幸福についてのまとめを続けます。
生きることは、基本的に苦しみと述べてきました。
生きることは、濁流(だくりゅう)に足を取られながら進むごときです。
「固執」という苦しみが、除いても除いても、次々にあなたの足に
絡(から)みつきます。
立ち止まれば、やがて濁流に飲み込まれてしまうでしょう。
転んでも起き上がり、泥だらけになっても進まなければなりません。
ものごとは、なかなか思うように運びません。
しかし、苦虫を噛み潰したような顔をして、人生を費やしても仕方がありません。
突き進まなければならないのなら、せめて少しでも「楽しさ」を見つけましょう。
せめて少しでも、「喜び」を得ましょう。
せめて少しでも、「幸福」を求めるのです。
人は人生に、以下のものを求めると述べました。
過去への経験、成果(豊かさ)
現在の快楽、喜び(楽しさ)
将来に可能性、持続(安定)
そして、そこで感じる喜びには、以下のものがあります。
五感で感じる喜び、ものごとを認識、記憶、回顧する喜び
本能による欲求が引き起こり、満たされる快楽の喜び
全身の活性化、沈静化を感じる喜び
ものごとへの対応、達成、創造の喜び
これらの喜びに、持続して満たされることが「幸福」でした。
しかし、完全な幸福などありません。
若い頃は、経験も知識も乏しく、先行き不透明で、欲望が不安定です。
歳をとれば、新鮮さも薄れ、パワーも落ち、また生活に終われて、
欲望が空回りしてしまいます。
しかし、どんな時も、人は絶えず幸福を追い求め、そして、ほとんどの人が、
幸福だったのか、不幸だったのかわからぬまま、その人生を終えていきます。
幸福を手に入れてたとしても、それに気づかず、満足を知らず、
また、幸福感に満たされたとしても、やがてその刺激に慣れて
飽(あ)きてしまいます。
人は、ようやく手に入れたその幸福を、守ることも出来ません。
人は生きるために、立ち止まることが許されないからです。
動けば、いろいろな障害、妨害を受けます。
苦労して築き上げた幸福も、それらで、いともたやすく壊れてしまいます。
幸福は、すぐにするりとすり抜けて行ってしまうのです。
しかし、それでも人は幸福を求めます。
幸福を夢見ます。
ささやかな幸福で、満足すべきです。
60%の幸福です。
完全な幸福など、ありえないのです。
過ぎ去っていかない幸福などないのです。
未練をなくし、完全な幸福を諦めたとき、あなたは幸福が何かを知ります。
大切なのは、「幸福を手に入れ、持続すること」ではなく、
「幸福を受け入れられる状態に自分を置く」ということです。
自己環境秩序の整っていれば、その可能性が高くなるということです。
そういう状態の中で、あなたは爽快(そうかい)を感じます。
爽快は、瞬時の幸福感ですが、刹那(せつな)の快楽とは違います。
爽快の積み重ねが、「充実」となります。
爽快は積み重なり、「幸福」となります。
自己・環境秩序を整えるとは、自分を含めて回りを整理整頓することです。
整理整頓すれば、回りがよく見えるようになります。
遠くまで、よく見渡せるようになります。
異常や問題点が、発見しやすくなります。
対処がしやすくなります。
自分の視点が高くなるということです。
高い意識を目指すということです。
その見晴らしが、爽快です。
他に、その爽快を共有出来る者がいたら、爽快は倍増します。
それが、高い意識との出会いです。
爽快は、潔(いさぎよ)さです。
爽快に、後悔はありません。【毅然性】
爽快は、静かさです。
爽快に、興奮はありません。【裕然性】
爽快は、優しさです。
爽快に、こだわりはありません。【泰然性】
爽快は、正しさです。
爽快に、後ろめたさはありません。【整然性】
生きることは苦しみです。
何万年もヒトは飢餓と戦い、死と戦い、子孫を残すため戦ってきました。
生きることは苦痛で、その中で喜びがぽつんぽつんと、
浮かび上がってくるようなものでした。
それが快感であり、希望であり、幸福でした。
それが、日々の戦いの糧となってきました。
日本人のほとんどが今、豊な生活を営んでいます。
そして、そんな幸福の中で苦しんでいます。
人の習性として、今以上に、さらに希望や幸福を求め、
その固執が、新たな苦しみを生み出しているのです。
固執の苦しみは、満たされない苦しみです。
全ての望みがかなうわけもなく、それらの苦しみはあって当たり前のものです。
苦しみは、ある程度、やむおえないと認めるべきです。
苦しみは、生きる喜びと相反で、そのはざ間で人は苦しむものと
認めるべきです。
それが人生なんだと認めるべきです。
苦しみはなくならないと諦めたとき、苦しみを耐えると覚悟したとき、
幸福を望みながら、底知れない欲望に踏み留まることができるように
なったとき、「幸福を受け入れる状態」に、自分を置けるように
なったということです。
爽快を受け入れる余裕が出来たということです。
あなたの余裕が爽快を生み出し、
爽快が、あなたを楽しませ、
爽快が、あなたを豊かにします。
爽快が、あなたを安定化します。
あなたは充実の中にいます。
あなたはその時初めて、高い意識での、すばらしさを知ります。
それが本当の「幸福感」です。
出来る限りを尽(つ)くせば、後は、生命神に委(ゆだ)ねます。
生命神もまた「高い意識への成長」を望んでいます。
あなたには、生命神がついています。
生命神は、あなたを守り、癒(いや)し、導きます。
そしてあなたを、幸福へ導きます。
生命神は、成長の果てに、すばらしき「爽快と充実」を用意しています。