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【Scene1:Wisdom of The World】
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ポーラ姫の冒険 消えた商船をさがしだせ!
昔々、こことは違う遠い世界に。
ポーラ姫という可愛らしい女の子がいました。名前に姫とついているのは、彼女がある王国のお姫さまだからです。
ポーラ姫は小さな子でしたが、くしゃくしゃの金色の髪と、海のような優しさ、そして嵐のような勇敢な心を持っていました。
そんなポーラ姫には、「海賊姫」というあだ名がありました。
優しく勇敢なポーラ姫は、よくお城を抜け出しては海にこぎ出し、まるで海賊のように大冒険を繰り広げるのです。
今回お話しするのは、嵐に巻き込まれた船を、ポーラ姫が助けるお話。
さてさて、どんな冒険が待っているのでしょうか? では、お話のはじまりはじまり!
……
————————————————————————————————
海原絆がその奇妙な便箋を見つけたのは、梅雨を間近に控えた季節のことだった。
場所は、絆の自宅と、通っている小学校のちょうど間に位置する、とある私立図書館。図書館の中庭が見える、二階窓際の席だった。
学校が終わると、ここで宿題をやり、小説を読む。それが絆の日課だ。
今日は午後二時に授業が終わり、児童向けの『十五少年漂流記』を読んでいた。
物語が終盤に差し掛かったとき、絆は本に一枚の便箋が挟まっているのを見つけた。
四つ折りにされた便箋には、可愛らしい花柄がプリントされていて、顔を近づけるとちょっと良い匂いがした。
便箋には、小さく丁寧な手書きの文字がびっしりと刻まれている。
少し読み進めてみるに、どうやら誰かが書いた小説らしい。
内容は、ポーラという名のお姫さまが海賊に扮して、お伴の白猫といっしょに海に乗り出し、困った人を助ける冒険譚。
ポーラ姫は、悪い海賊の襲撃と嵐に見舞われて座礁した商船を探しだし、船員達を救い出そうとする。
姫はなんとか商船を発見するものの、追ってきた悪い海賊たちと遭遇。嵐の中の決闘で、敵の親分を倒す——そんな筋書きだった。
話の内容た文章は、小学三年生の絆の目から見ても、少し稚拙に見える。
しかし絆はその物語に、何か引き込まれるものを感じた。お話はご都合主義で、描写もうまくないけれど、主人公のポーラ姫には好感を覚える。何が起きても前向きで、困っている人を見かけたら助けずにはいられない、お節介な性格。でも全然押しつけがましくなくて、人助けのために自然と体が動いてしまう、明るい女の子。
そう、なんだかとっても自然なのだ。決して文章はうまくないはずなのに、ポーラ姫という一人の女の子が目の前にいるように錯覚してしまうような、不思議な感じがした。
気がつけば絆は夢中になって、何度も何度も、便箋に書かれた物語を読み返していた。
何度目だろうか。クライマックスの決闘のシーンに差し掛かったとき。
「おーい、絆ちゃん」
背中越しに間延びした声で呼ばれ、絆はびくんと体を震わせた。
慌てて振り返った先にいたのは、小柄でくしゃくしゃの髪をした女性だった。そばかすのある顔に、いたずらっぽい微笑が浮かんでいる。
この図書館の司書さんだった。名前は知らないけど、ママを除けば、この街で一番絆と親しい人物。
年齢不詳で、笑うと中学生のお姉さんように無邪気だし、黙って考え事をしている様子はおばあちゃんのよう。大きな眼鏡とぶかぶかの白衣がトレードマークの、ちょっと変な大人。
「時間はいいの? もう四時過ぎてるけど、お母さん大丈夫?」
図書館の時計を見る。針は午後の四時半近くに差し掛かっていた。
「……いけない!」
机の上に出しっぱなしにしていた教科書とノートを急いでカバンにしまい込み、代わりに折りたたみの傘とスマートフォンを引っ張り出した。
「か、帰ります……!」
「ういうい、さよならまた明日。まだ雨降ってるから、気を付けて帰るんだぞー」
早口で「あ、ありがと」と言って走り出した絆の背中に、「あ、こら! 走るな!」という声が追ってくる。
スマートフォンの電源を入れると、そいつは立て続けの振動とともに、山のような不在着信の存在をがなり立てた。
【Scene2:My Home】
