非線形(今で言う複雑系)と共に歩んだ研究生活60年の成果として「しなやかなシステムズアプローチ“Shinayakana”Systems Approach」を提唱された故椹木義一先生(京都大学名誉教授 初代NPOしなやかシステム工学研究所代表 )の理念は21世紀は複雑系の時代と捉え、現実問題は、すべて人間を含むシステムであること。
「しなやかさ」の原点はそのシステムにかかわる人間であり、その人間は典型的な非線形であり複雑系であって、複雑な現実問題を解決するには人間の「しなやかさ」の活用が有力な手がかりとなる。具体的にはIT機器にノウハウ・感性・暗黙知を取り込みモデルを進化させ解を求める必要がある。
そのためには人間同士を繋ぎ、或いは人間とIT機器との対話融合が欠かせない。
科学技術は、人間、社会、自然そして人工物の間の共生を求めて開発されるべきものと考え、その手法を産業界に広く利用して戴こうというコンセプトのもとに設立した。
「しなやかシステムズアプローチ」の実践に向けて、産業界の人達と学会の人達とを繋ぐ試みを実践することを趣旨とする。
以下、故椹木義一京都大学名誉教授の想いを述べた記事を掲載する
2005.7 IFAC フェロー就任時
我々の最近の関心は、IT革命を伴う複雑系の21世紀にどう対処して、生き残りをはかるかである。筆者は昭和14年に京大機械工学科を卒業以来、複雑系という言葉ではないが、非線形系の研究に今日迄従事してきた関係上、現在、表題にかかげた目標に大きな意欲を感じるものである。
大学卒業後2年間を海軍航空技術廠で、二年現役技術科士官として研究に従事したとき、幾つかの筆者の研究に incentive を得る事件に遭遇した。一つは、我々応用力学の大先輩にあたる、Von Karman教授の"Engineer grapples with non-linear problems"なる題目の小冊子に出会ったこと、もう一つは、アメリカのタコマ橋という吊橋が、峻工間もなく強い風にあおられ、飴のように壊れていく模様をおさめた映画を見せられたこと。これは飛行機の翼振れ現象と同じく、自勵振動であるので当時の海軍がアメリカから特別のルートで手に入れたものであった。更にもう一つは、日本の海軍の零型戦斗機が試作の段階で、数回にわたりテストパイロットの犠牲を伴った異常振動、それはプロペラ回転数の1/2、1/3という分数調整振動が事故原因であって、その原因たるやプロペラ軸の取りつけ部分の「がた」による非線形振動のサブハーモニックレゾナンスという現象であったのである。こうして筆者は非線形振動の虜になったのである。
敗戦により航空機の研究は禁止され、大学の航空学科は解体された。筆者は幸いにも振動という横型の学問をしていたので、鉄道の高速台車をはじめ一般機械や構造物の振動研究に従事した。そのうち、フィードバック制御がその現象がまさに、非線形自動振動の現象と全く同一であることから自動制御の研究に入った。そのうちに、大規模系を取扱う制御からシステム工学へと自然な形で研究テーマは推移して行った。しかし、一貫して非線形で終始しえたことは筆者のいささかな誇りとするところである。
システム工学はITの革新と共に、あらゆる現実問題をモデル化し、ソリューションを与えることを迫られている。特にこれらの問題は、すべて人間を含むシステムである。しかも人間たるや、典型的な非線形であり、複雑系である。このように人間の介在することが複雑系の原因であると考えると、もはや問題解決はIT技術のみにたよることはできない。
毒をもって毒を制するという諺にもある通り、人間のもつしなやかさを活用することを考えねばならない。すなわち、最適なヒューマン・インターフェースの開発により、人間と機械系が互に助け合って、我々の当面する現実問題の解決に役立つことを期待したい。
ここで、筆者が最も強調したいことは、この人間のもつしなやかさの点で、日本人ほど欧米の人達とは、桁違いに秀でていることである。日本人がややもすると欧米人にくらべ、あいまいで白黒はっきりさせない欠点のように云われてきたが、むしろ、日本人のこの性格こそ、日本語でしか表現できない ゛しなやかさ″ というすばらしい能力ではなかろうか。
かつて1869年ロシアから来日した宣教師ニコライが日本紹介の論文に ゛日本人は驚嘆すべき しなやかな気質をそなえている″ と述べている。*(1)
こう考えると、これからの日本発の特技としてのしなやかなシステムの開発こそ、その将来性を強調したい。
*(1):ニコライ(中村健之介 訳):「ニコライの見た幕末日本」講談社 1979
「しなやかなシステムズアプローチ」の実践に向けて、産業界の人達と学識経験者の人達とを繋ぎ、受託共同研究による成果を通じて、我が国のシステム制御技術、生産技術を含む科学技術の向上発展に努め経済・社会の発展に貢献することを目的としています。