、種数が少なく、かつ明瞭な分類形質を有するために、その種同定は意外に取り組みやすい生物群である。