図書館から絆の暮らすアパートまでは、全力疾走すれば一分だ。
息せき切った絆が玄関を開けると、傘を持ったママが心配そうな顔で立っていた。
「絆! どこに行ってたの?」
口調は厳しいが、怒っているわけではない。
「と、図書館……」
「なんで電話に出ないの」
ママはそう言って、大きく息を吐いた。彼女はただ、絆を心配しているのだ。
「と、図書館では電源を切ってたから……」
ママは何かを言おうとして一度言葉を飲み込み、「次からマナーモードにしておきなさい」と言った。
「バカ正直に電源を切る必要はないでしょ。すぐ電話してくれれば迎えに言ったのに」
絆の胸がチクリと痛んだ。「歩いてすぐだよ? 迎えにこなくてもいいよ」と言いかけて、絆はそれをグッと飲み込む。
「ごめんなさい……ママが忙しいと思って」
「あなたはそんな気を使わなくて良いの」
「うん」
「じゃあ、ママはお仕事行ってくるから。ごはんはテーブルの上。火は使っちゃダメ。知らない人が来ても玄関開けちゃダメよ。外にも出ないように。何かあったらすぐママの病院に電話しなさい。ママが動けなかったら、隣のおばちゃんに電話すること」
「分かった」
絆が頷くと、ママはホッとしたように、力なく微笑んだ。そんなママの顔を見ていると、胸が締め付けられそうになる。
ママは「気を付けてね」と言い残すと、急いだ様子で玄関を出た。
絆のママは看護師だ。絆がいるので、なるべく昼間のシフトを多めにしているものの、夜勤の日がそれなりに多い。今日も夜勤の日だった。いつもならもうとっくに家を出ているはずの時間だが、絆の帰りが遅れたから、ギリギリまで待っていたのだろう。
自宅に一人取り残された絆は、この家に引っ越してくる前のことを思い出す。ほんの1年ちょっと前のことだ。
あのころのママは、こうじゃなかった。いつも元気で明るいママ。イヤなことがあっても愚痴をこぼさず、冗談にして笑い飛ばしてしまう強い人。誰にでも優しく、困った人は見過ごせないお節介焼き。
絆だって、いまみたいに暗い性格ではなかった。大人しかったけど、自分の意見はハッキリ言うタイプだったと思う。近所の人からは、よくパパに似ていると言われたものだ。
ママと絆が変わってしまったのは……。
「パパ……」
絆はリビングのソファに身を投げ出して、クッションに顔を埋めた。そこには、昔の家族の匂いが残っているような気がしたからだ。変わってしまった現実から逃げられるかもしれない。そんなことを考えた。
——頭がぐるぐるする。
一時間ほど、ソファに突っ伏していただろうか。絆はゆっくりと立ち上がり、台所で晩ご飯を食べた。今日のメニューは絆の好きなグラタンだったけど、あまり味を感じなかった。半分くらい食べて残そうかと思ったが、残せばきっとママが心配するだろう。絆は無理矢理グラタンを口に放り込み、ぬるいシャワーを浴びると、すぐに寝室に向かった。
憂鬱な気分のままベッドに腰掛け、明日の授業の準備をするため、カバンを開いた。
「あ……!」
そのとき絆は、図書館で拾ったあの便箋がカバンに入っていることに気がついた。どうやら、片付けのときに一緒にしまい込んでしまったらしい。
絆は折り目のついた便箋の丁寧に延ばすと、また『ポーラ姫の冒険』を頭から読み直しはじめた。
文字で描かれたこの女の子が、自分の頭のなかに居座っているうちは、きっとイヤなことを考えずに済む。
絆は、不思議なぬくもりがするポーラ姫の物語を頭の中で反芻しながら、布団に潜り込んだ。
【Scene3:Pollyanna (I Believe in You) 】
気がつくと、絆は嵐の中にいた。
遠くには、見覚えのある家が見える。絆が生まれ育った家——いまの家に引っ越してくる前に住んでいた、絆の本当の家だ。
絆は高台にある小学校の体育館の入り口に立っている。隣では、ママが絆の手を握っている。
それに気付いた瞬間、絆はここが夢の世界だと悟る。一年前から、何度も何度も襲いかかってくる悪夢。
約1年前のこの日、記録的な大型台風が、絆たちが住んでいた街を直撃した。
町中が冠水し、市の中央を流れる河川が氾濫した。絆とママは、避難所に指定された小学校へと避難していたのだ。
「パパ、大丈夫かな……?」
夢の中の絆が呟くと、手を握る母の力が強くなった。
絆の父は、地域の消防団員を務めており、近隣住民の避難誘導に当たっている。
