統計データからみる遺伝研の男女共同参画

遺伝研には女性研究者の長い歴史があります。図1は、歴代遺伝研における女性教員比率の推移を示しています。水色線は現在の助教にあたるポジションにおける女性の割合を示しており、紫線は研究室を主宰するPIポジション(教授と准教授)における女性割合を示しています。60年代からの太田朋子先生と森島啓子先生のご活躍、そしてその後80年代を中心とした彼女らによる女性教授2名体制をデータから垣間見ることができます。これは当時の大学や研究機関としては、極めて異例のことであったと思われます。

2000年ごろ遺伝研には女性研究者が多いとよく評されました。この頃の際立った特徴としては、研究室を主宰するPIポジションの女性比率が高かったことです。助教の女性比率は決して高くはありません。これは日本の大学や研究機関の中でとても珍しいことでした。なぜなら、女性の比率はどんな職業であろうと職級が上がるほど激減してしまうからです。その理由は、女性が年齢を重ねるにつれてどんどん職場から離れてゆくからにほかならないわけですが、若手の助教よりもシニアな教授や准教授の女性割合のほうが高いような組織は非常に珍しかったわけです。しかもPIポジションにおける20%女性比率というのは全国でもトップレベルです。当時盛り上がりつつあった男女共同参画活動でよくその秘訣を聞かれたものです。「遺伝研には女性教員が多い???2005年記事」

その後、研究分野にも女性活躍推進の波が押し寄せ、他の多くの大学や研究機関が積極的に女性研究者登用のためのポジティブアクションをとる中、何もしないでこれまで通り過ごしていた遺伝研では、女性研究者比率は「普通」になってしまいました。実はこの間、遺伝研の女性教員(教授+准教授+助教)の比率はそれほど減ってはおらず、ほぼ横ばいです。図2のデータをみていただけばわかるように、他の大学等ががんばって女性比率を上げたおかげで、単純に追い抜かれてしまったのです。多少危機感を感じ始めた(?)情報・システム研究機構(ROIS)は、2014年から「ROIS女性躍進プログラム」を開始し、それに伴い遺伝研でも女性限定助教公募などを行いました。その効果が少しだけ図1のグラフの右端に現れているように思います。

最後に、本当の遺伝研の姿を見ていただきましょう。図3は遺伝研全構成員における女性比率を示しています。円の面積は人数に比例して示してあります。このようにしてみると、遺伝研で働く人は実は「女性」のほうが多いのです。女性が少ないはずの研究分野でどうしてこんなことが起きるのでしょう?

図3で一番大きな円は「技術補佐員」を示しています。研究者の実験の補助をする仕事です。この職種に女性が多い理由は、この職種のほとんどが短時間雇用つまりパートさんだからです。文系職種である事務職員についても同じことが言えます。正規常勤職員である事務職員は女性比率は30%前後と低めですが、短時間雇用の事務補佐員になるとほぼ女性ばかりになります。つまり、日本の社会の縮図がここにあるのです。

男性研究者と話していると、「この人(女性)はそういうバリバリした働き方を望んでいないから」とよく言われます。たしかに、どういう働き方をするかを選ぶのは個人の当然の権利です。でもそのコメントをする前に、まず、同じ事を男性に対して言うだろうか?と考えてみてください。男性に対しては「短時間勤務では生活に困るだろうから常勤職員を目指すべきだ」とか「いつまでも不安定な任期つき研究員を続けると家族も困るだろう」などと考えてませんか?もしもそうならば、心の中に「性役割的偏見」をもっているということです。個人の能力や業績は、家族構成などの個人的背景とは無関係に正当に評価されるべきです。もしも「この人はこのポジションにはもったいない」と感じるくらいならば、当然その人はそれに見合うべき待遇とポジションを得るべきなのです。

個人的な経験からいいますと、「どういう働き方を目指すか」は周りからの影響を大いに受けます。とくに生き残りの厳しい研究分野においては「励まし」の力は絶大です。指導的立場の研究者からしばしば聞かれるコメントの中に「とても優秀で研究者向きだと思う女性に限って研究をやめてしまう」というのがあります。たしかにそうかもしれません。これについて私からのお願いは、もしもそんな女性研究者の候補が身近にいるのなら、正直に口に出して「あなたは研究に向いていると思っている」「厳しい世界だけど研究をやめるべきではない」「やるからには自分で独立して研究室の主宰を目指しなさい」と声をかけてあげてほしいです。研究能力と研究論文業績とは必ずしも一致しないものですから、身近な信頼おける人から正当な評価を受けることは、未来の研究者育成という意味でとても大切で効果があると思います。