昨日、大型台風接近のニュースを厳しい顔で見ていたパパの姿を思い出した。穏やかな性格のパパが見せた、一瞬の表情。絆は、なにか黒いモヤモヤが腹の奥から沸き上がってくるのを感じる。
「パパ……」
もう一度、「大丈夫だよね」と聞こうとした、その瞬間。ママが首から提げていたスマートフォンが、ピリリ、と耳障りな着信音を立てた。
「もしもし、海原です」
電話に出たママは、最初に名乗った後、しばらく黙っていた。そして数十秒の時間をおいて、「はい」と堅い声で返事をした。
「はい」
数秒後、またママがこわばった返事を発する。絆の手を握る力は強くなった。
その後、ママは何度か「はい」と答え、最後に「分かりました」とだけ言って電話を切った。
「ママ?」
絆が不安に思って見上げると、ママはしゃがみこみ、絆の小さな体を強く抱きしめた。
「ママ、どうしたの? ママ!」
絆がこのときの電話の内容——避難誘導中、パパが増水した用水路に落ちたお年寄りを助けようとして心肺停止に陥ったこと——を知ったのは、その日の夜になってからだった。
「ママ!」
——悲鳴とともに飛び起きた。
目を覚ますと、そこはあの体育館ではなく、絆の寝室だった。夢から覚めたのだ。
頭がずーんと重い。またあの夢を見るなんて。
枕元の目覚まし時計を見ると、針は朝5時を差していた。
洗面所で汗に濡れた顔を洗う。顔色は最悪だった。
ママはまだ帰ってきていない。夜勤のママが帰ってくるのは、絆が学校に行った後だった。
学校に行かなければいけないが、気が重い。休んでしまおうかとも考えたが、ママが心配するのが目に見えている。
あの日から、ママも絆も変わってしまった。笑顔が消え、消えない悲しみだけが残った。
ママは、絆のことを必要以上に心配するようになった。絆も、ママに思いに応えようと、良い子になろうとした。その結果、どんどん暗く、引っ込み思案になっていった。
あの日、何かが壊れてしまったママは、娘のそうした変化に気がつかないようだった。
パパが助けようとしたおじいさんは一命を取り留め、台風の復興が一段落すると、何度も絆の家を訪ねてきた。
「なんと言ってお詫びすれば」
おじいさんがそう言うたびに、ママは「主人はお詫びなんて望んでいません。そういう人でしたから」と毅然した態度で答えた。だが、幼い絆の目にも、母が無理をしているのは明らかだった。ママはきっと、あのおじいさんを恨んではいない。でも、二人が顔をつきあわせて話すたびに、両者の心はどんどん壊れていっている。絆の目には、そう見えた。
「引っ越しましょう」
やがて、季節が一回りする前に、ママがそう言い出した。
パパの気配から、パパが残した悲しみから逃れたかったのだろうと絆は思う。それは絆も同じだった。
そして二人はなじみ深い土地を捨て、遠く離れた場所へとやってきたのである。
絆は部屋のカーテンを開け、白みはじめた東の空を見た。
枕元に置きっぱなしにしていたスマートフォンを見ると、母から「何か変わったことはないか」とメッセージが入っていた。「なにもないよ。昨日は早く寝たから、もう起きちゃった。お仕事頑張ってね」と返信する。
送り終えると、ベッドの上にうずくまった。
——学校に行きたくない。でも、行かないとママが困る。
転入したばかりの学校は、絆にとってつらい場所だった。
ハッキリ言って、絆は浮いている。いや、避けられていると言った方が良いかもしれない。いや、避けられるようなことを絆がやってしまったのだ。
転入当初、クラス名とたちは積極的に絆に話しかけてきた。しかし、絆はクラスメイトたちの言葉に、うまく返事をすることが出来なかった。何を言われても、「あ」「う」とか、短い言葉しか返せない。言いたいことがあっても、うまく言葉に出来ない。クラスメイトは困惑するばかりだった。
絆は、うまく受け答えできない自分に苛立った。こんな情けない自分なんか、消えてなくなってしまえば良いと思った。そうすると、ますます舌が回らなくなり、最終的にはただ下を向いて黙るしかなくなった。それが繰り返されるうちに、クラスメイトたちはだんだん絆を避けるようになってしまった。いまや、学校で積極的に絆に話しかけてくるのは三人だけ。
一人は担任の渋谷葉子先生。二年前に大学を出たばかり。ショートカットと細身のパンツがよく似合う、明るく活動的な女の人だ。
もう一人は校長先生。恰幅のいい初老の女性で、声が大きくてよく笑う。以前のママみたいだと絆は思う。
最後の一人は、学級委員の成瀬みちる。真面目で責任感が強く、勉強が出来る女の子だ。凜々しい眉毛、広いおでこと、眼鏡がトレードマーク。みちるは休憩時間になるたびに、絆の席によってきて、「今朝、スマホでこんな動画を見た」などと他愛のない話を一方的にしてくる。クラスで孤立している自分に気を使っているのだろうと考えると心苦しかったが、みちるの話を聞いている時間は、嫌いではなかった。
授業中の絆は、ずっと先生の話を聞いてノートを撮っているだけ。自分から手を上げて発言することはない。当てられたら、立ち上がってもそもそと応え、すぐ席につく。そして、授業が終わるとそそくさと荷物をまとめ、教室を出ていく——それが絆の毎日だった。
この日も、授業が終わると、絆はカバンを抱えて教室の後ろのドアから出ようとした。
それを見つけた渋谷先生が、
「海原さん、また明日! 気を付けて帰ってね!」
と、教壇から声を張り上げる。絆は体を45度反転させ、ぺこりと頭を下げた。
そして逃げるように教室を後にし、図書館に向かった。
「おう、絆ちゃん。こんにちは」
エントランスをくぐると、司書さんが両手いっぱいに本を抱えて立っていた。
「こ、こんにちは!」
学校で案山子のような絆だが、司書さんとなら少し喋れる。
「待ってたぞよ。ま、ゆっくりしていってね。誰もいないしさ」
司書さんはおどけたような口調で言った。絆が戸惑いながら「はい」と返すと、ニッと笑う。そして本を抱えたまま、危なっかしい足取りで貸し出しカウンターの奥へと入っていった。
この私立図書館はもともと、ある絵本作家の私邸だったらしい。主の死後、遺言に従って図書館に改装されたのだという。人間が住む家にしては広いのだろうが、図書館としてはかなり小さい部類だった。
創立者の経歴を反映してか、ここに置いてある本は古い児童文学が中心だった。ほかにも、大人向けの小説や、ノンフィクション、辞典、図鑑なども置いてあるが、いずれも数十年前に刊行された本ばかりだった。
だからだろう、いつ来てもここにはほとんど人がいない。たまに絆と同年齢くらいの女の子や、小さい子供を連れたおママさんが出入りしているのを見かけるくらいだ。館内の照明が全体的に暗く、自習にも向かないため、中高生の利用者は皆無だった。
はたして施設としてどれだけ役に立っているかは分からないが、人と顔を合わせるのが苦手な絆にとっては、心安まる数少ない場所だった。
自分よりも長生きをしている本は、絆に無関心でいてくれる。書店に並ぶ新刊のように、「さあ、自分を読め」と押しつけがましく自己主張してくることはない。
絆は古びたスチールの本棚の間を抜け、奥を目指す。絆のお気に入りは、奥まった場所にある、中庭が見える席だ。中庭に植えられた、名前を知らない南国風の樹木を横目に見ながら小説を読むのが、日々の癒しだった。
席に荷物を置き、本を物色する。今日読む本は、エレノア・ポーターの『少女ポリアンナ』に決めた。どんな内容かは知らないが、表紙に描かれた女の子が可愛かったのと、ポリアンナという響きに聞き覚えがあったからだ。いったいどこで覚えたんだろう? たしかパパの好きな歌手だったかゲームだったっけ……。そう思ったところで、封じ込めていたパパの記憶が不意に湧き出そうになり、胸を締め付けられそうになった。
絆は意識的に心を空っぽにすると、本を抱えて席に戻った。そしてカバンから学校の宿題を取り出す。早く本に没頭したかったが、それは宿題を終わらせてからだ。
絆は本を机に置き、端へと滑らせた。
「あっ!」
勢い余った本が床に落ちそうになり、絆は慌てて掌で押さえる。
そのとき、本の間からはらりと一枚の紙片が落ちた。
「これって……」
四つ折りにされた便箋だった。
好奇心に駆られた絆は、恐る恐るしゃがみ込み、それをそっと手に取って開いた。
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ポーラひめのぼうけん
ポーラひめは、海の王国のおひめさま。
金いろのくせっ毛がぴょこんとはねた、かわいくて元気なおひめさま。
ポーラひめは、今日もたいくつなおしろをぬけ出して、ぼうけんに出かけます。
大きな海ぞくのハットをかぶり、おとものネコをつれて、いざしゅっぱつ!
めざすは、海のそこにある、古い、いせきです。
そこは、古い時代のゆうれいたちがまちうける、きけんなばしょでした。
…………
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昨日見つけた、『ポーラ姫の冒険』の続きだろうか?
いや、ちがう。
絆は即座に自分の考えを否定した。昨日の拾ったものに比べると、漢字がずっと少ないし、筆跡も幼い。文章もずっと下手くそだ。便箋の紙質も全然違うし、今日のほうが折り目の周りがバリバリしていて、なんだか古い感じがする。
絆は床にしゃがみ込んだまま、続きを読み進めていった。
どうやら主人公の設定は、昨日読んだものと同じらしい。
ポーラ姫は金髪のくせっ毛を持った、小さな女の子。本当はある海洋国家のお姫さまなのだが、よく城を抜け出して、お伴の猫といっしょに悪者と戦っている。そして、ついたあだ名は「海賊姫」。
今回の冒険の舞台は、海底に沈んだ古代都市だった。そこには幽霊になった古代人が住んでいるのだが、そのほとんどが悪い魔法使いによって、悪霊に変えられていた。ポーラ姫は、魔法使いの魔手から逃れ、善良な心を維持している女の子の幽霊と友達になる。そして魔法使いが奪った都市の秘宝を取り返し、呪いを解く——そんな物語のようだった。
ようだった、というのは、文章や構成がめちゃくちゃで、ところどころ推測を入れないと話の筋がよくわからないのだ。
要するに小説として非常に稚拙だったのだが、絆はこの物語が気に入った。話の筋は所々よく分からないけど、作中のポーラ姫は生き生きとしているし、書いた人の一生懸命さが伝わってきて親近感が湧く。
絆は物語を読み終えると、絆は便箋を本に戻し、何食わぬ顔で貸し出しカウンターに持っていった。
司書さんに本を差し出す。もし便箋に気がついて、「なんだこれ?」抜き取られてしまったらどうしよう、と一瞬不安に思った。しかし、司書さんは本を一瞥すると、「おう、お目が高いね」と言ってニヤリと笑い、貸出期限をスタンプしたカードを絆に手渡した。
絆は、宝物を扱うような大事な手つきで本をカバンにしまい、図書館をあとにした。
【Scene4:Eight Melodys】
——もしかしたら、ほかの本にも挟まっているかもしれない。
その次の日から、絆の『ポーラ姫』捜しが始まった。
学校が終わると急いで図書館に向かい、いろいろな本を調べていく。『少女ポリアンナ』が入っている児童文学叢書を片っ端から見ていくと、また別の『ポーラ姫』が一つだけ見つかった。
半ば嬉しく、半ばがっかりしていた。
執念たらしく児童叢書をめくってると、
「どうしたの? 何か探し物かねっ?」
本棚の向こうから、声がした、声がしたのは、本と本の間の隙間。司書さんがこちらを覗き込んでいた。
「探し物なら司書さんに聞いてごらん。この図書館のことならなんだって知っているんだから」
もしかした、他の場所にもあるかもしれない。
もう少し年上のお姉さんが見る本はどうだろおう? あるい、ちっちゃい子が読むような絵本とか?
ポーラ姫の作者は、絆と同じような年頃の子供に読ませようとしているように思えた。
【Scene5:Bein' Friends】
【Scene6:All That I Needed (Was You)】
【Scene7:The Paradise Line】
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